神戸の病院へ

神戸の街は、もう街ではない。

駅は寝泊まりする人でごった返していた。駅の横線路下に続く高架下にはたしかに、生活必需品や食料が並ぶがみんなもの凄く高い。

それでも、父は買い、色々と見て回り、どこから運んできたかなど調査していた。

この時代の人はたくましい。どうかな、どうしよっかなと言った『相談する』事をしない。言葉数も少ない。

悩む、相談することを恥じているのかもしれない。そんな時間もない。そして男に二言はない。どんなにしまったぁーと後悔しようが貫き通す強さを持っている。

人はこれを頑固・強情と呼ぶのかもしれない。頑固の何が悪い!とこの時代の人は言うだろう。


その後ついに、私達は東山病院へ向かった。

私は病院が近づくにつれ、ここに来て初めて緊張しだした。自分は変な顔してないだろうか、まず第一声はなんと言おう。父も一緒なら後でそっと見守るしかない...などと考えが膨らんだ。


ここでも、人混みが。

受付らしき場所へ行くも誰もいない。係の人は家族探しの人々の対応に負われている。私はふと机に無造作に置かれた紙のリストに目をやる。

「これは....」

父が手に取り目を細めて指でなぞりながら探す。

「あった!4つ目の部屋かいな。」


私達は、大部屋の4つ目をさがす。

父が開けっ放しのその部屋へ入る、私は小さく身を縮めて付いて入った。

「正一 正一!」父が大きな声を出した。私に心臓が張り裂けそうな瞬間が訪れた。


「あ、親父さん。」

そう言ってベッドに座っていた男性がこちらを見ている。


誰?

正一さんじゃない......

私をチラッと見たが軽く会釈をしたその男性。


二人は無事でよかったわ、空襲でやられたのかなど次から次へ会話する。

私は、それを静かに聞いていた。

紛れもなく彼が梅野 正一。

私が出会った正一さんは?


あっ!私は一枚の写真を思い出す。

平成で見たあの写真。出征の日の記念撮影に写った梅野 正一は、この人だ。


帰りに、父に聞いてみた。

「私って空襲の日、お父さんと正一さんと3人で神戸に来ましたよね?」

「どないしたんや。あらたまって。はぁ、来たよ。夜中に空襲におうて偉いことやったけど。なんとか帰れてよかった。」

なんとか帰れた?軽そうに話す様子に違和感を感じる。

「お父さんとはぐれて、私は正一さんと空襲から逃げましたよね?」

「え?みんな一緒に帰ったで。なんで?」

あれ....戦時中の小さなことだが私には大きな歴史が変わっている。どういう事?

正一さんと死にものぐるいで逃げて、走って山を超えて...。あれは何だったんだろ。

あれは無かったこと?そもそも、私の知っている正一さんも居ない。


おとなしく私は父と家へ戻った。


「正一さんどないでした?」

「大丈夫やろ。じきに戻ってこれそうやわ」

「あぁそれは何より」

安堵した様子のおひささんは、正一の弟 ひでととらに報告する。二人とも喜んだ。

「いつ?いつ戻ってくる?」

そんな二人を見て私もほっとした。


その晩父は闇市で買ったものをみせる。

「こんなもんが、出回っとる。」


みな興味深々でそれを囲む。

私だけ、懐かしい畑前でひとり寝っ転がった。

夜の冷たい土と草が気持ちいい。


空は澄んでいるようで今宵も星はきれいだ。

私はもうあの人に会うこともないのだろうか.....。急に孤独が私を襲う。心にぽっかり穴が開いた。

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