ただただ優しい
1945年昭和20年1月
いつの間にか年を越えた。みんな生きていくのに精一杯。戦況より、明日食べるものを考えるのが、国民の真の姿だったのかもしれない。
ため息が増える兄弟たち。
田舎は比較的食料があると言われているが、それでも育ち盛りで大家族には足りない。私はおひささんに頼み、正一さんと一緒に川辺へ弟たちを連れて行った。
そう、ばあちゃんがいつもシミーズイッチョで泳いだという川。
いつの時代も子供は水遊びが大好きだ。さすがに寒いしシミーズ一枚は私には露わすぎて無理!なので弟達を見守った。
つかの間の楽しさ。
正一さんはさわやかな笑顔でみんなと冷たい冬の川に足を入れてはしゃぐ。私は川魚でも居ないか、もんぺの裾を捲し上げ膝まで入って探していた。
「そろそろ戻るぞ~」
正一さんの掛け声に「えーもう?」とみんなダダをこねる。「えーもう終わり?魚とれなかった。」
あれ以来山に入るのは控えていた私は山菜の代わりに、なんとしても川魚をと必死だった。素手釣りは現代人にはハードルが高すぎたのだ。夜は畑の前に作った木の椅子に腰かけ、夜空を眺める。
田舎だからか時代だからか空気が澄んで星がよく見える。
この空の下で、今まさにたくさんの命が散っている.....
1月の終わり関西に空襲があった。
そして大阪大空襲
たくさんの人が亡くなり、たくさんの人が疎開してきた。
正一さんが横に座り草の上にあぐらをかいた。
「あーっ。」大声をあげそのままねっ転がる。
「そんな声出したら、みんな起きますよ」
「ふふ 八千代ちゃんがひとり夜に出てたら危ないですからここで寝ます。入るとき起こしてください。」
この人はほんとにただただ優しい。この時代と優しさに触れる毎日の中で、泣き虫で落ち着きのないはずの私がしっとりと昭和風の女になった気になる。
泣いてなんていられない時代
「もうすぐこの戦争終わりますね」
「え?」正一さんは私の言葉に驚いて目を開ける。
「この半年が一番大変なはず。星はいつでも綺麗ですね。いつも変わらない。」
「八千代ちゃん、どんなことがあっても生き抜いて。」
星空に負けないくらいにキラキラした瞳で、夜空の奥深くを眺めながら。
「正一さんも。」
現代なら夜空を眺める男女
さぞロマンチックだろうなぁ.....
でも今は正一さんをみると迫りくる戦争の足音に恐怖を隠せない。
この正一さんという人物は、ばあちゃんも出逢ったのだろうか。それともこの不思議なタイムトラベルの偶然なんだろうか。
そもそも本物のばあちゃんは?
私の顔は私のまま、みんなは八千代と呼ぶ。
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