おんぶ大将(~ちょっと改)

@ratuki

第1話

第一章


あごに衝撃が走る。

 火縄銃の弾丸は、どこに飛んでいったか、わからない。

目の前は黒色火薬の煙で、何も見えん。煙を吸って咳き込む。もう散々である。

 「だ、大丈夫でござるか」

 側近の捨丸があわてて抱きかかえ、背中をさすってくれる。

 予は咳き込むのに夢中だ。

 「し、しばし休憩じゃ、ごほ、ごほ」

 本物の銃はやっぱり違うな、ゲーセンの銃は反動がないもん。

 まず持ち方からして違う。普通は肩で銃をかかえて構えるんだけど、この火縄銃は台尻をあごに当てて撃つので、慣れんとえらいめにあうぞよ。

 あごにガーンときた。

 反対するのをむりやり撃たしてもらったがこのざまじゃ。しばらく自重しようぞ。

 床几に腰掛け、あたりを見渡す。

 城の中庭を使い、我が鉄砲隊の訓練を行っておる。

 ベテランぞろいの雑賀衆じゃが、浪人が長かったゆえ、みな訓練に必死じゃ。

 発射音と、黒色火薬の煙、そして強烈なにおいで充満してるわ。

 月代ののびた無精ひげだらけの男ども。

 えらのはった薄汚れた顔、顔。

 かれら、ひとたび火縄銃を持てば、戦士となる。

 鋭き表情にて、獲物をねらう、鷹の如し。

 ではなく、撃つときも、茫洋とした顔、顔。

ちっとも締まってない。みんなじゃ。

 すると、あれが鉄砲うちの顔なんじゃのう。

 「そうじゃ、捨よ。おぬしも鉄砲、うてたよのう。なんで、みなボーッとした顔をしているのじゃ?」

 「は、拙者、鉄砲は、たしなむ程度でござるで、詳しくはござらん。が、はたから名人ぞろいの雑賀衆を見ておって気づいたことがござる」

 「ふむ、面白そうじゃの、話せ」

 「第一に、槍や刀で、敵をうつのと、鉄砲で敵をうつのでは、同じ心ではうまくいきません。

 槍で相手を打つはこころを激させ、いまぞ!とばかり全力をこめます。

 鉄砲で相手を撃つ時は心を軽くし、訓練でできた心がいまぞ、と教えてくれた時、そっと引き金を引きます。

 こころが激しておる時は手が微妙に動き、玉は的から離れてゆきます。

 彼らは、そう思って撃っておるのではないでしょう。日々の訓練から如何にしたら当たるか、試行錯誤した結果、あのような顔になったのではないでしょうか」

 「なるほど、彼らは、鉄砲うちとゆう人種に特化しておるのじゃな。それで、あの様な顔になったか。えらの張った顔、薄汚れたしみだらけの顔もそのせいか」

 「さようでござろう。拙者も、おひろい様に言われて、はっきりしました。どうりで、拙者、やっ、とう!には自信がござるが、鉄砲がうまくならん理由がわかりました」

 おもしろい。火縄銃も、極めようとすると、深いのう。

 で、彼らのわめき声も、また深いのう。

 「だめじゃ。わしのあほ!」

 「うわーッ」

 「死んでまえ、死んでまえ」

 みな、一発撃つごとに、わめき散らしておる。

 なかには、黙って、身をよじっているものもいるが。

 とにかく、次から次から、撃つ、撃つ。

 予は心配になって、頭の孫一を呼んだ。

 「雑賀の鉄砲の掛け声か、あれは。なんか変じゃのう」

 孫一は、苦笑して答えた。

 「申し訳ござらん。鉄砲撃つは、久しぶりとて、弾丸のあたり具合に、納得いかず、みな苦るしんでおります。鉄砲うちは感情を抑えるのがへたですからのう。大目に見てくだされ。あれも命中させるために必要でござる」

 「よいのだ。うでを上げる為には何発撃ってもよいぞ。予はここで見せてもらうがのう」

 「は、彼らも、御大将に見られることを喜んでおり申す。鉄砲うちは見栄っ張りばかりですので。もちろん、それがしもでござるが。いざ、拙者も苦しんできもうす」

 へたな冗談を言うと、笑いながら、孫一は訓練に復帰した。

 予は、鉄砲の訓練を見ているうちに、ここに来た当時の事をぼんやり思い出していた。

 事の始まりは交通事故だ。

オレはひきこもりだった。もう二年になる。

 なぜだかわからない、というか思い出したくない理由で部屋にひきこもっていた。

 親父は歯科の開業医で、そこそこ金があり、だいぶ怒られたが、最後はあきらめて自由にさせてくれた。

 それで、こもって朝から晩まで本を読みまくっていた。エロから、論説までなんでもござれだ。

 通販で、たくさん本を買いまくった。

 ネットで調べまくった。読みまくった。

 とにかく読んでいる時だけが心が落ち着いた。

 読書中毒?だったのかな?

 けっこう、楽しい日々だったと思う。

 ところが、ある日突然、大学に行きたくなった。

 それで二年ぶりに外に出て、参考書を買いに本屋にむかった。

 何でか、受験参考書は本屋で買うものという固定観念があったのだ。

 まあ、ちょっと変になってたんだと思うなあ。

 で、深夜、自転車で、ふらふらと大通りを突っ走り、車とぶつかった。

 どうも大型トラックに轢かれたらしい。

そんなわけで、オレは死んだ。魂となった、と思う。

 死んだのは初めてだからよくわからんが、とにかく魂となってグチャグチャの身体から浮かんで、消えようとしてた。

未練があったから、消えたくないから、身体にしがみついてたが、もうだめだった。

 オレは消えようとしていた。死にたくない!オレは強烈に思った。

 突然、目の前に女の白い手が見えた。

 思わず、つかもうとする。

 つかんだ!

 女の身体が見えてきた。亡霊だ、すぐどうゆうわけだかわかった。

 俺の身体も見えてきた。おなじく亡霊になってるとわかった。

 スーと浮かび上がる、女とオレ……

この亡霊、結構、好みのタイプである。細面で、切れ長の目してて、とっても気が強そう。

 いつも気の強いおんなに引かれちゃうのはなぜ? やはりマザコンかな?

 そ、そんなことより、眼下にぐちゃぐちゃになった、自転車とオレが見える。

 ああ、オレの身体が、身体が……。

 ぐちゃぐちゃじゃんか!

 し、死んだんだ、オレ。

 オレは亡霊になって生きるのか、それはいやだ、天国に行きたい。

 『ほほほ。そなたは、このままでは地獄行きぞ』

 『え、そ、そんな。そんなに悪いことしてないって。少々やんちゃしたぐらい』

 『この世の中のもの、生きておるだけで、大地に悪いことをしておる。ほとんどのものが地獄行きぞ』

 『し、死にたくない。なんとかしてください!』

 『心配はいらぬ、生かせてやる。そのかわり、言うとおりにずるのじゃぞ』

 好みのタイプ?の女は、そう言うといきなりオレの頭の中に手をつっこんできた。

 ずぶり!と音がしそうなぐらい突っ込まれた手は、中をかきまわす。

 気持ち悪る――


* * * * *

 

 臭覚。かびくさい。

 触覚。たたみの感触。

 視覚。薄暗い和室。目の前には豪華な襖絵。

 聴覚。声、いくつもの声。

 視覚。和服の女たち。

 と、とにかくオレはどこかにいるらしい。

 「おひろい様、どうされました!」

 「若様が変じゃ、医者をはよう」

 まわりで、時代劇の女中の様なかっこうをした女たちが騒いでいる。

 中のひとりなんかオレ(?)をつかんで、ぶるぶる振り回している。

 やめて欲しくて俺は言おうとした。

 「ヤ:グ:テ」

 くそ、声にならん。

 この身体、何とかしてオレのものにしなくては!

 まだ思うようにならんぞ、動け、身体よ。

 とにかく、この場を何とかしなくてはならん。

 「やめろ!」

 オレは言った。すると、お女中は、オレを離した。やった、成功だ。

 みんな、俺をみている。なんか、言わなくては。

「だいじょうび!」

 うわっ、甲高い声、子供の声だぜこりゃ……

 オレは、子供の身体にはいっちまったのか?

 しかもみんなの格好からすると、時代劇の真っ最中のようだ。

 それとも本当にちょんまげの時代にいるのか?

 とにかく、ここはなんとかばれないようにしないと、追い出されてしまうぞ。

 そうなったら、いよいよ消滅だ。それだけはいやだ。

 などと、ブチブチ考えていると、ひとりの若そうなお女中が言った。

 「若様、白目むいて、ぶるぶる震えておられました。お気分は大丈夫でございますか?」

 「家の近所の、狐つきのおばばさまがそうでした」

 「これっ!お拾い様になんてことを!」

 「さがりなさい。あとできつく折檻もうしつける」

 リーダー格らしいお女中が怒って言った。

 怒られたお女中は恐れ入って、慌てて部屋から出て行った。

 そうだ、あんたは当たってるよ、オレ、狐つきみたいなもんだからな、などと考えていた。

 とにかく持ち主の『お拾い』くんとは後で話し合うとして、ここはうまく切り抜けないと。

 ああ、そうだ。時代劇用語、時代劇用語。

 「だいじないといったら、だいじない!」

 「わしを狂ったと思うのか!」

 「すこし、熟慮してただけぞ」

 皆がビックリして俺を見ておる。な、なんか間違ったこと言ったかな。

 「お拾い様、お言葉がふえましたな。とても八歳には思えませぬ」

 「前から、利発なお子と思うてましたが、大きいのは身体だけではありませぬな」

 そう言うと、お女中たちは、ヤンヤヤンヤとほめはじめた。

 なに!オレ(?)の年齢は八歳か!目線が高いからもっと年上だと思ってたぞ。

 こりゃいかん。もっと幼く、幼く。うわーやりにくい。

 「か、かがみ、かがみィー」

 「かがみがどうされました?お拾いさま」

 「お持ちするのでございますね?」

 オレはコクコクうなずく。

 一人の女が鏡台の引き出しらしきものから取り出したものをオレに渡した。

 「手鏡にございます」

 なんだ・これは?ガラスが張ってないじゃないか!

 あっそうか、これは銅鏡だ。

 へー結構きれいに写るじゃないか。

 わっ、なんだ?このデブガキわぁ〜!

 お、オレか?

 い、いや俺がはいりこんでる宿主の顔だな。

 たべすぎだぜ君は。オレ、ひきこもっていたけど、デブじゃなかったぞ。

 その時、とつぜん、侍女頭らしき女が言った。

 「お拾い様、いつもと違います。心配です」

 ん?この女の名前、知ってるぞ、『ともえ』だ。

 オレ、いやこのデブと親しいらしいぞ。

 自然と名前わかるし、甘えたくなっちゃうよ。

 なんとなくわかる。

 そのほかの侍女たちの事は全然わからんのに不思議だな、これは。

 ちっちゃくて、細おもてで、眼が切れ長で少しつりあがっているの、好みー。

 ともえちゃんって言うのか、きっと気、つおいんだろうな。

 だってオレのタイプだからきっとそうだ。

 などとくだらんことを考えていると、ともえは言った。

 「医者の竹庵をお呼びいたしましょう」

 「いらん、いらん」

 呼ばれてたまるか、なんとかごまかして一人にならなくては。

 「た、食べ過ぎて気持ちが悪いだけ。一人にしてッ」

 そしたらみ―んな納得して部屋を出て行った。

 これってどうよ、拾いクン。みんな食べすぎと思ってるぜ。

 まあとにかく、自然消滅だけはまぬがれたんだから、良しとしよう。

 こいつの身体を乗っ取るとまで行かなくってもなんとか折り合いをつけなきゃ。

 身分も高そうだし、楽できそう。

 天国行くより楽しいかも。うーふ、ふ、ふ。

 ところで、ここはどこだろう。ちょっと聞いてみよう。

 「ともえ、ともえ?」

 オレは呼んだ。

 「はい」

 ともえちゃんが入ってきた!ひとりだけだぞ。

 この部屋で二人っきり、うれしいなー。

で、おれは甘えながら聞いた。

 「いま、何年?」

 「はい?なんでしょう、お拾い様、年号でしょうか、お歳のことでしょうか」

 ともえちゃんが聞いてきた。

 あ、そうか、八歳が年号なんか普通、興味もたないよなー。

 でも……

 ええくそ、とつぜん賢くなったことにしとこう、めんどくさい。

 「うむ、そうじゃ、いま、何年じゃ?」

 「慶長5年にございます」

 「け、けいちょ?」

 「それは西暦なんねん?」

 思わず、聞いてしまった。さっぱりわからんぞ。

 「せいれき?不つつかながら、私は不勉強にてわかりません」

 ともえは申し訳なさそうに、おれをあやすかのように、言った。

 か、可愛いなあ。

 オレはへらへらしながら思った。

 なにしろ、中身はおんな大好きの、オタクなもんで、えへへ。

 ここはどこだ?オレは誰だ?ここは現実なのか?夢の中なのか?

 まずそれを知らなきゃならん。どうしたらよかろう、わからんなー。

 とにかく、とりあえずこの屋敷の中をうろついてみるか。

自分の家らしいからうろついても大丈夫だな?しかし、ひとりじゃ心配だよ。

 自分ちで迷子になったら、困るし、変だしなあ。

そうだ!ともえちゃんを連れて行こう。

きっと楽しくなるぞ、若い娘とのデートなんて何年ぶりかな。うふふ。

「 あーともえ。退屈したから散歩にいくぞ。付いて来てね」

「 は、はい」

ともえはびっくりした顔で答えた。

あれ?なんかへんな事言ったかな、まァ気にしない、気にしない。

 いちいち気にしていたら、身体が持たん。強引、かつ適当をモットーにいこう。

 「 行くぞ!」

 「は、はい。どちらへ」

 「うー。高いところ。見晴らしが良いとこ、外が見たい。ここは面白くない」

 となるべく幼くと思いつつ答えると、彼女は答えて言った。

 「それなら天守閣を登りましょうか?」

 なに、天守閣だと、ここは城か!

 するとオレは若殿さまか。

 そうじゃないかと思ってたんだよな。

 付き添いの侍女がいっぱいいるからなあ。

 「そ、それが良い。高いとこいきたい。ともえ、案内しろ」

 ふたりは連れ立って部屋の外に出た。

 もちろん二人になったとたん、すかさず、おれは彼女の手をにぎった。 

オレは子供だからよかろうと思ったのだが彼女、妙に恥ずかしがっておる。

 おれ、いや、お拾い君に気があるのかな?

 まあそれは後で考えることにしてこの廊下、豪華だな。

 何度か城を見学したことがあるけどこんなすごいのははじめてだ。

 壁やふすまは、豪華な絵や彫刻で飾られている。

 いったいここはどこだ?。

なんかいやな予感がしてきたぞ。

 廊下を渡りきっていったん外に出た。

 目の前に天守閣が、す、すごい!カッコイイぞこりゃ。

 黒くぬられていて、その中に金で大きく模様が描かれている。

 虎や鷲だなありゃ……

 いち、に、さん、し、ご、五重だな。

 うーん、豪華だな、度肝をぬかれたぞ。オレの知ってる、現代のお城とまったくちがうじゃん。

 規模はともかく、派手だぜ。

 現代の城は清楚だけど、地味だからなあ。

 城の壁に金で動物を描くなんて、日本のお城にあったかなあ。でも、いいなーこれ。

  「おひろいさま、どうなされました?」

 オレは立ち止まって、じっと天守閣を見ていたらしい。いかんいかん。

  「いや、良いなーと思って。」

  「はい、ともえも素敵と思います。おいでになった武将の方々も、いつも感嘆なさいます。でも、おひろい様、今日はどうされたのです?いつも何もおっしゃいませんのに」

 オレはあせって答えた。

  「い、いくぞ。案内せい!」

  「はい」

 ともえを先頭に、天守閣に入ろうとした。

  「お待ちくださいませ。お拾い様。奥御殿の外では、我ら近習をお連れにならなくては成りません」

 無粋にも我らふたりのデートを邪魔するやつは誰だ。

  「そちゃ誰だ?」

  「情けない、近習頭の、大野助ノ介でござる」

 「毎日お側におるではございませんか。他にも後ろについてきてござる」

 振り返るといつの間にか十人以上の若侍がぞろぞろとついて来ている。

 どいつもこいつも、育ちは良さそうだが、ひ弱そうで馬鹿そうだ。こんな奴らはいらん!

  「ついてくるな!」

  「できません!我ら、怒られてしまいます」

うるさい奴らだ。

 こんな奴らに捕まったら何も出来なくなってしまう。

まず、オレの言葉に権威を持たせねばならん。

 そうだな、公家の真似をしてやれ。

 どうせこいつら公家、知らんだろう、適当でいいや。

  「あー予は男なんぞいらんぞ。ともえと二人だけで良い」

  「いいえ、ついて行きまする」

  「ほほう。ついてくるなら切腹覚悟で来るが良い、ほっほほほ~」

 手を口に当て、ふんぞり返って、公家のマネじゃ。

 おどおどしているともえの手をにぎり、ズイと天主へと入る。

 誰もついてこない。ざまをみよ、ホッ。

 階段は急である。

 かなり暗い。

 明かり取りは有るものの、昼間とて照明はなし。

 手すりは黒光りしている。

  「ふーむ、黒漆塗りか、すると外壁も黒漆に、金の飾りか」

 階段を登りながら思わずつぶやいてしまった。

  ともえがびっくりして聞いてる。

 いかん!予(オレ)は八歳だった。

 なんとか誤魔化さなければ!

 二階に上がり、そこにあった金ぴかの座敷に、ともえを座らせる。

  「よいか、ともえ。先ほどより、予は変わったのじゃ。あの苦しんでおった後でな、わかるであろう」

  「はい。あの後、おひろい様が、たんと立派になられて、まるで」

  「ふむ、まるで化け物でも取り付いたと思うたか」

  「そ、そのような」

  「他のものにはないしょぞ。わしの中に知恵の神が降りてこられたのだ」

  「はい」

 こいつ、納得してるぞ、冗談だったのに。

 「それでじゃ。さっきけいれんしておったわけじゃが、非常に大変でなあ」

 「は、はい。あのようなことがあった後とて、お拾い様のお心が痛んではないかと」

 「なに?なにがあったんじゃ?」

 「え?お忘れに?」

 「うん!なーんも覚えとらん」

 覚えてるも何も、今、来たんだもんね~。

 「それではともえが説明いたします」

 「たのむぞ、この城のことが、全て忘れてしもうたでのう」

 「 っまあ。と、とにかく、始めから説明いたしましょう。

 ことの起こりは、乳母の宮内様が病のため、実家に下がられてしまわれたことにあります。

 慕われておられた宮内様が、いなくなられて、お拾い様は朝から嘆き悲しまれ、お食事も取らないで朝から泣き続けでございました。私達、お拾い様つきの女たちは、一生懸命お慰めしたのですが、万策尽きていたところ、さいごにはあのような痙攣を起こされました。非常に怖く、心配いたしました。ご無事でよかった」

 そういって、うれしそうに微笑みかけるともえ。

 へー、そんなことがあったのか。好都合だ。

 うまく取り繕って、いすわろーっと。

 とにかく、情報を集めねば。まずは高いところから外をながめるぞ。

  「いくぞよ、ともえ、いざ一番上へじゃ」

 「はい、お拾い様、おともします」

 ふたりは再び階段を上がっていく。

 現代の階段と違って急だし狭いのう。

 ふみはずしそうでこわいなあ。

 ふうふう言いながら予はのぼっていく。

 うしろから、ともえがついてくる。

 ふみはずしたら、支えるつもりかな? 

 無理と思うよ、デブだから、一緒に落ちると思う。

 その光景を思い描き、足が震えた。いや、運動不足でふるえたんじゃないのー。

 何階も何階も。いったい何階あるんだこの建物は?木造なのにすごいな。

 予の身体は悲鳴をあげた。おれは思わず言った。

 「と、ともえちゃん。ちょっと休んでいこう。デブは疲れた」

 ともえちゃんはすそで顔を半分隠し、言った。

「うふふ。はい、おひろいさま」

 か、可愛い!それになんだ?この媚態は。まるで愛人のようだ。

 デブ専か、この娘。ん?おひろい君がなにか知ってるみたいだぞ。

 え、え、えー。寝たことあるの。

 8歳だぜ、早すぎはしないか。早熟なやつだな。

 その点について、未熟なオレは内なる君に教えをこわなくてわ!

 と考えてる間に、予(オレ)と彼女は階段の踊り場で一休みした。

 予(オレ)は思い切って聞いた。

 「城の名前は?」

 「大坂城にございますが?」

 エーッ。す、すると予(オレ)は秀頼か。

 「では秀吉、いや太閤さまはこの城にいらっしゃるのか?」

 すると、ともえは不思議な顔をして答えた。

 「いえ、太閤さまは先年おなくなりになりました」

 「では主はだれじゃ?」

 「もちろん、お拾い様です。でも、石田三成様が、豊臣家の代理として戦いに赴かれております。」

 「戦じゃと?誰とじゃ?」

 「徳川家康殿でございます」

 「なに―」

 「代わりに、おひろいさまをお守りする為、西の丸に毛利輝元さまが先日おはいりになったばかりでございます」

 「 なに、なに、輝元だとー」

 予(オレ)の、頭のデータによると、毛利輝元というのは確か中国地方を支配する大大名で、関が原の戦いの時、石田三成に担がれて西軍の大将となった。

 あいつが大坂城にはいったのは確か、関が原の戦いの前だったよな、よな。

 やばい!西軍は家康に負ける。

 それから色々あって、家康の娘、千姫と結婚させられて、あげく、難癖つけられるんだ。

 そして戦いをしかけられて、大坂の陣で秀頼は殺される!

 その秀頼はいま、予(オレ)だぞ。

 やっと助かったのに、冗談じゃないぞ。

 なんとかしなきゃ、どうしょう?。

 ともえちゃんといっしょにここを逃げ出すとか。

 金蔵の小判、何百枚かかっぱらって、持って逃げればどうだろう。

 いや無理だ!。

 予(オレ)は八歳だぞ。それに外で家康にとっ捕まったら殺されるぞ。

 このままでは、死のカウントダウンにおびえて暮らさなければならなくなる。

 家康に勝つチャンスは、予(オレ)の時代小説の知識からすると、関が原で西軍を勝たせるか、引き分けにもっていくかだ。

 ここは一発、西軍を勝たせるしかないぞ、しかしどうやって?

 うーん。

 予(オレ)の知識からすると、確か、毛利輝元はここ、大坂城を動かず、で終わったはずだな。

 毛利軍は、西軍につきながら、動かず、小早川が関が原で裏切り、輝元はここを動かなかった。

 そのせいで西軍は負けたようなものだ。

 しかもその上、家康に責任取らされて、あやうく大名辞めさせられそうになったアホなやつのはず。

 それじゃ、輝元を動かして関が原に行かせれば勝てるかも。

 そうすりゃ殺されずにすむぞ!「できた!これでいこう!」

 「え?」

 「うん、ともえは美人じゃのう」

 「まあ、有難うございます」

 突然のことばにとまどっておる。ほほほ。可愛いのう。

 うまくいったら、誰かに押し付けて早めに引退しよう。

 そしてパラダイスだ!ともえちゃんもその一人だぞ。

 予(オレ)は現実逃避して、楽しい夢にひたっていた。


 * * * * *


 その時、窓の外に馬が一騎、大坂城に駆け込んでくるのが見えた。

 なんだあれは。背中に大きな風船らしきものを背負った奇妙な格好。

 しかも馬がちいさい。武者大きい。いまにも押しつぶされそうじゃないか。

 すごくバランスがわるい。

 ははーん、馬は競馬でよく見る馬と違うな、在来種だ。だからちっちゃく見えるんだ。

 いや、乗ってる男も大きいぞ。さきほどすれ違った男たちとは違う。大男だ!

 それにしても奇妙な格好だな。ちょっと聞いてみよう。

 「ともえ、あの奇妙な袋を背負った騎馬武者はなんじゃ」

 「まあ、あれは母衣でございます。伝令役の武者様でございましょう」

 「ふーん。映画の時代劇じゃ、見たことないぞ、かっこわるいぞ」

 「え?なんの事でしょう。お拾いさま。ともえにはわかりません」

 わ、やばい。おもわずホントの事言っちまった。用心、用心。

 まー八歳だから、時々へんなこと言うよな。ダイジョウブ、ダイジョウブ。

 それよりもあいつ、威風堂々としてカッコいいな、まずあいつを子分にしよう。

 「あの騎馬武者が気に入った。名はなんと言うのじゃ」

 「わかりませんが、聞けばすぐわかると思います」

 「なら、調べよ。すぐに会いたい」

 「はい、お拾いさま」

 うーん、いい返事。可愛いぞ、ともえチャン。

 もっと見晴らしのいいとこで、ふたりでいちゃいちゃしたかったが、命がかかってる。すぐもどるぞ。

 ふたりは、早々に階段を降りていった。

行きはそう感じなかったのだが、すれちがう男女すべてが低くこうべをたれて立ち止まっている。

 いやー身分が高いな、予(オレ)はぁ。

 豊臣秀頼だもんねぇ〜

 しかし、このままじゃ家康に滅ぼされる運命じゃ。

 だが予(オレ)は、おめおめ殺されるままになんかならないぞ!

 きっとなんとかして、百歳まで、今度こそ生きてやる。

 予(オレ)は心に誓いながら天守閣を出た。

 * * *

 外には近習衆が情けない顔で待っていた。

  「切腹が怖くて、ついてこれない奴はいらんぞ。全員暇をとらす」

 そう言ったら、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 良いやっかい払いである。

 まず、輝元を説得して、予(オレ)を関が原の戦いに連れて行かせなければならん。

 そしてあの騎馬武者をとりこんで、予(オレ)の親衛隊をつくるぞ。。

 忙しくなるぞ、それにちょっぴりワクワクするぞ。

 そう思いながら、母屋に戻っていった。

奥のわが部屋(よくみたら豪華絢爛の部屋だぞこりゃ)に帰り、ともえにいろいろ問いただす。

 まず、西の丸の輝元に会いたい。手配してくれと。

 しかし、困って彼女は言った。

 「侍女ごときにその様なことできません。お伝えすることすらはばかれます」

 「じゃ、どうすればよい?」

 「おかか様を通じてか、城代格の片桐且元様ならばなんとかしてくださりましょう」

 「どこにそやつは、おるのじゃ」

 「今頃の時刻は、表御殿で執務を取っていらっしゃると思います」

 「ただ…」

 なにやら、おびえている様子。

 「ただ、なんじゃ?」

 「お忙しいところをお邪魔したら、お叱りを受けます。ともえは怖くて役に立ちません。ごめんなさいませ」

 おお、ともえはまだ若い女だったな、怯える姿がまた、良いのう。

 「心配するでない。予がこの城では一番じゃ!」

 「予をその表御殿に連れて行ってくれるだけでよいのじゃよ、ともえ」

 予(オレ)は、手をにぎって言った。まるで、くどいておるかのようじゃったが、ま、話はまとまって、すぐ表御殿へとふたりはむかった。

 奥御殿をでて、鉄御門というところを通り、表御殿に着く。

 結構、距離あるな。雨降ったらずぶぬれではないか。

 母屋と、連絡廊下をつけとけよ、などと心でぼやきながら到着した。

 入ろうとすると、入り口の番人、が制止しおった!

 予(オレ)は怒って言った。

 「無礼者!予は秀頼じゃ!主の顔もしらんのか!」

 あわてて棒を捨て土下座する番人。

 『予は不愉快じゃ』という態度で中に入ろうとした。

 ん?何を躊躇している、ついてこい。

 眼でともえを引っ張ると、表御殿のなかに入った。

 なかなか広いの、ちょんまげ姿の役人がうろうろしておる。

 いずこの世界も役人は独特の雰囲気があるのう。

 「あーこれこれ、片桐且元の部屋はどこぞ?」

 ひとりの役人を捕まえて聞くと、おんな連れの予(オレ)を不審そうに見ておったが、黙って目の前の部屋を指差した。

 おおすまんの、という暇もなく消えおったわ。

 これはいかんの、予(オレ)が知られておらん。 

 子供とて、軽んじられておるのか。

 ともえを廊下に待たせ、入り口を大きく乱暴に開ける。

 沢山の役人どもが、なにやら机に向かい、書き物をしておった。

 だが、誰も予(オレ)を見ようともせん。

 入り口付近の、一番下っ端と思われる役人に、問うた。

 「これ、片桐とやらはどこぞ」

 胡散臭そうに予(オレ)を見つめて、木っ端役人は言った。

 「片桐様は忙しい。子供の相手しておる暇なぞない。帰れ、帰れ」

 「ほほう。予に帰れとな。お前をこの世からあの世に帰してやろうか!」

 この過激な言葉に、眼を見開いた役人はやっと予(オレ)の正体に気づいた。

 「申し訳ございません!お許しください!」

 額を畳にこすりつけ震えておる。

 そりゃそうじゃろう、あのような言葉を主君に言ったら、へたすりゃ切腹であろう。

 まあ、ここに主君が突然来るのは、ルール違反なんだけどね。

 みんな平伏している中を、怯えるともえを連れ、ようよう、片桐且元の部屋にたどり着いた。

 注進がいったとみえ、部屋の前では片桐且元が平伏しておった。

 なにか言っておったが、聞かず、ズイと部屋に入った。 

 そこには、ここに来てはじめて見た、机と椅子があった。

 これは良い。久しぶりに、腰掛けられるぞ。

 予(オレ)は椅子に腰掛け、片桐が入ってくるを待った。

 見渡せば、大量の書類の山々である。

 いずこの世界も役人は書類が好きだのう。

 そこへ且元が、入って来る。

 そして再び平伏し、言った。

 「これはこれは、お拾い様。この様なところへおいでとは、どうされましたかな?」

 「輝元をよべ、今すぐじゃ!」

 「さ、それは、すぐは無理かと」

 「お前、城代格であろう。それぐらい出来なくば、職務怠慢じゃ。すぐに呼べ。ここで待っておる。予が退屈する前に呼ばなければ、切腹を命ずる」

 切腹という過激な言葉に、驚いた且元は慌てて下がって行った。

 「ともえ、部屋の中へ入ってまいれ」

 ともえはおそるおそる入ってきて、隅にへたり込むように座った。

 顔が青いぞよ。

 「心配するな、ただのおどしじゃ。切腹など命じはせん。ただ、本人が勝手にする分は止めんがの」

 「輝元がくるまで、ともえ、そちの身の上話を聞かせよ。予(オレ)は好きなおなごの話を聞きたいぞ。

 それに、お前は今後、秘書として、どこでも予についてこなければならぬからのう」

 ともえは困惑しておった。でも、うれしそうでもあったな。

 「はい。ともえはこの新しい町、大坂の商人、金や権六の二女として生まれました。金やというのは屋号でして、金物をあつかっております。特に得意なのは火縄銃全般でございます。

 玉薬も扱っております。そのほか、包丁、鎌、槍も扱うという、お店にございます。

 わたしはそこで、ごく普通に成長しました。それで、行儀見舞いもかねてここにご奉公いたしました。終わりです」

 「なんだ、もう終わりか。で、予のことはどうじゃ?憎からず思っておるか?」 

 真っ赤になったともえは、すそで顔を隠しうなずいた。

 「ちかごろのお拾い様、いえ、秀頼様は素敵でございます」

 「おーそうか、そうか」 

 我らふたり、楽しく過ごしておったわ。

 そこへ、且元の者より知らせが来た。

 毛利輝元が来たとな。

 やっとか、そもそも到着と同時に挨拶にくるべきであろう。

 なに?一度会っておるとな、予(オレ)になる前か?

 今、予(オレ)中から浮かび出てきた。

 しかし、ふたつの心が融合しつつあるのを感じるぞ。

 まあ、まだ(オレ)の方が優位?かな、いや、もうどちらがどちらだかわからん。

 まあ、よい。乗っ取るのは心ぐるしいが、共生なら気が楽じゃ。

 ゆくぞ、ともえ。そんなにおびえた顔をするな、秘書としてなれろ。 

 お前がおらんと心細いではないか、予(オレ)は八歳じゃぞ。 

 などと考えながら、輝元との話し合いに怯える心を、励ましつつ輝元の待つ会見の場へとむかった。

 部屋に入ると、皆、待っており、一斉に平伏した。

 うーん、映画のシーンみたいだな、少し気持ち良いぞ。

 上座に座に着いたが、まだみな、頭をさげている。予(オレ)は思わず言った。

 「みなのもの、頭をあげい!」

 予(オレ)が言ったものだから、みな、ビックリしている。

 しまった、号令は部下がするものなのかな?

 いま、近習がおらんからしょうがない。

 ずいと表をあげた毛利輝元とその重臣の面々。

 さすが、現役の戦国武者、迫力ある。

 予(オレ)は思わずびびってしまった。

 もちろん、みな脇差以外武装はしとらんし、和服の落ち着いた服装なのじゃが、そのひげ面から、胸元から自然と殺気が沸き立ってくる。

 なんか言ったら切り殺されそうでこわいぞよ。

 「秀頼どの、お久しゅうござる。何か拙者に会いたいそうで、急いでやってまいりましたぞ」

 髭づらで猫なで声を出すものだから、よけい不気味じゃ。 

 これで、予の機嫌を取ってるつもりであろう。

 「いや、ちょっと頼みたいことがあっての」

 緊張で、ただでさえ甲高い幼い声が、裏返る。金切り声だぞこりゃ。

 「ほう、何でござろう。そうそう、こないだの折、約束しました唐渡りのおもちゃを持ってまいりましたぞ。おい、これへもて。」

 なに、おもちゃとな、思わず興味をガンと引かれた。

 予のなかの八歳に、大いに影響されている。

 毛利の者が、目の前に大きな紙の包みを持ってきおった。

 なんだ、なんだ、ワクワクするぞ。こんな気持ち、子供の時以来だ。

 うーん、精神も大きく肉体に影響されるのじゃな。

 「開けよ、開けよ!」

 予(オレ)は思わず言ってしまった

 その侍はにやりとすると、器用に丁寧に包み紙をはがした。 

 うーむ、この時代、紙はまだ、貴重品なんだろうな、身体の興奮とは裏腹に、考証的な予(オレ)がいる。

 文字通り二つにわかれておるな、予(オレ)は。

 中から出てきたのは馬鹿でかい張子の虎。

 あの頭をぶらん、ぶらんさせるやつだ。

 「おう、見事じゃな」

 持ってきた輝元が喜んでおる。

 まわりの毛利衆も、なんだか誇らしげである。

 予(オレ)の中では、喜ぶ八歳としらける十八歳が同居している。

 まあ、ここは喜ぶべきだな、そう思った瞬間、八歳が、予(オレ)のたづなを握った。

 「嬉しいぞ、輝元。ありがとう!」

 「はッ、お気に召してよかったですぞ」

 してやったりの輝元の顔、まわりの毛利衆もニコニコしておる。

 くそ、やられた。主導権をにぎられてしまった。

 お拾いクン、よっぽどおもちゃが欲しかったのか。

 その間、予はボーっとした顔ですわっておったろう。

 「ところで、どのような用事でござろうか?輝元、西軍の総大将でござるで、忙しいのでござる」

 あわてて予は言った。

 「予をつれて、関が原に行って欲しい」

 しまった、直球勝負をしてしまった。

 「おお、これは勇ましい。したが、秀頼さまは総大将、どっかと大坂城で指揮をとらねばなりません。そして、この輝元が西の丸で補佐いたします」

 「ここにいては戦えまい。家康に負けるぞ」

 「なあに、我が代理として小早川、吉川、毛利、すべてが大軍として行っております。ここにおるのはほんの一部。大事ございません」

 「三成の総大将で勝てるのか!」

 「三成ではござらん、拙者が総大将」

 すっかり不機嫌になりおった。三成のこと、余り良く思っておらんな。

 「急ぎまする。これにてごめん!」

 そそくさと耀元たちは帰ってしまった。

 予(オレ)の前には張子の虎がぶらん、ぶらん。

 むう、やはりいきなりでは無理か。味方をつくらねばならん。

 予(オレ)の親衛隊をじゃ。

 その為には金じゃ、金がかかる。

 ここにはいくらぐらいあるのか、大坂城の金蔵を調べなければならん。

 「ともえ、金蔵へ、案内せよ。それと、そこの男達!」

 廊下で、興味深げに覗いておった役人どもを指さした。

 「へッ」

 全員あわてて平伏をする。

 「予の張子の虎をわが奥まで運んどけ、よいな」

 「は、はーッ」

 予(オレ)の中の八歳が、欲しがっているからのう。

 且元がびっくりして予(オレ)を見つめている。

 委細無視して予(オレ)とともえはそこを出た。

 ふたりは、金蔵へと向かった。

 途中、予(オレ)はともえに尋ねた。

 「且元の驚きよう見たか、ホホホ。痛快じゃ。じゃが、なんであいつの驚きようが面白いのじゃ?」

 「それは、片桐様は太閤様より命じられたお拾い様のもり役ですもの。赤ん坊の時よりお拾い様をご存知です。変わりように驚かれてますでしょう。」

 「おお、そうか、まーどうでもよい。」

 などと話しておるうちにたどり着いたようじゃ。

 表御殿の裏に、頑丈な漆喰塗りの蔵があった。

 厳重な警戒だ。武器をもった武者が多数警護しておる。

 ここが金蔵か、予想より大きいのう。

 予は中に入ろうと鍵を開けるように言うが、警備のものは頑として開けぬ。

 予が秀頼と知っても、困って頭をかかえておるが開けん。

 まあ、当たり前ではあるが。

 そうそう簡単に開けたらえらいことじゃからのう。

 で、蔵役人の頭とその補佐を呼び出して、開けるための書類を作らせる。

 一時間もかかったわ。

 やっと中へはいったぞ。

 すごい数の金銀じゃ。予(オレ)はお金持ちじゃったんじゃなあ。

 金蔵役人によれば、金9万枚、銀16万枚。ほか、大判千枚吹、2千枚吹が多数。6万枚の大判金。その他、砂金が大量にあるとのこと。

 こりゃ、日本一の金持ちではあるまいか!

 強引に、取りあえず、百枚ほど大判金をせしめて奥に帰った。

 金にはこまらんな、ばらまいて子分を作るぞ~~~。

* * *

 その男は身体に似合わず、雅やかに歩いて来た。

 抜きん出た大男である。

 とはいっても、六尺五寸(百九十センチ)ちょっと位か。

 まわりが小さい為、すごい大男に見える。

 他の男たちは五尺三寸(百六十センチ)あるかないかぐらいである。

 その大男はふぁっと近づいてきた。

 ちょっと表現がおかしいが、そうだな、例えると能の所作に似ているかな?  

 ま、とにかくすごく上品に見える男だ。

 そして、胡坐をかいて座ると、予、秀頼に向かって丁寧にお辞儀をした。

 そのまま、ちっとも顔を上げないので、予はめんどくさかったが、言った。

 「顔をあげい。直答せよ。以後は回りくどい礼儀はやめよ!」

 大男は慌てて顔をあげ、予の目をじっと見た。

 うむ、凛々しい公家面?じゃ。今まで短い間ではあるが、予の見てきたこの時代の男達とは明らかに違う。

 いい男だ! 周りの侍女たちが、ポーッとしてるぞ、くそッ。 

 前世も、現世もブ男の予は、羨ましいぞ! 

 「名はなんと言うのじゃ?」 

 大男は身体に似合わず、小さな声でこたえる。

 「は、五条捨丸にございます」

 その少し怯えたような声に失望しつつ、予は再び問う。

 「五条?公家の出か?」

 捨丸、再び小さな声で答える。

 「左様でござる」

 予、秀頼の、言わずともよい事を言う癖が出て。

 「にしては捨丸とは少々品のない名じゃのう」

 と言ってしまった!

 すると、今度は大きな声で捨丸め、答えおった。

 「いえ! 傍系のまたまた傍系の、名ばかりの家にて。そのうえ……」 

 予は面白がって聞いた。

 「ん?そのうえなんじゃ?」

捨丸、ますます大きな声で言う。

 「拙者、めかけの子にて。継母に嫌われ、この様な名になり申した」 

 どうやら、捨丸のツボにあたったらしい。

 「ふーむ、それは哀れ。したが、予の名前も、拾いじゃ。似たようなものぞ。

 が、予の場合、捨て子は強いという言い伝えから、チョイと捨てられて、すぐ拾うとゆう茶番をおやじさまがやったわけじゃが。」

 予はつくづく身体をながめて、嘆息した。

 「しかし、そのガタイ、立派じゃのう。金太郎さんなみじゃのう。」

 そしてにっこり笑いかけて、言った。

 「やはり、捨て子は強いか?

 予もほれみい。上下左右ともに育ってしもうたぞ。

 まだ八歳じゃぞ。」

 「は、恐れ入り申す」

 秀頼の、がきの癖に、その態度のふとさ、明瞭さにあてられたか、捨丸。すっかり虜になってしまった。

 感激のあまり、平伏しながら涙ぐむのであった。

 「捨丸、おぬしが予の選んだ始めての家来じゃ。今日より常に側におって、予の命のみにしたがうのじゃ。」

 「よいの!」

 「は、はーッ。有り難し!」

 捨丸、ますます縮こまり、感激の態である。

 おいおい、今からこき使うんだから、そんなに感激しないでくれよ。

 そんなことを考えながら、最初の仕事を命じた。

 「よいか、捨丸。最初の仕事は予の直属部隊を作ることじゃ。 三百人ばかり兵を集めい。腕の良い鉄砲足軽を二百人。のこりは長槍がよいの。明日までに集めい。頼むぞ。

 「そ、それは、秀頼様直々の命なれば、いつかはそろえられましょうが、臨戦体制にないここ大坂城ではちと時間が足りません」 

 「心配いらん。この鼻薬あれば集められよう。しかも予の元での出世の保障つきぞ」

 そばにあった手文庫からなにやら光るものを取り出すと十枚、捨丸の鼻先に突きつけた。

 「こ、これは。うわさに聞く天正大判。はじめて見てござる」

 その大振りなこと。立派過ぎてみな目を見ひらいて、固まってしまった。

 「これを大坂の商人にもっていき、両替し、小粒にかえよ。そしてこいつはと思える武者どもに予の出世保障とともにばら撒くのじゃ」

「これなら、すぐに集まりましょうぞ。感服つかまつった」

 捨丸、大いに感激しておる。

 「それでは、ただちに取り掛かりまする。ごめん!」

 喜色満面の顔と共に、捨丸は奥御殿をさがっていった。

 先ほど金蔵からちょろまかしてきた金がさっそく役に立ったわ。

 なーに秀頼様がどなりつければ金蔵も開くわ、ふッ。

 それまで、あまりの急展開についていけず、フリーズしていた侍女たちに動きが起こった。

 「秀頼様っ!困ります!このようなことをされたら、淀君さまに強く折檻されます!」

 「心配いらん。今日から予が主じゃ。もう母上ではない。予がお前たちに指一本触れさせん。予は今日より、当主につく」

「よいな!。」

 そこにいた侍女たち、小姓たち。

 すべて予(オレ)のオーラにあてられたか、へ、へーと平伏した。

 こ、これは気持ちよい。

 これが権力を握るということか、と予(オレ)は思った。

 しかし、権力を握れる立場にあるから殺されようとしている。

 予(オレ)が平民に憑依してたらこんな苦労はなかったしな、

と自問自答していると、早速、淀君お付の老女がやってきた。

 「なにをされておられるのですか!こんなおいたはゆるされませぬぞ!お母様からきつく折檻するようにこの大蔵卿、申し付けられておりまする」

 目をつりあげてしまって、醜いことこのうえなし。

 「予はこの大坂城の主、秀頼じゃ。お前に折檻されるいわれはない」

 「予はおとなになったんじゃ」

 「もう、お前の知っていた、お拾いではない。羽柴秀吉が子、秀頼じゃ!」

 大蔵卿は余りの変わりように、おろおろしていた。

 「ひかえい!あるじ様の前で、頭がたかい!」

 ともえちゃんがいった。

 うん、この娘、大蔵卿にまけとらんぞ。迫力ある。気がつよそー。

 眼が切れ長で、細おもて。やっぱ好み~抱いて(笑)。

 老女は驚きのあまり腰をぬかしてへたりこんでしまっている。

 そうだ、よろいをつけてみなくては。

 「予の鎧を持て」

 侍女ども、目くばせをし合って、動こうとしない。

 「お父上から贈られたものがあるにはありますが、今まで着けられたことがございません。合いますかどうか」

 「とにかく鎧、兜、太刀などすべて持ってこい」

ははーッ。と皆平伏すると、ぞろぞろ部屋を出て行った。

 大蔵卿もあわてて出て行った。

淀君に報告するのであろう。後で面会しなくちゃな、少し気が重い。

 若い母親だし、なんかわがままで気位の高い人だろうな、どの本もそんなイメージだったし。

さてどうしたもんか、作戦をねらねばならん。

おおっ、鎧が来たぞ。煌びやかだな、金銀細工に、錦織。素敵だ。

 着せろ、着せろ。

う。お、重い。歩けんぞこりゃ。

「重いではないか!使い物になるか、こんなもん!」

「恐れながら、大将は戦いませぬ。下々の者に、指図するのみっでございましょう」

ともえが言った。というよりさっきから、皆、予を恐れて一言も喋らん。

 恐れて皆、俯いておる。

 仕方ないので、ともえに言った。

「予の欲するのは戦える軽くて丈夫な鎧じゃ。予を武器庫に連れて行け!」

それで、またぞろともえちゃんと二人旅だ。

 豊臣家の武器庫は、今居る奥御殿から鉄門くろがねもんを通った、表御殿にあるらしい。ちなみに奥御殿は、一応、男子禁制だそうだ。

 どおりで女だらけと思ったぞ。ちっとも嫌じゃないがな。

 だが、江戸時代の大奥ほど厳密ではなさそうだ。

 その証拠に、捨丸を先ほど、奥御殿の部屋で目通りした。

表御殿はさすがに男だらけである。

 その侍ども、みんなちっちゃい。150センチから160センチくらいじゃないかな。

 予が140センチだから、あまり自分で八歳という気がしない。

 気分はおとな、身体は八歳だからやり難い。

表御殿の役人達は、予に会うと目線をさけて平伏する。 

 どうやら、予(オレ)の仕打ちが、知れ渡っているみたいだな。

 時間がない、役人どもに邪魔されなくて丁度よいぞよ。

武器庫に着いた。係りの者に言って鍵を開けさせると、二人で入った。 

 ともえはしり込みしたが、予が強引に入れた。

 だって一人じゃ心細いじゃないか。

そこには秀吉、わが親父殿が生前使ったとおぼしき鎧の数々があった。

 華麗なもの。黒一色で、実用的なもの。どれも重そうだ。 

 大きさは小男だったと見えてそうでもないが、やはり八歳には少々重過ぎると思う。 

 そこに、興味ぶかい鎧があった。たしか信長が着ていた様な西洋風の鎧だ。

 大きい、叩くと、カーンといい音がするのう。

 頑丈そうじゃ、いつかこれを着てやるぞ、そう思いつつ探しまわる。

 あった!これだ。

「ともえよ、これだ、予の探してた鎧はこれだよ」

 「まあ、それは鉄砲足軽のではございませんか」

「そうだ、携帯しやすいようにほれ、ここで折りたためるわ。しかも軽いのに鉄砲が防げるように鍛えた鋼が使ってあるぞ。これはよい」

予のなかに、読書データがこれは良いかも?といってるからのう。

 兜はよい物が見あたらなんだが、その時はその時。さあ、奥に帰るぞ。

われら二人は奥御殿へと帰っていった。

 部屋に帰ると早速、鎧を着けてみる。

 ぴったりだ。これで良い。しかし、少々安っぽいのう。

 部下に馬鹿にされそうだ。なんとか権威をつけねばならん。

 そうじゃ、金ぴかに塗ろう。

 「ともえ、金色にこの鎧を塗ってくれ」

 「金箔はりの方が早く出来ます。職人の伝手がありますので、よろしいでしょうか」

 「なに、金箔はりとな。かまわん!」

 金箔はりに興味があったが、まあ時間もないので、鎧をともえに預けた。

 そして武器である。

 刀を振り回したいところだが、慣れてないし、八歳じゃいくら超弩級のデブでも無理だろう。

 十手なんかいいだろう。

 「これ、武器職人をすぐ呼べ」

 秀頼の無理難題にすっかり慣らされてきたおんな達は、すぐ連れてきた。

 「おお、きたか。明日までに、これくらいの長さの十手をもってこい。」

 そういって予は手を広げて見せた。

 びっくりした顔の武器職人。

 しかし、秀頼の命令にさからえるはずもなく、平伏して承知を示すと、一言もしゃべらず、戻っていった。

 いい職人だ。彼なら明日までに何とかしてくれるであろう。

 予は信じるぞ。

 疲れた!

「 予はしばし休むぞ。昼寝の用意をせい」

 直ちに寝室にふかふか、金ぴかの布団が敷かれた。

 この寝室がまた、金ぴかの襖絵にかこまれておって落ち着かん。

 この柔らかい布団は腰に良くないぞ。

 「これこれ。敷布団を一枚にせよ。それからもっと薄く。掛け布団もじゃぞ」

 侍女たちは怖い秀頼の命に、電光石火に答えて動いておる。 

 フムフム良きことじゃ。

 「今から、半時。だれもはいるで無いぞ」

 予はくたびれきって布団に倒れた。

 あっという間に寝入った。


* * * * *

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