道草優等生
ロマニティック
一 入部
僕は地元の県立高校の中でも偏差値七十を超える進学校に合格した。中学では常に成績を一位に陣取り、同級の者が到底叶わないような学力を保持していた。もちろん、生徒会長にも就任し、同級の者からは神童扱いをされていた。要するに、チヤホヤされていたのだ。それがいけなかった、いや、それに甘んじていた僕が駄目だったのかもしれない。入学式の初日、私たち新入生を待っていたのは笑顔ではなく真顔だった。
入学式冒頭、学年主任から発された言葉はこうだった。
「いつまでも中学みたいな優等生だと思うなよ。あんたらは普通の高校生、凡人なのよ。」
彼女は保護者の前で新入生を叱咤したのである。普通はおめでとうございますだとか、頑張ってくださいのような慶事を述べる場でこんな仕打ちを受けたもんで、新入生の中には舌打ちする者もいたかもしれない。僕もこの言葉で目の色が変わった気がする。
そんな入学初日、僕は酷く孤独を覚えた。僕は一年一組に配属されたが、気軽に話しかけられるような仲間がいなかったのである。何より僕の田舎は酷く学力が低く、僕と同じ高校に入学した者は僕を含め二人、さらにもう一人は一組から離れた七組にいるのである。さらに僕はクラスの真ん中で一番前の座席に配置された。この時は流石に明日でも良いから席替えをしてくれと、心の中で懇願したものである。僕はひたすらに、教卓に貼られた逆さ文字のような座席表を見て、クラスメイトの名前を読んでいた。
そんな時、不意に体格の良い男子生徒が僕に話しかけてきた。彼は僕が朝初めて教室に入ってきた際に、一番に目に留めた少年である。
開口一番に彼はこういった。
「中学で相撲やりよったっちゃろ?」
喜作に話しかけてくれたのだろうが、彼の様子からは少し緊張が回見えた。
「あ、うん。なんで?」
今考えたら、この返事は少し失礼だった気がする。しかし彼はそんなことも気に留めずに続けた。
「いや、柔道部に入らんかねって思って。相撲しよったなら足腰もしっかりしとるやろうし、多分活躍できるよ。」
「まじか、面白そうやな。今度一回見学行ってみるわ。」
断りきれなかった。
僕はもとより、ラグビー部への入部を志望していたのである。なのに、彼の推しと人柄に負けて、正直に答えられなかった。
この日はこれで下校だったが、家に帰ってからも悩んだ。何を悩んだかって、本当に見学に出向くかどうかである。これでもし、軽く柔道場へ足を運んでしまった暁には、柔道部として儚い高校三年間を過ごさなければならないのかと思うと気が引けて仕方がなかった。しかし、何と彼に断りを申すべきか、私の中では押し問答が繰り広げられていた。
入学初日から蟠りを抱えた状態で登校した次の日、教室へ入るや否や、例の少年が話しかけてきた。
「なんか、ラグビー部に入部するみたいやね。昨日は勧誘みたいなことしてしまってごめんね。」
勧誘みたいなことではなく勧誘だったと僕は思ったが、そんなことより、僕が思っていることがまるで以心伝心しているかのような彼の発言に驚きを隠せなかった。即座に僕はこういった。
「え、こっちこそちゃんと断れんくてすまん。てかなんで俺がラグビー部に入部志望しとるってしっとーと?」
「なんか先輩が言いよったんよね。柳ってやつはラグビー部入るらしいって。やけん勧誘しても無理ばいって。」
どこからそんな情報が漏れていたのか僕は気になっていた。しかし彼は続けた。
「いやー、柔道部入ったらまじで即戦力になると思ったんやけどな。まあでもしゃーないわ。うちの先輩たちラグビー部の先輩とも仲良いけん今後ともよろしくね。」
今思えば、ちゃんと挨拶を交わしていなかった。僕も続けてよろしくと返した。
これが、高校に入って最初の友人白岡との出会いである。
放課後、うちの高校では新入生に対する手厚いウェルカムパーティーがあった。まあ、そんなはずはなく放課後は学校応援の練習があった。これもまたひどいもんで、応援団の人間が僕らを罵倒するのである。初日はまだ歌詞を覚えていないなどこちら側の不備があって、仕方がないと思えたが、二日目以降は理不尽な怒鳴り散らしに酷く腹を立てたものである。そんな学校応援が四日連続で続き、心身共に憔悴仕切った最終日、部活動勧誘が始まった。ほとんどの部活は普通に勧誘していた。脚が綺麗な人が多かったバトミントン部の勧誘に少し目を奪われながら、私はラグビー部のグランドへと向かった。グランドへ行く道のりの間に、ラガーシャツを着た先輩たちが向こうから現れた。この時、変な汗が止まらなかったことを今でも覚えている。
「お、ラグビー部見に来る?」
先輩の1人が話しかけてきた。おそらく二年の先輩だろう。はいの二つ返事を私が返すや否や、カバン持ちますよ水筒持ちますよの好待遇を彼らは僕に仕掛けてきた。その行動で僕は即座に、来てはいけない所に来てしまったと感じ取った。なぜならそんな行動あからさまに気を遣っていることが表れ過ぎていて、誰もいい気がしないからだ。だってそうだろう、こんなことで喜ぶのはスクールウォーズの世界だけである。
グランドへ着くなり、続いては三年生のお出ましであった。
「お、誰?」
なんて返せばいいのか判りづらい質問を、初対面の先輩にされてしまった。僕は一応名前を名乗っておいた。
「ふーん、ま、がんばろうぜ」
僕は心の中で、こんな部活に憧れを抱いてしまっていたのかと深く悔恨の念を抱いた。しかし、全員がこんな人であるわけでもなく、快く握手を求める先輩も中にはいた。やばい場所であることには間違いなかったが、ここが僕の高校生活の拠点になることに抵抗はなった。むしろ、少し期待を感じつつあったかもしれない。
これから待ち受ける試練を知らずして、僕はラグビー部への入部を決めてしまった。
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