第14話

「うーん、確かにこの髪型は、ちょっと重たいわね」


 女性の天使は、つぐみと名乗った。お店には誰も人がいなかったが、言われるままに店内へ入り、そしてカット台へと座って、美空は今、鏡に映る自分と顔を合わせている。


 天使は美空のおさげにしていた髪の毛を解いて、丁寧にブラッシングをしながら様子を伺った。いろいろな角度から美空を見つめて、髪の毛を触りながら何やらぶつぶつとつぶやいている。


「夕、あっちに置いてある雑誌とって来てくれない?」


 つぐみはそう言うと、たくさん並んでいる雑誌を指さす。ソファでゆっくりしていた夕は、言われていくつかの女性向け雑誌と、ヘアカタログを持ってきた。


 夕が持ってきた雑誌のページをぺらぺらとめくりながら、つぐみは鏡に映る美空とページとを見比べる。いくつかのページを開いておき、それらを美空に見せた。


「美空ちゃん、こんなのはどう?」


 言われて見せられたページには、とびきりオシャレなモデルが写されている。もはや、それは自分とは違う世界の生き物のように思えた。


「どう、とは……?」


「こんな感じの髪型が似合うと思うけど、好みかな?」


 美空は雑誌のページを見つめるが、それが自分に似合うのかどうか分からなかった。素直にそう伝えると、困ったわね、とつぐみの口が曲がる。


 いつも美容院は、両親と同じ行きつけの場所で、人のいいおばちゃんが勝手に切ってくれる。中学を卒業するくらいになると、美海は携帯電話でクーポンのあるお店や、友達と一緒に美容院へ行くといって、その美容室には出入りしなくなっていた。


 なので、今までは伸びた分を切りそろえるくらいしかしてこなかった。いきなり、こんな風にと言われても、何にも分からないというのが本当だった。


「美空くん、お任せしてみたら。つぐみはセンスもいいし、美空くんが満足いくようにしてくれると思うけれど」


 夕が柔らかにほほ笑んで助言をする。見た目を変えたいと言ったものの、やっぱり美空にはそれがどういう風に変化すればおしゃれなのか、かわいいのかさっぱりだ。


「はい、つぐみさんに、お任せします」


 美空が鏡越しにつぐみを見ると、腕組みしながら眉毛をよせていたつぐみは、パッと表情を明るくした。


「おっけー! じゃあ任せてちょうだい。確実に可愛くしちゃうからね。元がこれだけいいんだから、私の手にかかれば、その辺の歩いている男なんか、いちころにできるくらいにしてあげる!」


「あ、いや、そんなふうじゃなくていいです……」


「遠慮しなーい!」


 つぐみは張り切って、美空の髪の毛をいじり始めた。


「きれいな髪の毛なのよね、美空ちゃん。もちろん、今までカラーとかパーマとかして来なかったっていうのが大正解。神の内側にちょっと癖があるけど、逆にアレンジしやすいかも」


 ツグミが色々な話をしながら、ジャキジャキとはさみで髪の毛を切って行く。その姿をじっとして見つめながら、美空は父親を思い出した。


 女の子は、長い髪の毛でおさげをしているのが清楚だ。そう言ったのは父親だったなと美空は覚えている。


 両親は女の子であること、清楚であること、勤勉で真面目であること、品行方正であることに美徳を何よりも感じる人たちだ。特に、父はそういったことに厳しい。母はそこまでじゃないのだが、父を怒らせても面倒だと思うのか、右にならえをしていた。


 そんな父の意見をことごとく受け入れたのが姉の美空で、妹の美海はきかん気が強く、自分の我を押し通す性格だった。


 美海は妹だからというのも相まって、多少のことは許されたが、美空はそうはいかなかった。


 模範的な姉であることが求められ、長女としてふさわしいことを選択せざるを得ない。そうしているうちに、いつの間にか自我が埋もれ、両親の生きた時代の良さを詰め込まれた美空は、今の時代にはそぐわず、真面目で地味な優等生になった。


 高校は進学校の女子高に行くように言われたのだが、どうしても嫌で男女共学の少しレベルを押さえたところにしたのは、美空のささやかな抵抗だった。


 オシャレして、恋をして、みんなと仲良くして。そんなありきたりなことを夢見ていた入学前。


 絶望して命を散らそうと思った数日前。


 そこで出会った神様に導かれて、美空はいま、叶えられなかったその夢を叶えるために、必死で何かに抗っていた。


「女子高生だもん、可愛くいたいよね。男女共学だし、そういう学校ってオシャレな子も多いから」


 ツグミがはさみを入れる音がするたびに、新しい自分に生まれ変わっていく気がした。古い自分が削ぎ落され、勇気が満ちてくる。


「私も、高校生の時は部活に恋にオシャレに忙しかったなー。モテなかったけど、好きな人がいて、それで必死こいておしゃれしてアピールしてさ。懐かしい」


「つぐみさん、モテそうなのに」


「全然、地味だったんだ私。両親も厳しかったから、学校についたらお化粧して、帰る前には取って。で、スカートも学校にいる間だけ短くしたりしてさ」


 ツグミはニコニコしながら、そんな話をしていて、美空はそれがとても楽しくて、色々なテクニックをしっかりと聞いて心に刻んだ。

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