第21話

 教室に戻ってきた美空を見つけると、奈々が心配そうに駆け寄ってきた。


「美空ちゃん大丈夫、具合悪いの?」


「大丈夫だよ。心配かけてごめんね」


 美空がそう話すと、教科書をまゆの友人である由佳が持って来てくれていて、美空に申し訳なさそうに渡す。その表情は、本当に申し訳ないと書いてあるようだった。眉毛を八の字にしながら、美空を恐る恐る見ている。


「委員長、気にしないほうがいいよ……」


 由佳から教科書を受け取ってから、美空はうん、とうなずく。それに若干ホッとした由佳だったが、美空の次の言葉に動揺した。


「ありがとう。でも、私も言いたいことがあるから、赤石さんと話しする」


「え、そんな、ちょっと」


 由佳が止めるのも聞かずに、美空はまゆの机へと向かった。友人たちと談笑していたまゆが、美空を見ると一気に不機嫌な顔になる。


「何よ、委員長。私、謝らないからね」


 まゆは美空を見るなり、ツンとして言い放った。自分の言動には自分で責任を持っている彼女としては、引く理由がないのだ。そして、だからこそ美空は、その言葉が胸に突き刺さったのだ。


「うん。いいの、謝るのは私の方だから」


 それに、まゆは驚いた顔をした後に、またいつものいい子のふり?と皮肉気に口元をゆがめた。それに、美空は困ったようにほほ笑む。そう思われても仕方がないことを、今まで自分がしてきたことを反省した。


「いい子のふりはもうやめるの。それにね、好きな人、いるの。でも、好きかどうか分からなかったから、とっさに違うって言っちゃったんだ。ごめんね、嘘ついて」


 美空に素直に謝られて、まゆの方が居心地が悪くなる。周りからは不安そうな視線が飛び交い、何を話しているのだろうと、近くのクラスメイト達が聞き耳を立てる。


「でも赤石さんのおかげで、気持ちにも気がつけたし、それに、つきあうことになったの……だから、ありがとう」


 それには、周りが驚きの声を上げる。まゆをそっちのけで周りの子たちが誰とつきあったのかを目を輝かせて聞いてきた。そして、だからイメチェンしたのかと、周りがどんどんざわついていく。


「委員長、誰とつきあったの?」


 いつもだったら、ここで当たり障りのないことを言う美空だが、ここは決心した。それに、夕にはすでに許可を取ってある。


 何かあれば、僕を悪者にも隠れ蓑にもしていいよと言われていた。美空は、そんなことに夕を使うつもりはない。申し訳なくて、できない。


 変わりたいと願ったのだから、そしてそれに勇気と時間とチャンスをくれたのだがら、今までと同じ選択をしていたらそれこそ馬鹿だ。


 正々堂々と生きると、美空は決めた。夕がいてくれるから、後押ししてくれるから。いつだって、味方でいてくれるから。


 どうせ短い命ならば。ためらう必要なんて、一ミリもない。


葵田あおいだ先輩と、おつきあいしているの」


 それにはまゆも含めて、その場にいた女子たちが悲鳴を上げるほどに飛びついた。教室中がその騒ぎに驚き、なんだなんだと大騒ぎになったのを、まゆが大声を出して静めた。


「もーちょっと、うるさい! 何なのよみんなして!」


 いきなりヒステリーを起こしたまゆにみんなが驚いて、一瞬止まる。ざわめきもそれに伴って静まり、辺りはいつも通りのクラスへと戻っていく。居心地の悪そうなまゆを見て、美空はもう一度彼女に向き直る。


「……私、赤石さんが羨ましかった」


 ぽつりと美空がつぶやくと、まゆは怪訝そうな顔をした。


「いつもクラスで楽しそうで、オシャレで、かわいくて。私に持っていないものをいくつも持ってキラキラして。私は愛想笑いでしか人とつきあえないのに、本音でつきあっている姿がすごく羨ましかったの」


「なにそれ。っていうか、愛想笑いでしか人付き合いできてないこと、自覚あったんだ?」


 それに美空が半笑いになった。


「うん、だからさ、今はっきり言うね。羨ましかったんだ。今度からは、ちゃんと本音で言うから……みんなも、私と仲良くしてね」


 いきなりの美空の提案に、もちろんだよとみんながうなずく。


 まゆはふうと息を吐いて、授業始まるから席に戻りなよとブスっとしていた。それに美空がうなずいて席につこうとすると、後ろからまゆが小さい声で「おめでとう」と言った。


 それにビックリして振り返り、ありがとうと言うと、まゆがほんのちょっと笑う。赤石まゆの、こういうところが羨ましくて、魅力的なのだと、美空は嬉しくなってうなずきながら自分の席へ戻った。


 言い終わって席に戻ると、奈々がすっ飛んできて、夕とつきあったことを根掘り葉掘り聞こうとしてきたときには、授業の開始のチャイムが鳴った。


「もー、詳しく話聞きたかったのに! 後でちゃんと教えてよね!」


 チャイムに怒りながら、奈々は席へと戻って行った。美空はその後ろ姿に「もちろん」と伝えてから、先生が来るのを待つ。こんなにワクワクして授業を受けたのは、初めてだった。


 こっそりとあの魔法のノートを取り出して、〈好きな人とつきあう〉と書きこむ。一人でニコニコしながら、美空はその文字をいとおしそうに撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る