第2話 ハイテクなギルド
活気にあふれた木造の大きな建築に踏み入る。昼間から酒を飲みバカ騒ぎする一団。真剣な瞳で掲示板を見定める二人組。様々な人々がその空間を作り上げていた。
サブカルチャーの知識が美化している自覚はある。けれど、この独特の空気はまるで、非現実が現実になったようで。
「冒険者ギルドだぁ!」
「正確には冒険者・開拓者合同ギルドだ。……そんなに楽しい場所か?」
正面玄関で叫んでいると隣のアベルが呆れたように尋ねてくる。何もわかっちゃいないと、ルミはわざとらしく長い人差し指を揺らした。
「冒険者ってのはファンタジーの定番! これで喜ばないのは嘘だよ!」
「ルミがどういうイメージを持ってるのかは知らないが、そんな綺麗な仕事じゃないからな。失業者の行きつく先は冒険者か奴隷ってのは良く言われてる」
「……奴隷と同列なの?」
「危険な仕事だからな。それに資格とかも特に要らない。見返りは大きいが……命の危険を考えるなら奴隷の方がましだ。あっちは名前ほど厳しくはないからな」
幻想が崩れ去っていくと同時に、まあそうだろうなと納得する気持ちもあった。命を賭けて大成を成すと言えば聞こえはいいが、命の危機などない方が良いに決まっている。
「それより、早く身分証の発行を済ませる。この後に買い出しもあるんだ」
「はーい。というか、ギルドで身分証発行できるの?」
「国営の組織だからな。とは言え、誰でも発行できるわけじゃない」
国営なんだと少々驚きつつ、アベルの背中についていく。内部へ踏み込んでいくにつれ、周囲の視線が集まってくるのを感じた。
危険な肉体労働だけあって女性の数が少ないからか。とは言え、全くいないわけではない。ならばどうしてかと考え込み、すぐ答えに辿り着いた。
「ふっふーん」
自慢げに鼻を鳴らす。単純にルミの容姿が整い過ぎているからだ。細く長いしなやかな手足。健康的な肉体は引き締まりながらも、女性らしい柔らかさを確かに持っている。
顔だって一流だ。小さく均衡のとれた相貌には、緑色の宝石のような瞳と整った鼻筋が付いていて、頭から垂れる長い絹のような白髪がそれを彩っていた。
服装だって外出している以上、しっかりと身体に見合ったワンピースを身にまとっている。つまりどこにも欠点はない。
“ルミ”という少女の姿は“真雪”が理想として創ったものだ。自信がないわけがない。是非とも見惚れてくれと、胸を張る。
尤も、それが自分自身となると少し眉を潜めるが。あくまで愛でる対象としての理想であって、男性である自分がなりたい理想ではない。
「まあ、可愛くて損はないけど」
「変なこと言ってないで早くこっち来い」
「ちょ、ちょっと待って!」
慌ててアベルの元へ駆け寄る。可愛くても高いところに手が届かないところや、こうやって歩幅が小さいのは問題だった。
「あらー! ずいぶん可愛らしい子が来たじゃない! 私はミリアよ。冒険者および開拓者ギルドをどうぞ御贔屓にーってね」
「初めましてー。ルミ……ってことにしてます」
アベルの横に並ぶと、眼前のカウンターの向こう側から楽しげな女性の歓声が響く。ニコニコとルミを見つめているのは、気の良さげな笑顔を浮かべる美人だった。
歳は二十と少し程度か。ショートで切り揃えた明るい茶髪が良く似合っている。
「なによ、アベル。どこでこんな子を捕まえてきたの?」
「保護しただけだ。……どうしてどいつもこいつも邪推してくるんだ?」
「そりゃ若い男女で歩いていれば、噂好きな人は好き勝手に想像するわよ」
「こんな可愛い子と誤解されてその顔はなにさー」
顔を顰めるアベルに内心でほくそ笑みながら抗議する。元男だと知っている身からすれば、交際していると勘繰られるのは堪ったものではないだろう。
少なくともルミだったら嫌だ。
「とにかく、ルミの仮登録を頼みたい」
「はいはい。保証人はアベルでいいのね?」
「もちろん。それで頼む」
口を動かしつつも、ミリアはてきぱきと手元の機械を操作し始めた。そう、機械だ。ファンタジー世界だと思っていたのに、当たり前のように機械を扱っている。
食事のパンが普通に美味しかったり、上下水道どころかガスが通っていたりと、色々と勘付いてはいたが。やはりこの世界の文明はかなり発展している。
「魔術道具は珍しい?」
「へ? まじゅつ……?」
「うん、この道具とかね。魔術道具ってのは、魔力を動力に使った道具のことで、王都じゃキッチンの火種とか冷蔵庫とか、後は照明なんかでどこの家庭にも普及してるけど……田舎の方じゃまだまだだからさ」
「電気じゃないんだ……。その、魔術ってのは魔法とは違うんですか?」
機械ではなく魔術道具。とは言え、動力が違うだけで機能は現代日本の家電と変わらないようだった。
「良い質問ね。勘違いされがちなんだけど、魔法と魔術は全く違うの。魔法ってのは何でもありな“現実の書き換え”よ。しかも法則も何もない。魔力を消費して、都合の良い結果だけを具現化するトンでも技術。学問が発展すればするほどになんでこんなことが可能なのか、さっぱりわからないって言われてるわ」
「え、じゃあみんなよくわかんないけど、魔法が使えてるってことなんですか?」
「そうよ。だからスランプに陥ったりなんかして、ある日突然に魔法が使えなくなったって話も聞くわね。なんで使えてるのかわからないから、いつ使えなくなるのかもわからないの」
滅茶苦茶な話だ。てっきり魔法として体系化されているのだとばかり思っていた。しかし、考えてみればルミだって見様見真似で治療魔法が発動できたのだ。
つまり、知るべきなのは具体的な方法ではなく、出来るという確信なのだろう。
「当然、頭の良い人たちはこんな不安定なものに頼れるかぁ! って考えるわけ。それで生まれた学問や技術が魔術なの」
「魔術が後なんだ……」
「そうそう。魔力を動力にしているのは同じだけど、魔術にはしっかりとした理屈がある。魔力って言うエネルギーを別の熱や光に変換したり、情報を送受信する媒体として使う技術ね。だから誰が使っても同じ道具があれば、同じ結果が起きるし、人の手を離れて自動的に稼働し続ける施設も作れる」
少々難しくも聞こえる説明だが。つまるところ、魔法はファンタジーな理屈のない奇跡の行使であり、魔術は動力が違うだけで元の世界の電気機械とほとんど同質のものなのだろう。
まだ普及している最中とは言え、そんな技術が確立しているのだ。都市部であれば生活水準は十分すぎるほどに高いのも納得だった。
「気になるなら公共図書館で調べてみるといいわ。えっと、名前と生年月日。それと住所は……アベルの家に泊まってるならそっちに聞いて。それを記入してちょうだいな」
「はーい……そういえば」
「どうしたの?」
「いや、何でもないです」
全く意識していなかったが、差し出された書類を手に取ってルミは気づいた。文字が読める。見たことがない言語なのに。
思えば、今のルミが口にしている言葉も学んだことがない未知の言語だ。あまりにも当然のように会話していたために、母国語である日本語を話しているように錯覚してしまっていた。
意思疎通に困らないのは助かるが、知らない知識を頭に埋め込まれているのは少々不気味だった。
「●×●×年……? えっと今年は一五六三年だけど」
「え、あっ、そっかそうだったっ!?」
「……?」
「逆算して……たぶん一五四二年生まれです。その……特殊な暦を使ってる田舎の出身で……」
ついつい、日本での西暦を書いてしまい慌てて訂正する。咄嗟に苦しい言い訳を吐いてしまったが、幸いにもミリアはそこまで追及してこなかった。
ただ目を見開きながらルミの顔を凝視する。
「え……二十一歳?」
「そ、そうですけどっ?」
「うっそ。絶対に未成年だと思ってた」
「そうですかねぇ……あははは……」
あくまで二十一歳なのは元の真雪としての話だ。この身体はある意味で生まれたてとも言える。
「そしたら最後にその水晶に手を置いて。魔力の波長を保存して本人証明に使うから」
「へー波長とか人によって違うんですね」
言われるがままに水晶を手を伸ばした。ひんやりとした心地良い感覚を楽しんでいると、徐々に水晶が光を放ち出す。輝くような緑色に。
それを見て、ミリアは首を傾げた。
「あれ? 故障かしら」
「何かおかしいんですか?」
「本当だったら黄色に光るのよ。なんで緑なんかに……ちょっと貸してもらえる?」
断る理由もなく、素直に水晶を返した。ルミが手を離してすぐに、光は収まっている。今度はミリアが手を置くと、弱々しく黄色に発光した。
「ちゃんと黄色ね……」
「誰でも色は一緒のはずなんですか?」
「ええ、そうね。魔力の保有量で光の強さが変わるけど、色に個人差はないわ」
「……じゃあどうして?」
「私も学者じゃないからわからないわ。まあ、波長はしっかりと記録できてるし……問題はないかしら」
機械の仕組みを理解している利用者は意外と少ない。魔術でも同じように、ミリアでは原因が思い付かず、ルミは根本的に知識が足りなかった。考えても答えは得られない。ひとまず問題はないと判断され、ミリアは作業を続行する。
どこかで聞いたことがある印刷の音。少し時間を置けば、一枚のカードが魔術道具から飛び出してきた。
「はい、これで組合カードは発行したわ。国営の機関だけあって、身分証明として使えるから大事にね」
「ありがとうございます!」
手渡された見た目はまんま運転免許証のカードを眺める。これで最低限の身分は示せるというわけだ。ついでに一応とはいえ、冒険者として登録されている事実が表情筋を緩めた。
「ただ、ね。しっかりと覚えていて欲しいことがあるの」
そこに浴びせられる真剣な声。真っすぐにルミへと瞳を向けたミリアがゆっくりと口にした。
「それはあくまで仮登録。アベルが保証してくれなければそれすらできない。だから、あなたが何か問題を起こせばアベルに責任が発生するの」
「……っ」
「それを忘れないで。助けてもらって、生活の面倒まで見てもらって、恩を仇で返したくはないでしょ?」
厳しいながらも、それは当然の言葉で。だからこそ、忘れてはいけないことだった。
「わ、わかりました!」
「よしっ、良い返事ね! アベル、ちゃんと面倒見てやりなさいよ」
「ああ。任せろ。ただ仕事中はどうしても数日家を空けるから……」
「そうね。気にかけておいてあげる」
力強く頷き合う二人に、一方的に迷惑をかけるだけのルミは小さくなることしかできない。ぺこぺこと頭を低くするのが限度だ。本当にありがたいが、少しだけ居心地が悪い。
「アベルがいないときは、毎日うちの酒場でお昼を食べな。ちょっとした出費だけど……女の子の安否確認のためなら安いでしょ?」
「え、でも流石にそこまでしなくても……」
「いや俺は構わないから、そうしてくれ。近頃は本当にきな臭い噂が多いんだ」
「そうよ、遠慮なんてしないの。どうせこの男、仕事人間で貯金ばかり貯まってるから」
「……それは余計だろ」
「でも事実でしょ」
気安い言葉の応酬にルミは曖昧に笑った。
本当にルミは運が良かった。転移した先で、こんな優しい人々に手を差し伸べてもらえている。
だから──
「みんなも……無事でいて欲しいな」
この世界のどこかにいるはずの友人たちも、無事であることを祈った。
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