恐怖の先に

 しばらくやたらと、田中とセットのシフトが続いた。


 ある日梅野虎吉さんに面会者が来る。

私は持っていないようなパステルカラーのワンピースを着たお上品な若い女性。きっと彼女は賢人さんの婚約者では?とすぐに感じた。


賢人さんは全く来ていない。来れば私と顔を合わせるから、私から連絡するまで来づらいのだろうか.....。


 彼女はかなり長く虎吉さんの部屋にいた。

私が見回りで通ると、ちらっとこちらを見るも話しかけては来ない。

夜勤の亮さんと崎山さんが出勤してきた。

彼女まだいるつもりだろうか.....。


私は申し送りを田中に任せ、虎吉さんの部屋へ。

「すみません。そろそろ面会時間がおわりますので.....。」

私は、冷たい感触がお腹辺りに走ったのを感じた.....痛みは分からない.....痛みより驚きと恐怖で声が出ず、その場に座り込んだ。

―――――走り去って行く彼女の足音だけが耳に残る.....。


「細谷!細谷っおい 真由 たなか―――!!っ!ドクターよべ。救急車!

ガーゼ、ガーゼ 早く―――」

亮さんの叫び声がした.....。



+++


 ベッドで目を覚まし見上げるとまた点滴.....。あっ、そうだ....お腹に手を当てる。ガーゼのような感触。私.....なんかで刺されたか切り付けられたんだった。


涙が突然止まらなくなった。ここどこだろ、うちの病院?

たまらなく、目を閉じ、再び襲ってくる恐怖をなんとか鎮めよう、涙を止めようとした。私は小さい頃から泣き虫で、しゃくりあげてよく泣いていた。

物が欲しくてでは無い。ハムスターのちっちが死んだ時、悲しい映画を見た時、友達が泣いた時、怪我をして陸上を諦めたとき.....。

悲しい時悔しい時、一気に口の横、ほっぺたあたりがきゅーとなって、収拾がつかないくらい涙が溢れて溢れてふんぅー....みたいな勝手な声まで漏れてしまうのだ。次の日は目が腫れる。


だから、じっと目を閉じ頬の力を抜くように、深呼吸して、しゃくりあげないように......。


―――あっ、誰かが私をそっと抱いた。

ベッドに寝る私を覆うように、ふんわりと優しく包み込むように.....。


「大丈夫 俺 いるから」

亮さん?.....亮さんだ。

涙がこぼれてしまう...目を開けるといつもとは全く違う、優しい目をした亮さんが居た。

亮さんはナース。いつも入所者さんにこうして優しく話しかけている。怖いのは職員に対してだけ.....。



 彼女は賢人の婚約者だった。

すぐに警察に逮捕となったが、警察は真由に事情聴取を希望しているが亮は、断っている。

落ち着いてから....と。

傷が浅かったのと、亮の適切な処置で大事には至らなかった。

賢人は警察で事情聴取を受け、真由に自分が恋心を一方的に寄せており、それを知った元婚約者が逆上したと証言。

これにより、真由への事情聴取は簡単に済んだ。



 亮さんは仕事帰りや休みの日も毎日のようにお見舞いに来てくれた。

私の母とも爽やかに会話し、母はすっかり亮さんを気に入り感謝していた。


 夜勤明けの亮さんはベッドに頭を伏せ眠り込んでいた。

私はそれを穏やかに見守った。寝ぼけた様子の亮さん.....。

「ん 寝てた.....」

「ありがとうございます。ほんと帰って休んでください。私大丈夫ですから。」


+++


―――退院の前日


「りんご 食べろ」

会話も次第にまたクールなベールに包まれて来た頃、

あらたまった亮さんがポツリと言った。

「教えろ...記憶とんだ理由」


何時に無く真剣な眼差しに、どれだけ信じがたい話だとしても全て話そうと私は決めた。


昭和にタイムスリップした話を真面目に語る私を馬鹿にすること一切なく、終始聞き入る亮さんだった。

「だいたい分かった。」


亮さんはゆっくりと近づき、私がまだ手に持っていたフォークを取り、優しくぽんぽんと頭をたたき「よく頑張ったな」といって目を細めた。

私はまた泣き出してしまう...初めて誰かに話せて、聞いてもらえて力が抜けたのだ。


「泣くなって〜俺が泣かしたみたいだろ」


退院の日

「お世話になりました。また隣で頑張ります!」

「気をつけてね。彼氏がナースで良かったね〜」

そう。私は職場の隣、一般入院病棟に入院していた。

彼氏?.....。

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