第23話(別視点)
Side:司祭の男
「聖女様がいない?」
「うん、夕方から姿が見えない。警護につけていた奴らは部屋で寝こけててさ、何か盛られたみたい。そんで、一人騎士が行方不明。ソイツ、平民出身の奴で、ダレンが事前に身元調査をして確認したはずなんだけど、他の騎士たちが言うには、平民らしくない発言を時々していたんだって。身元偽装していたのかも」
点検に出した馬車の車輪に不具合が発見され、その修理のために予定よりも長く町に滞在していたが、ようやく出発できるめどが立ち、今日はその準備に追われていた。
それぞれ準備のために外出していたのだが、セイランの警護は騎士数名とダレンに任せていた。だが、夕方になって宿に帰ってきたところ、双子たちがなにやらダレンと揉めていた。
どうしたのかと思えば、聖女が宿から消えたという。
双子は所用で外出する予定があったので、念のため簡単な守護魔法を聖女にかけて行ったのだが、それが途中で破られた気配がしたので急いで帰ってきたそうだ。すると聖女が宿のどこにもおらず、警護につけていたはずの騎士が不自然に眠っていた。
ダレンは積み荷にいたずらをされていると報告を受け、馬車小屋のほうに行っていたので、聖女がいつ宿からいなくなったか誰も分からなかった。
「いなくなった騎士が聖女をさらったと考えて間違いないんじゃないか?今から町の出入りを封鎖しよう。居なくなってからまだそれほど時間は絶っていないはずだ」
ダレンが動き出そうとしたが、私はそれを止めた。多分、私の予想が当たっているなら、その方法では見つけるのは難しい。むしろ封鎖に時間を取られているうちに遠くににげられてしまうかもしれない。
「……この町にその者の協力者が多数いるなら、封鎖しても無駄でしょう。彼女を攫ったのが、大きい勢力ならば、時間が経てばたつほどこちらが不利になります。できれば居場所を特定し、奇襲して取り戻すのが得策かと……」
「奇襲ったって、首謀者が誰なのか目的はなんなのかもわからないのだから目星もつけられないよ。それともルカ様は、心当たりがあるの?」
「ここはたまたま滞在することになっただけの町だぞ?単独犯の可能性のほうが高くないか?この町の自警団や教会関係者にもあたって、行き先をしぼっていけばいいだろう」
双子とダレンが、協力者のいるのは考えにくいと言ってくるが、私の考えは違った。
多分、セイランを攫ったのは本物の聖女のシンパだろう。
聖女は船旅にでてしまったが、残された我々巡礼組がどうするかを探らせようとするだろうとは思っていた。
聖女がいなくなって我々が困る様子を知りたいと、あの女なら言いそうだ。だから私も国内に残った取り巻き連中の動向は教会の人間に探らせて、旅の途中も定期的に知らせを受け取るようにしていた。
見張りをつけられている可能性は考えていたが、内側に間者が紛れ込んでいたとは予想外だった。事前に入念な身元調査をしてあったというのに、あちらはダレンが調べても分からないくらい完璧なニセの身元を作り上げ、時間をかけて紛れ込ませていた。
聖女のニセモノを立てて巡礼を続けていることも聖女シンパに逐一伝わっていたのだろう。
……これは私の落ち度だ。セイランの守りをもっと固めておくべきだった。
聖女のシンパがセイランをどうするつもりなのか分からないが、無事に返すつもりなどないだろう。聖女にとって平民の娘など、塵以下の存在だ。聖女に傾倒する人間も、聖女至上主義で同じ考えに染まっている。
時間がない……すぐにでも探索にかからないと、命が危ない。
だが、ダレンやウィルとファリルに協力を頼むのなら、今攫われているのがニセモノの聖女だという話からしなくてはならない。
聖女の偽物の話を話してしまうと、今後何かあった時、彼らも巻き込んでしまうかもしれないと思いずっと口を噤んできた。
本物の聖女が戻ってきた時に、必ずこの偽聖女のことを責め立ててくると予想がついていたから、全ては私ひとりが企て実行したこととして、教会も巡礼の仲間も無関係だとしておきたかった。
ここで三人が私に協力すれば、知らなかったでは通せなくなる。
それが分かっていても、もう話さない選択肢はなかった。
「彼女を攫ったのは、聖女シンパの者たちだと私は考えている。攫われたあの子は、私が用意したニセモノだ……本物の聖女ではない。
間者が騎士の中に紛れていたのなら、こちらの事情が筒抜けだっただろう。攫われたことに我々が気付く時間も予想が立てやすかったとすると、もう町を抜けているかもしれない」
どういう反応を返してくるかと三人の出方を窺ったが、彼らは『ああ、そういうことか』と至極冷静に受け止めていた。
「聖女の取り巻きか。狂信的な奴らが多いから、あり得るな」
「自分は巡礼ブッチしたのに、間者は仕込んでいくとか、相変わらず性格最悪」
「じゃあ攫ったのはお姉ちゃんを排除するため?頭悪いね、さすがあの女の信者だよ」
返ってきた反応から察するに、彼らはとっくにニセモノであると気付いていたようだ。私も口を噤んでいたが、彼らもまた、あえてその事実を口にせず何も訊かないでいたのだ。
「……今更ですが、君たちに告げずにいて申し訳なかった。彼女は確かに私が用意したニセモノだが……どうしても助けたいんだ。協力してほしい」
「彼女があの女と別人だというのは暗黙の了解みたいなもんだと思っていたから、ルカが謝る必要はない。それに、彼女はニセモノなどではないぞ?彼女こそが本物の聖女だ」
「僕もそう思う。誰が何と言おうと、僕らが守る相手はお姉ちゃんだよ」
「ていうか、ルカ様も口で言わないだけで僕らに隠す気なかったでしょ。察しろって意味かと思ってた」
そんなことより、早く探しに行こうと言われ、私はホッと安堵した。
「ここは王都とも交易のある町なので、自警団や町の教会の中に聖女のシンパがいる可能性を考えて、探索は我々だけで行いたい。信用できるのは君たちだけだ。頼む」
三人は頷いて、すぐに双子がセイランの足跡を魔術で可視化して後をたどるが、途中で疎外魔法がかけられているらしく、途切れてしまった。
ダレンはそこで聞き込みをすると言って別れ、双子は守護魔法が破られたあたりを調べるということで、我々は三手に別れた。
私は運河沿いに向かい、苦手な探索魔法でセイランの気配を探る。
聖女の熱狂的な信者であれば、セイランを害するのに大義名分が必要になる。そのためいきなり殺すということはないと考えていた。
断罪のための擬似裁判か、粛清の儀式などを行うために信者たちが集まりそれを行うとすれば、人気のない場所へと移動するだろう。それには船で町を出てしまうのが一番あり得そうだ。
薄く残ったセイランの気配をたどると、船着き場の一部にわずかに感じる場所があった。
ここから船で川下に出たかもしれない……。賭けではあるが、町での探索はダレンと双子に任せ、私は川を下ることにした。念のため、この場所に目印を残しておいた。ウィルとファリルならば伝わるだろう。
川を下り始めて町を抜けると、遠くのほうに小型の貨物船の明かりが見えた。
夜中に貨物船が移動するのは不自然だ。
私は水音を立てないよう慎重に船に近づく。
すると船の上からなにかが水に投げ込まれるのが見えた。目を凝らしてみていると、水面に上がってきたセイランの姿が見えた。
(―――セイラン!)
思わず声をあげそうになったその瞬間、彼女の背に向かって銛が投げられたのを見て、私は目の前が真っ赤になった。
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