第10話
第十章(出陣前)
【本文】
西の丸の毛利軍とは、今のところ、お互いに無視の状態じゃ。
あの会談後、誰一人として西の丸から来なくなった。
淀君とはうまく言っておる。時々行って、機嫌をとっておる。
若い女子のつもりで、お世辞を言い、扱ってると機嫌いいし、こっちも楽しいぞよ。
予の、私設秀頼親衛隊の準備は、着々進んでおる。
銃はとりあえず、武器庫の十匁の玉を使うものを用意し、どんどん撃たせておる。
手に入りにくい硝石は、国内産の尿からとるやつ(なんと、溜め込みの尿がしみこんだ砂から結晶化したやつを集めたもの)を試したが、火力が弱い。
それで、外国産の硝石を『金や』に用意させた。高価であった。
しかし、銃の改造は、したい事がたくさんあれど、時間がない。
なんだか、毎日が充実してて、つい、予は本来の目的を忘れておった。
ある日突然、表御殿の役人どもがばたばた慌てだした。
しまった!肝心なことを忘れておった。
戦いの準備が楽しくて、熱中しすぎたわ!
関が原の戦いに干渉して、我が命を救うという大事なことをころっと忘れとったぞ。
こうしてはおれんわ!
予は急ぎ表御殿へむかった。
いつもの部屋へ行くと、そこらの役人をつかまえ、片桐且元を直ちに呼ぶよう命じた。
予の形相に恐れをなした役人は、いつもの慇懃無礼を忘れ、あわてて呼びにいきおった。
片桐且元は何時になく、すぐやってきて、予の前で平伏しおった。
「なにがあった?」
「三成様が関が原に布陣されたという一報がはいりました」
「なぜ、予に第一に知らせん!」
「それは、はっきりしましてから淀様もお呼びしてお知らせする予定でした」
「阿呆!」
予は言い放つと、平伏する且元を残して表御殿を出て、予の部屋に戻り、捨丸を呼び出した。
「捨よ。予は関が原に行かなくてはならん!」
「豊臣秀頼が総大将とならねばならん!」
「わかるであろう?」
「は、はーッ」
あっさり、承知してくれたぞ。
よき男じゃ、それこそわが守護神と見込んだ男よ。
さて、どうするかの?何も浮かばんぞ!
うう、どうしたら良いかのう?
急なこととて、何も考えてなかったわ……
予と捨丸のふたりで輝元の度肝をぬき、無理やり出陣を承知させるしかないのじゃが。
ええい、しゃべっとるうちに考えつくじゃろ。
「さて、戦法じゃ。前回の会談のことからしてあの男、すなおに予の言うこと聞くまい?」
「はッ。さようでござるか」
「そうじゃ!予が、しゃべりで目くらまししといて、脇差をあいつに投げつけるというのはどうじゃ?鞘ごとじゃぞ、もちろん。」
「はァ?意味がわかりもうさん」
「予が癇癪おこして、従わぬなら、毛利の領土を取り上げると脅すのよ」
「もちろん、実行性はないのじゃが。表向きは一応、予が輝元の主人じゃからびっくりするじゃろう?」
「で、おぬしは、あいつの部下がびっくりして暴発せぬよう見張っていて欲しい。なにかあったら直ちに取り押さえよ」
「武器は、おぬし、予の太刀持ちとして予の後ろにしたがうのじゃ。そしてイザという時は、予の太刀を使え」
「おお、できたぞ。これでいこう。あとは臨機応変じゃ」
「は、はーッ」
捨丸、予の強引さに慣れたと見え、その態度に迷いなし。
「では、今から西の丸へ行くぞ」
「いざ、出陣!」
予と、太刀持ちになりすました捨丸は出発した。
* * *
予、秀頼と捨丸は西の丸へ向かった。
表御殿を出て、桜門を通り、屋敷の並んだ西の丸に着いた。
ここにも天守閣がある。四重の天守である。
これか、家康がここにいた時、築かせたというのは。
立派じゃなぁ、金がかかったろう。
家康め、自分の権威を見せつけたかったとみえる。
露骨じゃのう、家康も必死じゃな。
これは負けたらやばいぞよ、予の死、間違いなしじゃな。
あたりに具足こそ付けとらんが、毛利の武者がウヨウヨしとる。
予を、うろんな眼で見とる気がするぞ。
予がここの主人ぞ、この居候め!予がそういう眼で睨みつけると眼をそらしよった。
勝ったぞ、と思ったのじゃが後ろを振り返ると、捨丸が凄い顔で睨んでおった。
その顔、どこかで見たような気がする。
そうじゃ、大魔神の顔に似とる。あれよりいい男じゃがのう、ほ、ほ、ほ。
この屋敷じゃな。
捨よ、案内を頼めと予は眼で合図をした。
「頼もう!これは豊臣秀頼様でござる。輝元様に至急、お目にかかりたい」
門番、あわてて引っ込んだが、そのまま誰も出てこない。
ふむ、虚をついたぞ、あわてておるわ、よし、よし。
玄関に年寄りが出てきて、平伏した。
「これはこれは、秀頼様。ようこそいらせられませ」
「さあ、どうぞ、どうぞ」
予と捨丸は、とある部屋に連れて行かれた。
上座にすわる。
斜め後ろに太刀を掲げて捨丸が座る。
戦闘用の太刀である、同田貫を掲げているので少し変じゃがな。
小半時も待たせおったが、今からやることに緊張しておって、気の短い予が、全然腹がたたん!
捨丸が眼で合図する。
ふむ、隣の部屋に、多数ひそんでおるということだな。
わかっておるぞ、予も眼で返事する。
………………
輝元はひとりで入ってくるなり、予の前にどっかと座った。
「いや、お待たせした。急でござるで、支度に時間がかかりました」
予と輝元の間は一間(1.8メートル)くらい。
よいであろう、さあ、芝居の始まりじゃ。
「輝元どの、端的に言おう。予を連れてすぐ、家康との戦いに赴くのじゃ」
「これは、またまた難題を。拙者、ここ、大坂城に総大将としてでんと座り、豊臣家をお守りしなければなりません」
「そちゃ、吉川広家に吹き込まれたな、あれは裏切り者よ。毛利のガンよ」
「な、なにを言われる。広家は忠実な親族でござる」
「阿呆じゃのう、そちは東西、どちらが勝っても良いようにしておるつもりじゃろうが、徳川軍が勝てば家康がおぬしを許すものかよ。毛利は改易。一部は吉川広家が受け継いで、毛利のあとをつぐわ。邪魔な大大名が消えて万々歳じゃろうよ」
輝元、動揺しておるな、顔が青いぞ、もう一息じゃ。
「この秀頼も、家康はつぶすつもりよ。天下を取るためには競争相手はすべてつぶす。
中国の三国志を読んだことがないのか?すべてそうなっておるぞ」
「う、恥ずかしながら、まだ読んだことがござらん」
「では、予が教えようぞ。ここに脇差がある、ほれ!」
予は抜き身を輝元の足元に投げつけた。
刀身は畳に『ずぶり』と音がしたかと思えるほど、きれいに刺さった。
輝元はびっくりしている。
予もびっくりしている。興奮してやりすぎた、抜き身を投げてしもうた!
しかし、予定どおりやるまでよ。
ズイと前に進み、抜き身を畳から抜き取り、まだ硬直してる輝元の鼻先に突きつける。
両隣のふすまが開いた!刀を抜いた侍達が駆け込んでくる。
同田貫を抜いた捨丸が制する。
「さわぐな!控えい!」
やっと、硬直がさめた輝元が叫ぶ。
「大事無い、下がっておれ」
さすが、戦国武将、おぼっちゃんとはいえ、立ち直ったわ、これでよい。
「のう、輝元どの、これは予の覚悟を示しておるのじゃ。予はいま、絶体絶命なんじゃ。
そして、ここ、大坂城におるそなたもおなじこと。家康を負かせなくては未来がない」
「さ、さようか?」
「しかも、東西軍による大決戦が始まろうとしておる。吉川広家が裏切れば、西軍は勝てぬ」
脂汗を流しながら、輝元は言った。
「わかりもうした!」
やった!
予は刀を放り捨て、輝元に抱きつき、言った。
「おう!わかってくれたか、直ちにいけるだけでよい、軍勢を準備してくれ。
予が決戦の場に行くだけでよいのじゃ。それで、勝てるぞ!」
輝元、予を抱きしめて立ち上がる。
「皆の者、聞いたか?出陣じゃ!」
「は、はーっ」
良かった、いよいよ決戦ぞ。
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