遠い昔に感じた
賢人さんとまたあの近くの公園で待ち合わせをした。
ただでさえ、どんな言葉を交わせば良いのか絞り出さなければならない状況に、もうひとつオマケに気を遣うものが.....。木陰に佇む亮さんだ。
日が暮れだし夕焼けが美しい時間、子供達も帰ったようで人けもまばらになってきた公園。落ち着かない亮さんの動きがやけに目立つ.....
ふと、亮さんがベンチに座る。きっと自分でも分かったのでしょうか。酷く目立っていることを。
賢人さんが走り寄ってくる。前とは違い営業先に謝罪しに来たサラリーマンのように.....。
「すいません。遅くなりました。」
「いえ。気にしないでください。今回の件も。」
「僕が彼女をちゃんと納得せてなかったのが悪かった.....」
「私こそ、すいません。私、賢人さんに会えて舞い上がってしまって。あれからふと感じたんです。
昭和に居た私は、きっとばあちゃんの気持ちを感じたんだと。その、なんと言うか私自身では無く.....。
先日、実家で手紙を見つけたんです。ばあちゃんが出せなかった正一さんへの手紙。その手紙にしたためられた言葉が、まるで私が貴方に抱いた気持ちと同じようだったんです。」
私はやけに早口に伝えたかったことを並べてしまった。一方的で彼の気持ちを突き放そうとするような内容だった。
私は言った先から反省した.....。
「ありがとう。教えてくれて。手紙のことも、君の気持ちも。大丈夫、僕は追いかけ回したりしませんよ。安心して。
でもね。きっと僕は.....君自身が好きでした。」
その素直な飾らない彼に私は返す言葉を失った。回りくどくあれやこれや、並べた自分が恥ずかしくなった。
賢人さんは「元気でね。」と言い残し立ち去った。
私はこの人を出征の日涙ながら見送った。あの日がとてつもなく遠い昔に感じた。
「なんか優しい人だな」
亮さんが賢人さんの事を優しいと言った。他人を褒める亮さんを初めて見た気がした。
てか、話全部聞いてたの??
「さっ夜勤行くぞ」
「夜勤?」
あー夜勤。私は今から亮さんと夜勤だった。
完璧に忘れていました。
いつもより、会話の無い私達.....
「巡回行くわ」
「あっはい。宜しくおねがいします。」
私はカルテの入力に勤しんだ。
しばらくして戻った亮さんが引き出しを開け
「おやつにするぞ」
おやつ?!今まで何度か一緒に夜勤しましたけど。おやつタイムを亮さんが提案するなんて、明日は嵐が来るかもしれません。
「亮さんおやつ食べる派でした?」
きっと私を気にかけてくれているんだ。
「疲れたから欲しただけ」
ウエハースをチョコでくるんだお菓子を取り出した。
パキッ
「ほれ」
割った半分を私に渡す.....はんぶんこ。
「ありがとうございます」
ありがたく頂いた。
「甘っ歯痛ってぇ」
「亮さん虫歯じゃないですか?」
「わっ!」
私は突然光った空に驚いた。室内まで瞬間的に白く光る。ゴロゴロゴローッガッシャーン
「......雷?今落ちましたよね。どっか近く落ちましたよね」
ぷちパニックになる私。空襲を連想する光と音にあの恐怖が蘇る。雷は容赦なく光を落とし続け地響きすらしている。叩き打つような雨も降り出した。
「すごいな...」
亮さんも窓から外を見ていた。
「助けて〜〜助けて〜〜」
誰かが小さな声でたしかに、助けて.....と。
私は急いで入所者さん達が寝ている部屋を回る。
花さんだ.....花さんがベッドにちょこんと座っていた。
「大丈夫ですよ。花さん。雷です。」
「逃げなくていいんでしょうか?私達。ここにいたらみんな吹き飛ばされて。そこら中焼けてしまう.....」
花さんは私の制服の隅っこをぎゅっと掴んでいた。そっと花さんを抱きしめた。小さな体.....。
戦時中の記憶を呼び戻してしまったようだった。部屋の外で、亮さんはそんな私達を見守った。
ずっと降り続く猛烈な雨。台風の影響のようだ。
「亮さん今日何で来ました?」
「バイク」
「えっ。バイクで帰るのは無理そうですよ」
この雨は夜勤明けの朝まで降り続いた。
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