第3話

第三章(鉄砲訓練)


【本文】

 朝だぁ……

 うー寝た気がせんぞ。くそ、あの女め!

 そうだ思い出した。高台院様に会わねばならん。

 そしてあの女に会って、どうしてこんな風に成ったのか、問いたださねばならんの。

 水の入った容器が運び込まれてきた。ここで顔を洗うのか?洗ったぞ。

 次になんじゃ?この棒は歯ブラシがわりらしいぞ。

 なんて言ったけな、房楊枝だったな。 

 さすが予は歯医者の息子、変わったことを覚えているぞ。

 歯科の本も色々読んだからなあ。知識だけなら歯医者なみだからなあ。

 でも、飯前に歯みがいてもしょうがないんだけどなあ。

 それからばかに広いトイレを使って、その後、朝食である。

 めざし、味噌汁、漬け物。余り、代わり映えせんなあ。

 ま、内実はこんなもんか。

 しかし、どれも毎回冷えておるのが参るな。

 ま、量だけはタップリあるがのう。

 おいおい、食べたら磨かんと虫歯になるぞ。

 「房楊枝をもて」

 「え、歯磨きは終わりましたが?」

 「馬鹿者、食べたら、すぐ磨く!そうせんと口の中が病気になるだろうが!」

 「それと、歯磨き粉ももってこい」

 「そのようなものございません」

 「なに?なんということだ!仕方ない。塩と〜。そうだな、木灰をもってこい!それにすりこぎとすりばちもじゃ」

 「急げ、ぐずぐずするな!」

 予はどなった。虫歯や歯槽膿漏はごめんだ。

 この時代、なったら、治療出来んぞよ。

 抜くしかない。しかも麻酔無しで、地獄じゃ~

 あわてて、侍女たちは台所に走った。

 すぐにその四つは届けられた。

 予は、すりばちに木灰と塩を混ぜ、丹念にすりこぎですりつぶしながら混ぜる。

 できたぞ、原始的な歯磨き粉の完成だ。

 予はその粉を房楊枝にまぶし、歯をみがく。余り良い味ではないな。 

 しかしそのあとは、さっぱり、つるつるピカピカだ。

 へたな現代の歯磨き粉よりよく落ちるぞ。

 「あの、お拾い様、その粉、お口に良いのでしょうか?」

 ともえが聞いてきた。おそらく侍女の代表としてだろう。

 他の侍女は予を怖がっておるからのう。 

 予は詳しく、得意になって教えた。

 「うむ、塩の収斂作用と、木灰の石けん効果により、殺菌性を持った、優れた歯磨き粉となるのじゃ」

 ともえはちんぷんかんぷんのようじゃが、無理矢理、半分下げ渡した。

 使わせた所、皆気に入ってくれたわ、良きかな、良きかな。

 いざ!表に渡ってがんばらねばのう。

* * *

 表御殿に渡ると、捨丸が待っておった。

 二人のむくつけき男を伴っておる。

 「なんじゃ、まだ二人だけか?」

 予はがっかりして言った。

 「すべてそろいましてござる。これなるは鉄砲隊の頭、雑賀孫一

そして、槍隊の頭、宝蔵院流槍術、高田五助。でござる」

 「おおッ!ひょっとして鉄砲で有名な雑賀孫一か?そして槍は高田又兵衛の一族か?」

 「お拾いさまは何でもお見通しじゃ、ほれ、二人とも挨拶せい」

 それを聞いた二人とも、へへーと平伏し、自己紹介をはじめた。

 「有名なのは父のことでござろう。拙者、子の、二代目孫一でござる」

捨丸ほどではないが、ケッコウ、大男じゃのう。なんか、いかにも二代目のにやがりもんという顔じゃ。

 今もホレ、間違われたせいか、嫌そうな顔をしおったわ。

 続いて、これは小男の、しかも毛深いというか、どこも毛だらけの、ひげ面が答える。

 「高田又兵衛吉次はおじでござる。拙者、一族のケツ、い、いや。末席もんでござる。」

 こちらは又、真面目そうな男じゃのう。ひげは童顔を隠すつもりかな?まあ、どうでもよいが。

 「二人とも浪々の身ながらその腕、捨丸保証いたします」

 「わかった。すぐ腕をみせてもらおう、他のものはどこじゃ、城外で、待機しておるのか?ただちに中庭に呼べ。腕を見せてもらうぞ」

 「はッ!」

 二人はただちに下がっていった。

 いよいよ動き始めたぞ、親衛隊作りが。楽しみじゃのう。

 「おお、そこにおるのは武具職人ではないか。できたか、長い十手。見せてみよ。うん、これはいい。褒美をつかわす」

 予はふところから財布を出すと、金の小粒をひとつ武具職人に渡した。

 かれは喜んで、へこへこしながら下がっていった。

 予は長十手をふりまわした。

 何とかなると思ってたんだが::。

 うむ、全然だめ。身体が言うことをきかん。

 相当な訓練を必要とするぞこりゃ。

 予は落ち込んだ。

 やっぱり八歳の身体で、若様だしなあ。

 年の割には力あるけど、動きがにぶい、にぶい。困ったぞ。

 やはり戦うのは無理かの〜

 予は戦いたかったのに、残念だぁ。

 「お拾い様、準備整いましてござる」

 おう!準備が整ったな、楽しみじゃ。

 「あいわかった!」

 予は捨丸とともに、嬉々として中庭に向かった。

 * * *

 中庭には三百人ていどの小汚い、ひげ面の男たちが土下座しておった。

  誰が鉄砲撃ちか、槍使いか、全然わからん。

 「捨よ、ただのこじきの塊にしか見えんぞ」

 「雑賀衆と槍使いの者たちですが、浪人が長かったので、支度金が借金に消えてしまい、あのような姿でござる。しかし、腕はみな一流でござる」

 「ふーむ、そうであるか、それではこれにてよろいかぶとを求めい!」

 予は再び大量の大判を捨まるに渡した。

 なーに負けたら、金などあの世に持っていけぬからのう。

 大盤振る舞いじゃ。ほれほれ、みな喜んでおる。

 何時の時代も、金は偉大じゃなぁ。

 「それから鉄砲と槍は、ここ、大坂城の武器庫から持って来るがよい。予の名をだせばよい」

 そろそろ予の悪名が高まってきとるで、大丈夫じゃろう。

 さて、火縄銃じゃ。

 「孫一とやら、予にわかるように詳細に説明せよ」

 「は。鉄砲とは火薬を爆発させて鉄の玉を筒で遠くへ飛ばす道具でござる」

 「そんな子供だましの話はよせ。火薬の中身ぐらい予は知ってるぞ。硫黄と、炭と硝石じゃ。もっと、専門的な話をしてくれ」

 予は話につっこみを入れた。

 「孫一どの、秀頼様はただのお子ではござらん。神のご加護ありのお子、神童じゃ。そのつもりでお話あれ」

 捨丸がフォローしてくれる。うむ、おまえはいいやつじゃな、それでこそ予の守護神じゃ。

 雑賀孫一は困惑しながらも、開き直って専門的な話を始めた。

 「それでは。火縄銃は、火薬室に爆発しやすいように押し固め、その上に玉を乗せ、そこに火をつけ爆発を起こさせ、その勢いで玉を飛ばし、人を倒します」

 「構造的にはこのように」

 予に火縄銃をわたし、指差しながら説明する。

 「ここが銃口。ここが火皿(点火薬いれ)、ここが火挟(火縄をはさむところ)、ここが引き金、以上でござる。これをこのようにして操作し、発砲いたしまする。ごらんあれ」

 孫六はまず、火縄に火打ち石で着火し、くるくるとまわした。 

 おお、花火みたいできれいじゃ!

 銃口に早合(玉と火薬をセットにした容器)から火薬と玉をいれる。

 さく杖で押し込む。

 火皿に点火薬をいれ、点火した火縄を火挟にはさむ。

 銃尻をあごに当て、構える。

 狙いをつけ、発射。

 50メートル食らい先の的がふっとんだ。

 すごい!上手じゃ!

 大きな音とすごい白煙。

 黒色火薬だな、やっぱり。迫力はあるぞ。

 テレビで見た自衛隊の小銃と、全然ちがう。

 例えて言えば、こん棒と真剣の違いかな。

 しかし、なぜ銃尻を顎にあてる作りになっておるのであろうか?

 自衛隊で、小銃は肩に当てておったよな。

 「なぜ、銃尻を顎に当てて構えるのじゃな?肩に当てて持ったほうが、銃が安定しそうじゃが」

 突然の質問に孫一は一瞬、とまどった。

 コヤツ、考えたことがなかったのではないか? 

 下を向いて、考え込んでおるぞ!

 あわててそばに居た部下が駆け寄り、孫一に耳打ちした。

なるほどと言う顔になった孫一は、感嘆していった。

 「これは、これは。孫一、全然気にしたことありませんでした。肩ではなく、顎で支えるるは、具足のせいでござる。よろいかぶとが邪魔になって肩では構えられません」

 「しかし、さすが神童たる、秀頼さま。感嘆いたしました」

 なるほど、よくわかった。この時代、よろいを着ておるものな。

 「あいわかった。次に予に撃たせよ」

 「そ、それは無理で!」

 みな、反対しおる。捨丸までもじゃ。

 いや絶対撃つ。

 そうしなければ、今後の計画が立たん様な気がする。

 強引に予は、撃つことにしてしまった。

 見ておるより、はるかに難しい。

 もたもたよろよろしながら、準備ができた。

 何分かかっておるのじゃ!予は。

 構える。

 基本は立ち撃ちか!

 脇はしめず、大きく開け、銃尻を顎につけ、照準をあわせ、ねらう。

 下向けると、玉がでちゃいそうだから、やや上向きに狙うのかな?

 イザ。撃つ!

 すごい発射音と衝撃。

 顎にもろにきた!

 予はひっくり返ってしまった。

 あわてて捨丸が抱きかかえてくれる。

 黒色火薬を吸ってしまった。

 「げほ、げほ」

 予は咳き込むのにいそがしい。

 見るとやるとは大違いじゃが、一度は経験しないとならんのだ。

 ふー、もう無理じゃ。

 これにて打ち止めじゃが、大体感じはつかめたぞ。

 「大体、わかったぞ。もう、撃たせろとは言わん。後はそちたちの部下の力量をみせてもろうぞよ」

 「はッ」

 「は、はッ」

 そこに武器倉から火縄銃や玉薬、槍、刀、具足などをせしめてきた武者どもが帰ってきおった。

 みな得物を得て、ニコニコじゃ。

 まずは鉄砲隊、雑賀衆の腕をみせてもらうぞ。

 みな、雑賀衆独特のの具足をつけておる。

 おう、あのかぶと、いいな。シンプルで、ちょっとドイツ軍のヘルメットににてる。

 あとで、一個ゆずってもらうぞ。

 二百人の雑賀衆、2百丁の火縄銃。どのように撃つのか。

 おう、百人がまず横一列で装填を始めた。早い!構えるまで20秒かかっておらんぞ。

 各自、構えてばらばらに発射する。 

 すごい騒音じゃ〜

 撃った後、代わって、いや代わらん。

 後ろのものから銃を受け取り、発射。

 その間、後ろのものは装填を急いでおる。

 もっと早いぞ、10秒ぐらいか。そして再び発射。

 これを繰り返す。 

 各銃ごと3回ずつ、一人の銃手が6回発射したところで止めの号令がかかった。

 的がすべてなくなってしまったからのう。

 みな、なにか、撃つたび、わめきちらしておるのう。

 孫一が近づき、片ひざ着いて、説明する。

 「雑賀の[組撃ち]の法にござる」

 「みな、久しぶりにて、もう一歩でござるが、まだまだ命中率はあがりまする」

 「うむ、見事じゃ。しかし、三段撃ちはしないのか?」

 「はて、どの様な法でござるか?」

 予は紙にえがいて説明した。

 「ほれ、このように三人交代で前に出てうちつづける。下がって装填という法じゃ」

 「それもよき法ですな、しかし、交代時、火薬に火がつく恐れありですな。他になにか秀頼様が思いつかれた法はありますかな?あれば教えていただきたい。神童さまですから」

 こいつ、予を試しておるな。ならば予の中の読書データの力をみせちゃる。

 「そうよの、まず寝うちじゃ。寝そべって撃ったほうが、敵に見つかりにくいし、なにかの影からうてば相手から見えにくいし、相手から撃たれ難いであろう?」

 「それから、もうひとつの三段打ちじゃ。一人が寝そべり、次のものがひざ立ちし、もう一人が立つ。で、同時に撃つという法じゃ。激しい弾幕をつくれよう」

 「まだあるぞ。いくら名人ぞろいとはいっても戦場ではそうそう当たるまい。二人か、三人が組を作り、同時に同じものを撃つ。当たりやすいであろう?敵の主だったものを先に撃てば相手は大混乱であろう。今のところ、以上じゃ」

 「こ、これは神童さまじゃ。特に組をつくり、相手を狙うというはすばらしい。ぜひ試して見ましょう。これにてごめん!」

 孫一は急いで鉄砲隊のもとへ行き、なにやら話しておる。

 「さすが秀頼さま。わが主君でござる」

 捨丸が褒め称えてくれる。照れくさいな、何かの本に書いてあったのを思い出しただけなのにな。

 「つぎは拙者の番にござる。わが宝蔵院流槍は今までの素槍と違い、十文字槍でござる。受けが出来るという特徴があり、攻守に優れております。まずは、得とごらんあれ」

 五郎は二手に分かれ、向かいあった槍隊に合図した。

 長い長いたんぽん槍(練習用の槍)を持った足軽たちは、乱れることなく相手を槍で叩きつけ会い始めた。

 なるほどのう、これが今様の槍の戦いか、しかし、槍隊による、鉄砲隊の護衛には、もすこし工夫が必要じゃな。

 「これ、五郎。槍隊の、一の目的は鉄砲隊の護衛、二が相手を倒すことじゃ。その為には防禦形態としての槍ぶすまが必要じゃ。これ、この様な」

 紙に絵を描いてやった。

 五郎、うなずくとしばらく考え込み、その後、一目散に槍隊の元へいき、訓練をはじめた。

 さすが、名人ぞろい。すぐに予の考えを理解してくれたわ。

 予は手持ち無沙汰じゃ。あとはまかせたぞ。

 次にわが乗馬をなんとかせねばならん。馬場に行くことにする。

 忙しいのう、八歳の身体にはいささかこたえるわ、さあ、もうひとがんばりじゃ。

 予と捨丸は馬場へ向かった。


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