なぜ、テロリストになったのか。

T-Akagi

なぜ、テロリストになったのか。

 俺はテロリストになってしまった。


 テロリストの仲間入りをして一年以上になる。爆破テロをしたり、人質を誘拐したりするあれだ。世界から忌み嫌われ、国連などの組織から常に狙われている。突然の空爆の恐怖に耐えなくてはいけない過酷な組織だ。


 名前は、近藤光(こんどう こう)。

 そして、今はリン・コウだ。もちろん、偽名。


「もうすぐだからな。」

「コウ、ほんとか。」

 今、深夜の捕虜収容所にいる。捕虜を見張る看守の役目を全うしている最中だ。たまにトイレや仮眠をとるため、相方がその場を離れる事がある。そのとき、捕虜と話をする事があるのだ。


「来週、ボスが取引のためにここを離れる。ここに残るのは俺とあと三人だけだからな。あとちょっとの我慢だ。その日が決行日になるぞ。」

「来週か。本当に、大丈夫なのか。」

「何のためにここまで用意周到にやって来たと思ってるんだ。大丈夫。大丈夫だよ。必ず助けてやるから。」


 心配するのもわかる。

 その捕虜は、ここに来てから2年になる。食事を出してもらえてはいるが、監獄の環境はもちろん良くない。それに言葉が通じる人もいなくて、俺がここに来るまでは、どうやって死のうかとさえ考えていたそうだ。


「...なぁ。」

「ん?」

「無理だけはするなよ...。」

「何言ってんだ。」

「いや...あいつらは用心深いから。」

「あぁ。でも弱気になるなよ。」


 弱気になるのも当然だ。しかし、その言葉は、自分の弱気ではなく、俺を気遣ってくれてのものだとわかった。だからこそ、成功させなくちゃいけない。


「相方が帰ってくる。じゃあな。」


 そうして、また二人は捕虜と看守の関係に戻った。



  ────────────



 俺はテロリスト組織に潜入して、ある人を助けに来た。それが、さっき話した捕虜だ。

 その捕虜の名前は、中田成(ナカタ ジョウ)。日本にいた頃、親友とも言える仲だった。


 ここに中田成を助けに来るためには、ただ潜入して助け出すという訳には行かなかった。

 捕虜施設は24時間体制の監視が敷かれていた。もちろん武装もしている。見つかれば即銃殺されるか、捕虜として拘束され、厳しい拷問を受ける事となる。

 そもそも捕虜施設に辿り着くまでに、テロリストが支配する市街地を通るか、道なき山道を自分の足だけで走破するというのはほぼ不可能だった。

 過去に他のエージェントが試みて、捕まったり銃殺されたりしている。市街地には民間人も多く、捕虜施設にも何十人と収容されているため、うかつに軍隊を寄こすわけにもいかない状況が続き、長期間に渡る停滞期に入っていた。


 ただ、長期間に渡る停滞期だからこそ、捕虜になっている中田成が生存している。不幸中の幸いと言えるのかもしれない。いつ、紛争や進攻が始まるかわからない。出来る限り早く、捕虜施設に辿り着く必要があった。


 そこで、俺はテロリストの仲間になるという決断をしたのだ。



  ────────────



 テロ組織で信頼を勝ち取るまでには、一年以上の時間が必要だった。仲間に入れてもらうまでは簡単で、今どきはインターネット上でのやり取りから、緩衝地帯での接触からいくつかの試験をクリアすれば、数日後にはテロリストになれるのだ。

 もちろん血の契りを交わす事は避けられない。あくまで、テロ仲間として動かなければいけない。裏切ったら処刑されてしまう。ミスをしてバレたら即終了というわけだ。


 そして来週、待ちに待った脱出の日が来る。遂に脱出が出来る条件が揃う日が来たのだ。その日は、ボスとテロリスト仲間たちが緩衝地帯に出向く。その日の為の準備も大詰めだ。残り数日。夜な夜な準備を整えていった。



  ────────────



「頼んだぞ。」

「任せてください。」

「何かあったら、、、わかるな。虫一匹逃がすなよ。」

「はい。もちろん。」

 俺は一年以上テロリストたちと行動を共にした事で、信頼を勝ち得ていた。

「じゃあ、言って来る。お前ら、気を引き締めていけ。

 はい、と返事をして、数十名の同志がそれぞれの車に乗って坂を下って行った。


 ここから早くても三時間は帰ってこない。

 その三時間の間に、捕虜になっている中田成と、俺自身がここから脱出しなければならないのだ。


 一世一代の脱出ミッションは、焼けるほどの日差しが降り注ぐ正午ごろに開始された。



  ────────────



 捕虜が隔離されている施設というには稚拙過ぎる建物の環境は最悪中の最悪。暑さ寒さに無防備で、衛生的にも最悪レベルだ。命を落とさないギリギリだった。


 捕虜の環境が悪いのはまだしも、看守をしている俺たち下っ端の環境も良くはない。しかも、度々問題が起これば、捕虜の始末などをしなければならない。


 ここに来た時は、本当に精神的に追い込まれた。


 しかし、それも親友との約束を果たすために、乗り越えてみせた。


 そう、あの日の約束を果たすために。



  ────────────



 約二年前、密航している不審な貨物船に潜入した俺たちは、そこに武器が大量に積まれている事を突き止めた。それを報告するため下船する途中、テロ組織に見つかってしまった。


 弾丸飛び交う中、命からがら逃げ切れた、と思った。しかし、相方だった親友・中田成は、最後の最後で足を打たれ倒れ込んだ。


 俺は咄嗟に隠れたが、倒れ込んだ中田成はこっちを見て、無言でうなずいた。


 目を見て、うなずく。意味は一つだ。

 走り出した俺は顔だけを親友に向けうなずいた。


 決心した。無言の約束。


ー 必ず助けに行く ー


 逃げ切った俺は、ただちに組織の調査を開始した。その組織は、世界を敵に回しているようなテロリスト集団で、人質をとっては国を相手取り貨幣や物資を要求し続けていた。


 対テロの動きというものは、どこの国であっても表立って行われる事は少ない。


 政府から特命を授かるべく奔走した。半年ほど調査と作戦を練り、自らが立ち上げて進めた非公認の任務を秘密裏に通してもらう事が出来た。

 名前も変え、政府組織の中から名前をすべて消去した。


 全てを捨ててテロ組織に潜入したのだ。



  ────────────



「なぁ、何で今日このメンツなんだろうな。」

「さぁなー。」

「まぁ、楽だからいいんだけどねーあんたと組むの。」

「はは、そうか。ま、先にやることやっとくわ。」


 捕虜の尋問と昼食の配膳、そして監視。それをルーティーンのように流れでこなしていく。

 テロリストになるような連中が、まともな精神で毎日を過ごしているわけがないと思っている人も多いだろうが、日常は至って普通の生活と変わらなかった。有事以外は仕事をしている一般人と変わらなかった。だから、出来の悪いやつもたくさんいた。


 今日は看守担当にその出来の悪いやつらが揃う日で、俺が現場のリーダー格だ。サボりぐせがあり監視も疎かで、仕事をしたくないと言わんばかりの三人なので、計画を実行しやすい。


「なぁ、昼飯食べて来るよ。」

「あぁ、俺が見る。デニング、お前だけ残れ。」

「え、僕も昼...。」

「二人はいないといけないんだ。」

「はーい。」

 捕虜は数十人いるが投獄されているから二人いれば十分だ。


 四人中二人は昼食を食べに行った。

 食堂はなんと捕虜の収容所の隣で、そこを通らないと外に出られない特殊な造りになっている。そして、昼食を食べに行く二人を見送って、脱出のミッションは開始される。


「よし、開始だ。」

 わざと少し聞こえる声でささやく。

「え?何かあるんですか?」

「なんでもないよ。」


 不思議そうな表情で近づいて来るデニングは、首を傾げ所定の位置に引き返そうとした瞬間、その瞬間を狙っていた。


「すまんな。」


 背後から湿ったハンカチでデニングの口元を塞いだ。するとデニングは瞬時に意識を失ってしまう。こいつには何の恨みもないが、あくまでテロリストだ。恨まないでくれ。


 捕まっている捕虜の連中から、見えない場所に寝かせ、中田成を迎えに行く。ここからが一気にリスクが高まってくる。


「コウ。どうだった。」

「大丈夫だ。一人は眠らせた。あと二人食堂にいる。そこさえ抜ければ、外のバギーを使って逃げ切れるはず。今日は市街地にほとんど仲間がいないから、バギーで走り抜ければいい。」

 小声で説明しながら、牢の鍵を開ける。

「ジョウ、行くぞ。」

 中田成にとって久しぶりの解放。しかし、まだ緊張の瞬間はこのあとに控えている事を知っている。浮かれはしない。


 監獄と食堂の間に扉はない。アーチ状に開いた出入り口の向こうに、机がいくつか置かれていて、そこで残りの二人が食事をしながらテレビを見ていた。


「なぁ、明日雨らしいぜ。」

「えぇー、明日街に出ようと思ってたのにー。」


 緊張感のない会話をしている。


「クーさん。ちょっと、デニングのやつ知らない?」

 食事中のクーさんこと、クエンティンを誘い出すべく声をかけた。一応年上だが、間の悪い男でよくミスをする。今日も、朝から寝坊して怒られていた。

「え?こっちには来ないよ。どこか行った?」

「トイレ行くって言ってたから、えー...」

 困ったフリをする俺を心配そうに見つめるクエンティン。

「んーどこ行ったんだー」

 食事の手を止め、牢のある方へと歩き出した。食堂との出入口ですれ違った瞬間、俺はもう一人食堂に居たロマノフに向かって足早に歩みを進める。


「え?」

「すまん。恨むな。」

 次の瞬間には、食堂にいた2人の看守の無力化に成功した。食堂の中にいたロマノフを俺が、牢屋に向かっていたクエンティンをジョウがそれぞれ無力化したのだ。


「やったな、コウ。」

「ジョウ、お疲れ様。」

「お前の方がだよ。」

 お互いの忍耐を称えつつ、感傷に浸る暇はまだない。最後の仕事が待っている。


 捕虜の解放と脱出。

 これは、対テロとの非公式任務と合流地点からの移送を許可してもらう代わりの条件だ。


 無力化した三人を、中田成が入れられていた牢屋に放り込み、代わりに他の牢屋をひとつずつ解錠していった。


「ありがとう。」

「恩に着るよ。」

 様々な感謝の言葉を受けながら、確実に解錠していく。食堂に集まってもらい、あとは車の運転が出来るものを選んで、合流ポイントだけを伝え一度散会してもらう。万が一のリスクに備え、一気に全員が捕まる事を防ぐためだ。


「よし、じゃあ。これでいいな。」

 捕虜施設は、もうもぬけの殻。車に乗り込む人たちを見送り、俺たちもバギーに乗って脱出だ。

「ジョウ、行くぞ。」

「あ、あぁ。」

「どうした?」

「いや、ここに来た時に没収されたものがいくつか見つからなくて。」

「もう取られたんじゃないか。」

「あー、そうかもな。大事なものだったんだけど。」

 何かは言わなかったが、大切なものを失ったらしい。二年間も収容されて、それでも失いたくないものとは余程のものだ。


「まだ、時間はあるよ。探すか。」

「いや、いいよ。命さえあれば。また、、、会える。」

 後ろ髪を引かれる思いだった。親友の少し寂しそうな表情。でも、今すべきことは一つだった。


「行こうか。」

 声をかけバギーに乗ろうとしたその時だった。


「おい、お前たち。これの事か。」

 聞き覚えのない声が聴こえて来た。声は建物から聞こえてくる。


 そこには、逃げたはずの捕虜のうちの一人が佇んでいた。手に持っているのはネックレスだった。


「ありがとう。君はー...」

「僕はナイブズ。乗り遅れちゃって...」

「あー、どうするか。バイクは乗れる?」

「乗れない。」

「バギーは二人乗りだからな。どうしたもんか...」

「コウ、どうする?まだ車はそれほど遠くに行ってない。追いついて一度引き返してもらうか。」

「そうだな。そうするしかないか。」

 捕虜は一人残らず、国連軍の回収班に引き渡さなくてはならない。コウはバギーを一度降り、ナイブズという若者に待っていてもらうよう説明しようとした。しかし、意外な返事が返って来た。


「僕は、ここが地元なんだ。離れらないよ。」

「ここは危ないぞ。また捕まるかもしれない。それに、捕虜がいなくなったら、空爆の対象になるかもしれないんだぞ。」

「いいよ。もし助かっても、行く当てがない。家族はもういないから。」

「そうか...。そう言われると、行こうとも言えないな...」


 どう説得して救出したとしても、その先に幸せないのであればそれ以上何も言えない。 


「とはいえ、兄さんたち、解放してくれてありがとう。でもね...」


 でもね...?


「残念だったね。君たちには制裁を加えなくちゃいけないみたいなんだ。」


ー バン!バン! ー


 ナイブズは、隠し持っていたピストルの銃口をこちらに向け、容赦なく二発の銃声を響かせた。


 脇腹に激痛が走り、自分から漏れるうめき声と意識が遠のきブラックアウトした。



  ────────────



「コウ。生きてるか...。」

「なんとかな。ジョウ、お前、声出るようになってるじゃないか。」

「はは、笑えないな。痛みはもうどっかに行っちゃってる。」


 50人以上いた捕虜は、今は俺たち二人になっている。捕虜たちは助かったのだろうか。せめて、それだけは知りたいが牢屋の中にいては知るすべはなかった。


「おーい。兄さんたち。お元気ですか。」

「元気なわけないだろ。いてーよ、まだ。」

「はは、そりゃそうだよ。命落とさないようにだけ狙ったから、ありがたいと思ってよ。」

「いやいや、ありがた迷惑にもほどがある。」

「兄さんたち。すごいよね。捕虜全員解放しちゃったんだから。まぁ、でも気づかなかったでしょ。捕虜に混じってるなんて。」


 完全に騙されていた。捕虜が全員、捕まった罪のない人だと思っていた。しかし、捕虜のふりをしたテロリストの仲間が隠れていたのだ。


「ちなみにもう一ヶ月も経ってるよ。誰も助けに来てくれないね。」


 そりゃそうだ。こんな危険地帯にわざわざ出向くやつはいない。


「ふふふ、これからも宜しくねー。」

「はは...」


 絶望とはこのことだ。もう誰も助けには来ないだろう。政府からも非公式で任務に当たっている。今後、テロに加わった裏切者として、母国では非難される可能性さえある。


「コウ、すまない。俺のせいだ。」

「いいんだよ。あの日、俺はお前を置いて行った。ここに来た事を後悔はしてない。」


 この友情と二年間の空白を埋めるように、言葉を交わす事は出来るようになった。

 お互いに姿を見る事は出来ないが、二人だけの捕虜は拷問に耐えながら、友情を育んでいく。いつかここから出られるその日を夢見ながら。



  ────────────



「本部、今収容所が見えました。」

『看守が少ない時間は今しかない。』

「位置に付きました。いつでも行けます。」

『よし、お前たちのタイミングで行け。』

「はい。俺たちは恩を忘れません。必ず救って見せます。GO!GO!GO!」


 合図と共に、いくつもの催眠爆弾が投げ込まれた。

 それとほぼ同時に、パン!パン!という銃声がいくつか聴こえ、収容所に突入。


 食堂にいた二人は床に倒れ込み、何事かと様子を見に来た看守も無力化に成功した。


「あーあ、もうちょっとだったのに。おめでとう。お兄さんたち。僕たちの負けみたいだ。」


 言い終わると同時に、ナイブズも意識を失った。


 催眠ガスを吸ったコウとジョウも、同じく遠のく意識の中で、かすかに聞いたその声に安心したまま気を失った。


「コウさん、ジョウさん、もう大丈夫です。あなたたちのお陰で助かった者たちです。ありがとう。今度はあなたたちを助ける番ですからね。」


 そう。あの日、解放した捕虜たちは生きて逃げ延びた。

 そして今日、命を懸けて助けに来てくれたのだった。




 人は誰かに助けられると、他の誰かを助けたくなる。


 その連鎖が、もっともっと長く繋がって行って欲しい。


 そして、その連鎖が誰かの命を救うことになるかもしれない。


 そんな願いを込めて。


   END

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