第6話

第六章(親衛隊の訓練)


【本文】

 さて、予の親衛隊の三百人のことである。

 鉄砲隊と槍隊には、ひたすら激しい訓練をさせた。

 予も捨丸と羅都鬼を乗りこなす訓練をしたが、捨丸は、一日でまるで、一年乗っているかの様に乗りこなした。

 というか、羅都鬼は賢く、飲み込みもよくて、ずいぶん我等を助けてくれた。

 予も、なんとか訓練の結果、後ろに乗るのに慣れてきた。

 予が疲れて、表御殿の一室でのびていたある日のことである。

鉄砲隊と槍隊が、もめておるとの注進がはいってきおった。

 仕方なく、訓練場所に急いで駆けつけてみると、孫一と五郎がにらみ合っておる。

 孫一の後ろには雑賀衆がかたまり、五郎の後ろには槍衆がおっていやはや、一触触発の様相じゃ。

 「どうしたのじゃ、この有様は何ぞ!」

 予が声をかけると、二人は唾を飛ばしてわめき始めた。

 うーん、まずいのう。

 喚いておる内容からすると、鉄砲隊め、自分達が主役とて、槍隊を軽んじたなぁ。

 なんとか、槍隊の機嫌を取らなければならんのう。気持ちよく戦ってもらわなければならんからのう。

 「待て待て。言い分を聞こう。まず高田五郎の方からじゃ」

 孫一め、不服そうじゃったが黙りおった。

 五郎、緊張した顔で予の前に出、片ひざついて頭を下げた。

 「五郎、頭をあげい。予は堅ぐるしいのは嫌いじゃ。ざっくばらんに話せ」

 五郎は頭を上げて思いつめた様子で話し始めた。

 「そつじながら、わが槍隊は、そこいらの足軽衆ではござらん!幾多の戦場を潜り抜けた者どもでござる。

 そ、それを雑賀の者どもは、百姓あがりの者どもの如く扱いよってぇ!

 わしらは、鉄砲隊に従属するものでしょうか?おしかり覚悟でお聞きしたい!」

 うーむ。雑賀衆の誇りが悪い方にでとるな、どうするかの?

 その時、孫一があわてて予の元に駆け寄り、片ひざつくと、言い始めた。

 「それはちがうのし!この阿呆が拙者の言うことにいちいち逆らいよって、ちっとも訓練が進みよらんのです。だで、ちょっとあおっただけじゃのし」

 興奮して方言が出とるわ。後ろの雑賀衆もわが意を得たりとばかりうなづいとる。

 槍衆はこの言葉に怒っているのが顔にでとるなあ、これはいかん!

 「孫一よ、お主、鉄砲が主で、槍は従というのじゃな」 

 「は!」 

 得意げに頷く孫一。

 「なッ、なッ!」

 顔を真っ赤にしておる五郎。

 「ならば、わざわざ高い賃金を出して彼らを雇う必要もあるまい。解雇して、それその辺の門番や、城の小者たちをかきあつめて槍を持たせた方が良い。その方がおぬしらの賃金も少し上げられるし、予の掛かりも少なくてよい。」 

 「え、そ、それはちと……」

 「ちとなんじゃ?」

 「………」

 「戦いのとき、不安であろう?鉄砲隊は接近戦に弱い。予の構想では鉄砲隊、おぬし達、戦いのど真ん中に進出するのじゃぞ。それで良いのか?」

 「も、申し訳ござらん。拙者傲慢でござった、ホレお前らもあやまれ。」

 へこんだ雑賀衆、嫌々頭をさげる。

 槍衆、思わぬ展開に、頭の五郎をはじめ、目を白黒しておる。

 「じゃが、予の偽りのないところ、鉄砲隊が主じゃ。だが、その主も槍隊なくては働かん。お互いの役目、尊重しながらやってくれ、頼むぞ」

 一同、へへーと平伏した。皆納得の様子じゃ。

 だが、説教ばかりでは人は働かん。楽しいこともなくてはのう。

 「わしの思うとおり手柄たててくれれば、士分になりたい者はその様に、金の欲しきものはその様に、たっぷりと報ってやるぞよ、期待しておけ!」

 この言葉に皆、ニコニコじゃ。

 「さて、訓練を続けよ」

 それぞれ散って訓練を再開した。

 予はもう少し槍隊のことが知りたくなって五郎を呼び止め、問うた。

 「これ、予は槍に不調法じゃ。少し詳しく教えよ」

 「は!。ありがたきことなり。いざこれへ。」

 「うむ、よきに計らえ」 

 予は連れられて槍の訓練場所に行った。

 高田五郎がまず槍の説明からはじめた。

 「基本の長柄槍は色々ござるが、我が流派は九尺(約三メートル)の両鎌槍を使いまする。 これでござる。」

 五郎は手に取った長槍を予に見せた。穂先の両側に短い刀が突き出ていて、十文字になっておる。

 「普通は素槍といって真っ直ぐの穂先でござるが、この十文字槍は突くだけ、叩くだけでは無く、これで受けも、引っ掛けも出来まする。そのぶん、習得が難しくござるが。

 ただ、こたびの任務は鉄砲隊の防御が主でござるので、槍ぶすまが大事でござる。その訓練をお目にいたしましょうず」

 「やりィやり」

 「う、何でござろう?説明が良くなかったでござろうか?

 「い、いや単に言ってみたかっただけじゃ」

 ちょと冗談がへたすぎたのか、通じなかったのか、笑ってくれなかったぞよ」

 五郎は生真面目な正確じゃで、冗談をが通じらん。つまらんのう。

 孫一はにやがりもんらしくて面白そうじゃがのう。いつか、あいつからかっちゃるぞよ、ふ、ほ、ほ、ほ。


 おお~訓練が始まった。

 「槍ぶすま、二段!」

 掛け声と共二、横二列に並んだ槍衆は、一段、前の者が石突(槍の後端)を地面に突き刺すように置き、斜めに槍を支える。

 次に二段、後ろの者が前の者の間より槍を突き出し、槍の壁を作る。

 「前進!」

 一段は石突を上げ槍を水平にし、二段は今度は斜め上にして体勢を素早く整えると、前進をそろそろ始めた。

 見事じゃが、少し、列が乱れるのう。

 「歩調はどうやってとるのじゃ?」

 「は…… エイサの声や、太鼓でござる。」

 「めんどいの、それより、数で、いけ。ほれ、イチニ、イチニ。皆の者、やるのじゃ!」

 戸惑いながら、素直に従う槍隊。

 「イチニ、イチニ」

 「ホレ、ホレ、合いやすいじゃろう。タイミング、い、いや調子をとるときは数が一番じゃ。時にはイチニサンを使う調子も使えよ。一拍子の時はヤーッ、と言う掛け声が良いぞ」

 「こ、これは有り難し。使わせてもらいますぞ。」

 イチニ、イチニと槍隊は前進し、ヤーッでとまり槍ぶすまを作る。イチニサンで魚鱗の形になり、鉄砲隊の陣地を作る。

 見事じゃ、さすが百戦錬磨の部隊じゃ。

 「やんや、やんや。」

 何時の間に来たのか、孫一め予のそばで手を叩きおる。

 「どうじゃ、おぬしを守る槍隊は?」 

 予がからかい半分に問うと、孫一、頭をかきながら答えた。

 「拙者のちょっかいのおかげで良くなったではござらんか?」

 「うむ、口のへらんやつめ、さっさと共同訓練を始めよ」 

 「は、はッ。五郎殿、わしらもやるぞ!五郎殿、五郎殿」

 調子よく声かけながら、孫一と鉄砲隊は槍隊の訓練に参加しおった。

 槍隊の囲いの中で、鉄砲隊の位置取りと構えを繰り返す。

 いつの間にか、鉄砲隊もイチニ、イチニ、ヤーッをやっておる。

 これでもう大丈夫だのう。 

 予はホッとして、表御殿に戻った。

 それやこれやで、一週間近く過ぎてしまったのではないか?

 時間がない!急がねばぁ……

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