醤油顔の正一さんに出逢う

「朝はようから、ごめんください〜」

「あらまぁ。おひささん。お嬢さんらまでいらっしゃい。」

しかないけど、良かったら」

「おかまいなく」

出されたのはさつまいもを蒸したもの。

「甘さがしみる〜」と夏代なつよ姉さんは目を細めて頬張った。


中庭で何やら声がする

少年二人が洗濯物を干していた。

「おいっお前 シワだらけやぞ。こうして叩け」

パンパンパンっ。

「うるさいなぁー分かってるわ」


神戸から疎開の兄弟

梅野うめの 秀吉ひできちと梅野 虎吉とらきち


今日から疎開先としてうちへ来るという。


「こんにちは。ひでくんに、とらくんやね。お母さん心配やろけど、うちに来てゆっくりしいよ。」

優しくおひさが声をかけた。


「泥棒ーーーーーッ!泥棒やー!!!」

外でこの家の若奥さんが叫んだ


「八千代行くで!」夏代姉さんが台所を抜け裏口から一目散に飛び出る。

私も後を追って走った。


「こらーっ!!そいつやーっー泥棒!!」若奥さんが叫ぶ


田んぼのあぜ道の先で誰かが振り向き、逃げゆく泥棒めがけてタックルした。泥棒は田んぼに落下した。



泥まみれの泥棒男は頭を土に擦りつけて土下座する

「すんませんっ。堪忍してください。もうしません。」


若奥さん「取ったもん返して!」

男は使いかけの味噌壺、きゅうりを出した。最後に砂糖の配給券も出した。


若奥さんは、はぁーとため息をつき、配給券と壺は持ち上げた。

「きゅうりだけにして。次やる時はなんか手伝いしてから言うてよ。」

この時代の人の、判断力の早さには驚かされる。明朗快活、人情も忘れない。


泥棒にタックルした青年も一緒に歩いて来た道を戻る。

今で言うロン毛を後で束ねている。


「あんたら、大丈夫かいな?娘が二人飛んで出ていって」

おばさんとおひさの二人は手を叩いて大笑いする。


「梅野さんとこの長男 正一しょういちさん」

「こんにちは。弟たちがお世話になります」


「いえいえ。立派なこと。正一さんはここに?」

「男手があればうちも助かりますよって。小さい二人だけすいませんな」


正一は、18歳だという。

私から見れば20歳は超えてるようにみえた。

それに、周りの平べったい顔とは別格の端正な目鼻立ちのしっかりとした塩顔。昭和風に言えば醤油顔だろうか。


この時代みんな良くも悪くも老けているのだろうか。

目の前にいるおばさんも、きっとまだ50代程だろうが、おばあちゃんみたいだ。


私達は、ひで、とらを連れて帰った。

小学校低学年かと思われる二人は静かに歩いた。他人の家を転々と居候生活。私が小学校の頃ならすぐ泣いただろう。


家に帰り挨拶を済ませたあと、私はある話を思い出した。

戦後に大学まで行った優秀なばあちゃんの弟 ひろしさん。

ひろしは、12歳だ。

さすがにまだまだ子供。

そんなひろしが、新聞を広げている。


「読めるの?」私は近寄り新聞を覗き込んだ。

「ちょっといい?」

「来月から家庭用砂糖配給停止、1944年夏、サイパンて、あ..」ブツブツ言っている私に、おひささんが

「八千代 あんたそんなに新聞、読めたか?」


あっしまった。


「よく分からないけど。難しくて。ひろしは凄いね」

「なんやそのけったいな話し方」


そうだ。私だけ訛ってない...


「そっ?せ?せっせやろかぁー」これは....酷く難しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る