第14話 後処理の憂い
奴隷商から被害者女性の救出作戦、その翌日。カインはザリアモール王国の王城を闊歩していた。見習いとは言え近衛騎士団の一員であるのだから、一部を除けば王城内を自由に歩き回る権限は持ち合わせている。
とはいえ、こうして一人で歩くのは数えるほどしかなかった。見慣れない道に少々、迷いつつも目的の部屋を見つける。
「カインです」
「どうぞ、鍵は開いている」
ノックに対する部屋主の返答を待って。カインはゆっくりと扉を開けた。
絢爛豪華。そんな言葉が似合う部屋で書類と睨めっこしているのは、金髪の美丈夫だ。柔らかい髪の質感に、穏やかそうな垂れ目。如何にもな優男と言った表現が不遜ながら適切だろう。
「来たね。報告をお願いできるかな」
「はい、ユバル殿下」
彼こそが他でもない。ザリアモール王国第三王子。そして近衛騎士団団長。ユバル=ヴァン=ザリアモールだ。
正直、こんなヒョロヒョロした男が団長なのか、なんて第一印象を抱いたものだが。一度戦場に立てば、的確な指示と多大な魔力を生かした魔法。そして美麗な剣技で敵を寄せ付けぬ強者の一人なのは間違いない。
「……しかし、正確な情報は後に報告書でまとめられますが」
「いいや、構わない。現場の人間だからの感想も聞きたいからね」
「それなら、ごほん」
簡単なメモを確認しながら、カインは予めまとめておいた言葉を頭の内で反芻した。
「今回の奴隷商事件ですが、途中で一般人の介入がありつつも結果的に被害者女性十三名の救出に成功。しかし主犯のニバスが死亡する結果に終わりました」
「成果としては上々だろうね。……結果としてはだけど」
「そう、ですね。その一般人の介入がなければ、逃亡を許していた可能性があります」
目を伏せるユバル王子にカインは同意する。件の一般人──アベルの介入がなければ、ニバスたちの行動を止められなかった。兵団はしくじったのだ。どういうわけか、こちらの作戦は筒抜けだった。
たかが一介の奴隷商を相手に。
「……ここからが本題です」
「うん、続けて」
「被害者女性を連れた主犯のニバスは王都の中心に向けて逃亡を試みていました。その先に別の隠れ家あるかと初めは予想されていたのですが……」
「被害者が救出されない限り、兵団が警戒態勢を解くわけがない。隠れ家を移すだけじゃ時間稼ぎにしかならないと、奴らもわかっていただろうね」
その通りだ。王都の出入りは強化された検問が目を光らせている。犯人が王都の中に残っており、被害者の安否が不明なままならば、兵団は捜査を止めない。結局のところ、逃げ隠れるだけではじわじわと追い詰められるだけだった。
なのに、わざわざ王都の中心部を目指していたのは──
「奴らが向かっていた先に拠点らしきものを発見しました。問題はその中身です」
「…………」
ユバル王子が瞳を鋭くする。そんな彼にも物怖じせずに、カインは言葉を紡いでいく。
「魔力充填装置がありました。とても個人では持てないような大規模なものが。それこそ空間魔法使いが長距離の空間転移の補助に使うようなものです」
「……ただの奴隷商が空間転移の準備までしていたと?」
「はい、恐らくは」
時空に干渉できる魔法使いはいるにはいる。けれど、世界的に見ても数えるほどしか存在しない。そのうえで転移魔法のような高次の魔法を人の身で行使するためには、外部から魔力を供給せねばならないのだ。
つまり人材が非常に貴重で、使用するためには膨大な資金が必要になる。一介の奴隷商ごときに用意できるはずもない。
「帝国の上位貴族か、共和国の資産家辺り……いや、私たちの王国に潜んでいる可能性もあるか。誰かしらが奴隷商のバックについていた?」
「盗み出された可能性は? 貴族や商人が今どき、奴隷商を支援するとは思えません」
「それこそあり得ない。転移魔法は戦略兵器だ。その運用に必要な魔力充填装置の管理は徹底されているからね。協力者がいると考える方が自然だよ。あまり、信じたくはないけどね」
どちらにせよ、異常な事態だ。相手が誰であろうとも、魔力充填装置を用意できるほどの大物が、わざわざ奴隷商を支援している理由は思いつかない。
強いて言うのならば、一つだけ心当たりはあるが。
「……逃げた犯行グループの一人が、ちきゅうじんという単語を発していました。これは異邦人が供述する“地球”という単語と合致していますし、異邦人の女性が高く売れるという会話はされていたようです」
「なるほど、ね。つまり、彼らの目的は異邦人……いや、地球人でそのために人攫いのプロと取引をしていたと」
「あくまで俺の見解ですが」
何処かの決して小さくない組織が地球人を集めている。目的は何なのか。当事者たちも把握していない地球からの転移に関与しているのか。そもそも一体どこの誰が首謀者なのか。
まだまだ情報が足りなさすぎる。ただわかるのは、この騒動は今後に起きる大事の予兆に過ぎないということだけだ。
「うん、ありがとう。これ以上は妄想になってしまうね。もっと情報が集まらないと話が進まない」
「そうですね。では、俺はこれで」
「ドライだなぁ。茶でも飲んでいけばいいのに」
「殿下と茶を飲めるほどの教養は持ち合わせていないものでして」
体の良い言い訳であり、事実でもある。そんな言葉を残して、カインは王子の執務室を後にした。
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