第8話

第八章(捨丸、斬る!)


【本文】

 もちろん夜はアッというまに寝てしまい、楽しいことなどなーんも無しじゃ。

 役人達とは冷戦状態であるが、改革する暇がない。

 あとまわしじゃ。いくさからかえったら、大改革をやるぞよ。

 なにしろ、ここ、大坂城の侍達は、予は信用できん!

 すべての役人に、つながった上司が居り、予のことを象徴としかみておらん。

 ここには、家康に内通している者が、たくさん居るはず。

 城を守る護衛の兵たちともお互い、しらんぷりの状態じゃ。

 どうも、予が新参者を重視して、訓練を共にしておるの気に食わんらしい。

 知ったことか!あいつら信用ならん!

 関が原へは、心から信頼できる武者に守られて行かなくては怖いわ。

 あいつらでは、いつか、同伴の部隊が裏切って、予を家康に渡すかしれんと、今の予は、思ってしまうでのう。

 なにしろ、重なり合った心の持ち主になってから、大坂城のものどもを、予はもうひとつ信用できんのよ。

 それに、今まで主が淀殿ということで、行き届かんのを良いことに、結構やりたい放題しておるように感じる。

 自由を与えすぎると、何時の時代も、役人どもはろくなことはせんからな、そう本にかいてあったぞよ、ほ、ほ、ほ。

 まーそんなで、いそがしく時は過ぎて行っておった。

 ある時、表御殿にて捨丸と予は五条隊、すなわち唯一の秀頼親衛隊の編成について話し合っていた。

 秀頼親衛隊の、基本戦法はやはり鉄砲にあり。

 鉄砲蔵にあった十匁弾を使う火縄銃を基本とすることにした。

 すこし大型銃すぎるとは思うが、殺傷力にすぐれているからこれがよいであろう。

 重いがのう、まあ雑賀衆はプロだからいいか。

 三段撃ち、組撃ち、3人撃ち、二人撃ちを臨機応変に使い分けることとする。

 槍隊は基本は槍ぶすまにて守りを基本として、後は臨機応変に攻撃する。

 そのほか、馬を用いた鉄砲の応用について。などなどを話し合っておった。

 まあ、大体無難に決まっていたところ、捨丸が突然、唇に人指し指をあておった。

 そろりと豪華な襖絵とむかう捨丸。

 音もなく近寄ったかと思うと、いきなり開けた。

 そこにはなんと、若侍が隠れておった!

 見つかって唖然とした顔のままの若侍を、捨丸は首根っこをつかみ、引きずってくる。

 彼の万力の様な力で引きずられては何も出来まい。

 うつむいて震えているわ。

 「おぬし、スパイか?あー、ではなくて間者か?誰の命で予を探っておった?」

 震えるだけで何も答えん。

 そりゃそうだろう、簡単には答えんわな。

 それじゃー、本で読んだ事のある拷問法を、ちと試してみるか?

 「捨よ、箸はあるか?うむ、それじゃ。あーそれを指の間に挟み、思いっきり握るのじゃ。 まて、まて。予にではない。そいつにやるのじゃ」

 まず、簡単な拷問からじゃ。

 若侍は悲痛なわめき声をあげた。捨丸は力が強いからのう。

 「言います、言います。ご勘弁を!」

 なんじゃ、もう言うのかい?

 まだまだ試したい法があったのに、ちと残念じゃ。

 ん?お前、見たことあるの?

 「近習をしておった大野助ノ介でござる。通りかかったら、お拾い様のお声が聞こえて、つい懐かしくて」

 「ほほー。この期に及んでその様なことを言うか。捨よ。思い切りやるがよい」

 捨丸、思い切り力をこめる。

 ボキッ。

 「ぐわーっ」

 おお、折れたわ、捨丸は怪力じゃのう。

 「で、ホントは誰の命じゃ?」

 「ああっ!片桐様に命じられました!」

 なに、やつか?うーむ。

 徳川の間者として処分するには大物過ぎるの、もう少し証拠が必要かな。

 だが、恐怖を与えとく必要があるな。

 「やつを直ちに呼べ!ほれ、そこのやつ」

 周りにいつの間にか集まり、恐々と覗いておった役人の一人に命じた。

 「で、大野よ。お前、いつから予のことを且元に伝えておった?詳しく話せ」

 折れた指を、捨丸につかまれながら、苦痛にゆがんだ顔のまま助ノ介は話し始めた。

 「片桐且元さまのお力でお拾い様の近習にしていただき、しかも近習頭まで出世しましたぁ〜。

 そ、それで、わたしは精一杯勤めておりましたのに、ついこの間、お役ごめんとなりました〜。

 且元様からも、強いお叱りをうけました〜、いた、いた、いたい〜!

 すこしでも片桐且元様のお役に立ちたいと、魔がさしただけで〜。

 お許しを!うわー、いたたたぁ〜」

 とんでもないやつだ、許せるわけがない。

 へたすれば、片桐且元ともども処刑するしかないわ。

 今の時期は、チョッとまずいのう。

 どう処分したものか……

 予が苦慮しとるところに、片桐且元があわててやってきた。

 「じい、これはどうしたことぞ!責任はまぬがれぬぞ、返事しだいではただでは済ません! 申し開きしてみよ」

 土下座した且元は、悲痛な声で言った。

 「申しわけございません!若君のこと、逐一お知らせしろと、近習を命じました。

 これは、内向きの管理をする私としては当然のこと、まさか、まさか、間者まがいのことをするとは思いませぬ。

 決して、決して拙者が命じたことではござりません」

 顔を床にこすり付けて、且元はいった。

 まあ、ここは本当はどうであれ、そうしといた方が都合がよい。

 この若侍、一発、役人を脅かしつける役を担ってもらおう。

 どうせ、処刑はまぬがれぬのじゃから、いいか?

 「ふむ、あいわかった。それでは助の介には、予が処分を言い渡す。よいな!」

 「は、はーっ」

 予は捨丸に耳打ちした。

 「庭に引きずり出し、むごく殺せ。見せしめじゃ」

 捨丸はしばらく無言でたたずんでおったが、うなずくと、厳しい顔で若侍を掴んだ指を一段と強く締め、元近習を庭に引っ張っていった。

 ただならぬ気配に集まった役人達は、かたずをのんでいた。

 命じた予も、片桐且元も無言で見つめる。

 生まれて初めて予は殺人に関係する……

 その思いがだんだん大きくなってくる。

 心が痛い……

 予はまちがっているのであろうか?

 心は乱れ、息が荒くなってくる。

 今から、人がひとり死ぬ、たかが盗み聞きをしただけで。

 今なら、間に合う、取り消せ、拾いよ……

 だが、豊臣秀頼としてはこの仕置きは必要じゃ。

 こまった、どうしょう、どうしょう。

 予は、硬直して、息を荒くして、捨丸を見つめるのみ……

 捨丸は指を離すと、すばやく一歩後退し、腰の大刀をすらりと静かに抜きはなった。

 緩慢にも見える動作で振り上げると、いきなり横殴りに斬った!

 頭の鉢が飛んだ!ちょんまげが飛んでくる。

 よりによって予のほうへ!

 わわっ!

 思わず、飛んで来たちょんまげをキャッチする。

 血、血がついてる―

 頭、頭蓋骨が飛んできたぁ〜、あせ、あせ。

 予は、あせった。気持ち悪かった。

 フリーズしておった。

 捨丸がそばに来て、片ひざ突いてなんか言ってるぞ。

 「お拾い様、出家させまするので、これでご勘弁をおねがいします」 

 ん?なんのこっちゃ?頭、すっ飛ばしとって、出家できるんかいな?

 なんだ?元近習、頭を手で押えて、立っておるぞ。

 押えた手からは血がだらだらもれておるが、命には別状、異常はないようじゃのう。

 よく見たら、このちょんまげについとるのは、骨ではなく、薄い頭皮じゃなあ。 

 血だらけじゃから、間違えたわ。

 まずは、ホッとしたぞよ。だが、これからだの。

 「拾い、なんとしたぞ、この仕置き」

 「はッ。この始末、いかようにもなされませ」

 「皮が残っておるではないか、分厚く斬りすぎぞ。はよう、手当てしてやれ」       「は、はッ。有難し」

 捨丸をはじめ、片桐且元その他、居合わせた男達が深く土下座した。

 予は殺さず、うまくまとまったことにホッとした。

 「う、うぷっ」

 突然、吐き気が襲ってきて、いてもたってもいられない。

 「捨、ご苦労」

 予はそれだけをやっと言うと、直ちに奥へ退散した。

 奥に戻った予は、先ほどの残像を振り払うべく、深呼吸、ラジオ体操を繰り返した。

 ともえ達は、予がまた変なことをしているという目線で見ておる。

 いやー。テレビの映像と違い、血と、臭いつきだからな。ちょっとこたえたのう。

 だが、二度目は大丈夫だろう。

 しかし、段々、野蛮な暴君になっていく気がする。

 でも、予は侍の親玉だもの、仕方ないか。

 これで、予の来世は地獄で決まりじゃのう。 

 秀吉さま、待っておいてくだされ。

 あと百年は後になりますがのう、ふぉ、ほ、ほ。

 よし、笑いが出た、たちなおったぞ。

 もう一度、表へ、ゆくぞ。

 予は再び表御殿へ向かった。

 もといた部屋に行くと、誰もおらん。

 捨丸はどこに行ったのじゃ? 

 役人どもはどこに行ったのじゃ? 

 あれぐらいでサボるようでは、全員首じゃ。

 予は非常に怒っておった。

 「みな、どこに行った!」

 「すぐに予の前にこい!これぬやつは暇をとらせる!」

 ばたばたという音と共に、何十人もの役人がやってきた。

 先頭は片桐且元だ。予のそばの廊下に全員平伏した。

 う、こいつら、暇乞いをするつもりか?

 今は困る、少しやりすぎたか……

 片桐且元が言い始めた。

 「秀頼さま、我ら、間違っておりもうした。申し訳ござりません」

 「へ、へーっ」

 全員が、平伏し、斉唱した。

 予はほっとして、みなに言った。

 「あいわかった。今後、頑張れよ」

 「は、はー」

 「下がってよし」

 みなゾロゾロ帰っていった。

 なかなか良い役人も多いではないか。

 やはり、今まで上がおらなかったということかのう。

 そこに捨丸がやってきた。

 「どこへ行っておったのじゃ?待っておったぞ」

 「は、助の介殿を家族の元に連れて行き申した。有難うございました。

 勝手な振る舞い、申し訳ござらん」

 そう言って頭をさげた。

 「うん、それでよい。どちらにせよやつは大罪人じゃから、死罪は当然じゃが、殺すより、あの仕置きのほうが、役人の引き締めに役立ってくれたぞ。

 捨もご苦労であった。これでもって、堺ででも遊べよ。」

 金の小粒を一掴みあたえた。

 捨丸、押し頂いて城を下がっていきおった。

 いいなー、予も堺で遊びたいわ、何時かお忍びでいくぞ。

 予も、奥へ帰っていった。

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