シールの跡

名もなき書き手

シール   大譱 誠

子供の頃、住んでいたマンションのリビングには少し大きなテレビがあって

夕食を食べ終わると、家族みんなでテレビを見るのが日課だった。


幼かった私は、当時大好だったキャクターのシールをテレビに貼れば、みんながシールを見てくれる!テレビが可愛くなる!!きっとパパも、ママも、弟も喜んでくれると思い込み、画面以外の外枠にシールを沢山貼り付けた。


だけど私の気持ちとは裏腹に、両親から凄い勢いで怒られた思い出がある。


ママは

「跡が残ちゃったじゃない、どうするの!なかなか取れないんだから!」

とおこりながらシールの跡をこすっていた。こすれば、こするほどシールの跡は広がっていく。


中学生になってテレビを買い替える頃になってもあの時のシールの後はかすかに残っている、その跡を見る度にあの幼かった日の記憶を思い出した。


そんな私も今では大人になって、20代半ばに差し掛かり、男性ともそれなりの経験をしてきた。

今、付き合って2年になる彼と将来の事について真剣に考えている。


「ごめん・・・俺たちもう、別れよう・・・」


「え、、別れるって・・・何で?・・意味わかんないんだけど・・」


私は白々しく彼に、別れの理由を尋ねたけど・・・

本当は知っている・・・

最近あの子と頻繁に会っている事も、3日前にとうとう付き合いだした事実も、ホントは知っていた。


知らないフリをしていたのは彼に真実を聞く勇気が無かった訳じゃない・・・

きっとすぐに私の元へ帰ってきてくれると信じていた・・・いや、違う・・

将来の事を考えていたからこそ信じていたかった

もう私の事が好きじゃないなんて信じたくなかった・・・私は彼の側にいたかった。


突然の雨がぽつぽつと降り始める。


「うわ!、雨降ってきた、まぁ、あの、そーいう事だから、ごめん!、今までありがとう」


核心的な事は一切言わずに、小学生の女の子が聞いても納得のできないような理由を並べて、私を置き去りにして去っていった。


私は行かないでとすがりつく事も、引き止める言葉すら出てこない。


その代わりに『始まりに終わりはつきもの、この雨だっていつか止むんだから』と、そう自分に強く言い聞かせ、無理矢理自分を納得させ、一度も振り向きもしない涙でボヤけた彼の背中を、見えなくなるまで見送った。


あなたがいなくなった公園で、雨と涙はどんどん激しくこぼれ落ちた。


あれから2ヶ月が経っても未だあなたの事を思い出す度・・・涙があふれる

今頃新しい彼女と幸せな時間を過ごしているのかと思うと・・・黒い感情が止めどなくあふれて、呑み込まれてしまう。

惨めで、何もできなかった自分を心底嫌いになる。


彼の笑顔、子供っぽいところ、夢を語る横顔、優しいところ、あんなに大好きだったのに、今はもぅ見たくも考えたくもない。『何で私だけ、、』

そんな思いばかりが頭を駆け巡る。


急に彼からLINEが届いた。


”元気?久しぶりに会えないかな?今日は仕事休みだよね?”


本当は会いたいに、決まってるよ・・・だけど・・・

あなたは何か嫌なことがあるとすぐに自分の居心地の良いところに逃げるクセががあるよね。どうせあの女と喧嘩でもしたんでしょ?まだ私があなたの事を好きだと知っていて連絡してきたんだよね?ずるいよ・・・。

それにまたあの子と仲直りしたらそっちへ戻って行くんでしょ?知っているよ。



私は彼からのメッセージの返信を一文字、一文字ゆっくりと、深呼吸して打った


”もう会えないよ、さよなら”


しばらく送信できずに画面を眺めていた、けど、もう前へ進むしかないんだ、そう自分に言い聞かせ、目をつぶって送信ボタンを押した。


ゆっくりと目を開けて、送信された事を確認する・・・

スマホの画面にポツポツと涙が落ちた。


すぐに、忘れないでと言わんばかりに彼からの着信が入った。

私はギュッとスマホを握りしめて、画面を裏向けにしてテーブルに置いた。


あなたと過ごした楽しかった思い出が一気に襲いかかる、思い出す度に枯れる事のない涙がまた彼がいなくなった世界をボヤけて映した。


涙の数だけ強くなれるなんて誰かが言っていたけど、私は信じない、

喧嘩した辛い思い出さえも、この涙は綺麗に洗い流して、どれだけあの人の事が好きだったのかという事実を私に突きつける・・・

些細な出来事にさえ今日が記念日だねって言ってくれたあなたの言葉を思い出す。

涙が流れる度に、私は苦しくてたまらない。


このままじゃダメだ、忘れなきゃ・・・私はおもむろに部屋に残っていたお揃いの物、思い出の品を全てを処分することにした。

マグカップ、お箸、歯ブラシ、イヤホン、スマホケース、キャップやマフラー、その他にも初めて一緒に夏祭りに行った時、彼がかわいいって褒めてくれた浴衣、そしてクリスマスプレゼントのペアリング・・・

もう私には必要ないって分かっているのに、さっき全部捨ててやるって決めたはずなのに、私には結局何も捨てることはできなかった。


それどころかあなたへの想いは募るばかり、

もうあの頃には戻れないのに、分かっているはずなのに・・・・

ホントに馬鹿だよね。


ふと、思い出した。


「今日から俺の彼女な?」


「え?ちょっと待ってよ!!無理だよ・・・」


失恋したばかりの私の言葉なんかお構いなしで、あの時、彼は私に彼氏というシールを貼り付けた。


でもあなたは誰よりも私を大切にしてくれた。

気づけば私の一番大切な人になっていた。


そして彼氏というシールをまた身勝手に剥がした、

その跡はキレイに剥がしてはくれなかった。

私は子供の頃から知っているこの跡はなかなか消えない。

こすればこするほど広がっていく。


そして大人になった私は知っている、もう跡を消すには新しいシールを上から貼り直すことしかない。


さよなら・・・あなたを大好きだった私。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シールの跡 名もなき書き手 @daizenmakoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る