サウダージ

阿紋

暑い夜とボサノバ

夏の暑い夜。

部屋の中に流れるジョアン・ジルベルトのギター。

エアコンはあまり効いていない。

とりあえずこれでいいか。

つまびかれたギターの音が

だんだんと筋肉を弛緩していく。

サックスの音で頭の中が溶けてしまいそう。

そうか。これは『ゲッツ/ジルベルト』。

これに女の子の愛撫があれば最高なんだけど。

「何言ってんの」

たしかあの時もボサノバが流れていた。

あの時は『ゲッツ/ジルベルト』じゃなくて、

たしかジョビンの『ウェーブ』か何か。

ピアノの音が心地よかった。

ナツミとベッドで毛布にくるまっていたとき、

ぼくは確かそんなことをナツミに言った。

あの時の感触。

そろそろ忘れてしまいそうだった。

どうしてるかな。電話してみようか。

それともこのまま寝ちゃったほうがいいかな。

電話をしても結果はいつも同じ。

留守電につながってそれっきり返ってこない。

メッセージは入れない。好きじゃないから。

メールを打っておく。

でもやっぱり返ってこない。

最近はメールも打たなくなった。

そもそも電話もしていない。

しようかなと思うだけでやめてしまう。

そう、ちょうど今のように。

窓にあたる雨の音。

また降ってきたんだ。

さっきのように雷の音はしないけど。

電話がかかってくる。

ぼくはベッドから落ちてしまったケータイに手をのばす。

ナツミではない。

最近知り合った女の子。

そうか、さっきメールしたんだ。

ぼくはケータイを見つめながら電話に出ない。

ぼくの手からケータイかポロリと落ちる。

電話の呼び出し音がやんだ。

こわれちゃったのかな。

もう一度ケータイを手でさぐる。大丈夫。

そしてまたケータイが手からポロリと落ちる。

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