魔術オタクは、裏口入学した名門校から世界一の魔術師を目指す。
鈴龍かぶと
Prologue
第1話 魔術オタクと魔力ゴリラ Ⅰ
4月の穏やかな昼下がり。
ノアスクシー魔術学園Fクラス棟では、爆音と絶叫が響き渡っていた。
「まてぇええええええええッ!
陽光を受け、煌めく金髪。ぴょんとはねたアホ毛と共に、美しい髪を荒々しく振り乱し、絶叫しながら廊下を走る少女。彼女は、その長いくせ毛と同じくらい杖を振り回す。ひと振りすれば、杖の先からはビームが放たれ、着弾すると同時に爆発する。学校の廊下であることにも構わずドカドカやっているが、爆発したところは大理石の柱も、木の扉も、窓ガラスも例外なく傷一つつかない。
「私と戦えええええええええぇええッ‼」
普段は美しく整った顔立ちの彼女だが、今は鬼のような形相だった。
対して、彼女の目線とビームの狙いの先。ズレた眼鏡を直しながら、俺は必死の形相で学校の廊下を駆ける。
「ふざけんな! 人が日向ぼっこしながらゆっくり本を読んでるランチタイムを邪魔しやがって!」
この時間は、中庭の大きな桜の木の下で、本を読みながら好物のチキンサンドを頬張る。春の日を受けて綺麗に咲く桜の花を見ながら、好きなものを食べて、好きな本を読む。これ以上ない幸せだ。今日も今日とて、そんな穏やかな昼下がり、だった。金髪碧眼アホ魔力少女、マリア・アルクラインが来るまでは。
「健全な男子生徒の楽しみを潰して何が楽しいんだお前は!」
「健全⁉ どこがよ! 私にあんな辱めを受けさせておいて! もうお嫁に行けないじゃない!」
「あれは悪かったって言ったろ! っていうか俺が反射術式組むより先にお前が自滅したんだろうが! このあんぽんたん魔力ゴリラ‼」
「かっちーん。もう許さない。粉みじんにしてやるわ! このヘンタイメガネ!」
ビーム攻撃が止む。ちらりと後ろを見ると、マリアが右手で杖を構え、左手を開いてこちらに向けている。あの魔法陣は――。
「指向性術式――ッ‼ 殺す気か⁉」
「殺す気よ‼」
マリア一番の才能であるバカみたいな量の魔力でゴリ押す、さっきまでの爆撃とは違う。術式を使って指向性を持たせた爆撃。要するに、俺絶対殺すボンバー。
俺よりも頭一つ小さい彼女だが、放つ殺気は本物。
このまま逃げ回ってても、いずれはターゲットロックされてしまう。
「くそッ!」
急ブレーキをかけて止まる。そして、マリアと向き合った。
「正面切ってやり合おうっての? いい度胸じゃないの!」
「……」
「まぁ、あんたの
左手の先の魔法陣が完成する。そして、マリアが思いきり杖を振り下ろす。
「ここだ!」
爆撃が放たれる直前。物陰に飛び込む。そしてコンマ後に、とんでもない威力の爆撃が放たれ、靴底が焼けた。
ドガァアアアアアアアアアンッ‼
「あっぶねー。あのバカ、マジで殺す気かよ」
指向性術式の指向性は、陣が完成した時点で固定される。要するに、魔法陣が完成した直後にその指向範囲から離脱すれば、かわすことは可能なのだ。
一応、名家アルクライン家の一人娘だ。それくらい知っててもいいと思うが。
「勝った! ついに才賀凱也に勝ったわ!」
ガッツポーズをして楽しそうに小躍りする彼女を見て、一周回って不憫に思えてきた。
「まぁいいや。ほっといて昼飯食い直そう……」
幸いサンドも本も無事だ。アホに構っていたら本をゆっくり読む時間は無くなってしまったが、サンドを味わう時間くらいはある。
===
遥か昔。天使が住まう天界と、悪魔が住まう魔界には境目がなかった。争いは絶えず、何年も、何百年も戦争が続けられた。やがて、とある天使と悪魔の働きによって、この争いに終止符が打たれることになる。そして、もう争いを起こさぬように、両方の世界の境目に新たな世界を作り出した。
それがこの世界、人界である。
天界と魔界の王がそれぞれ半分ずつ力を注ぎ込み作られたこの世界の生物は、その名残を持っていた。全ての生物が持つ生命エネルギー、魔力。世界の至るところに充満する自然の生命エネルギー、マナ。最初は小さな細胞の塊であった人間が、進化を繰り返し、やがてこれらの力に気が付く。そしてこの発見が、人類の文明を大きく進歩させることとなる。
魔法である。
火を起こす、モノを動かす、怪我を治す――。そんな奇跡。
やがてそれらの奇跡を細分化し、学問として研究する者が現れる。
どこに、どうやって、どれくらいの火を起こすのか。どの方向にモノを動かすのか。どのような怪我を治すのか……。
魔力やマナによって引き起こされる魔法という奇跡は、術式と呼ばれる命令処理を経ることで、技術となった。
そうして、「魔術」という概念が出来上がる――。
===
昼過ぎ、1年生全クラスの必修科目『魔術論』の講義。
無事に昼飯のサンドを食いきって満足して講義を受けている俺。そして、昼休み中に散々俺を追いかけまわしたことで昼飯を食う時間を失い、挙句走った上に魔力を消費したことで空腹の底にいるマリア。当然同じ1年生、同じ講義室であれば俺が生きていることなどわかるわけで。
「才賀凱也……! この卑怯者ッ!」
3段下、右端の窓側から、殺気混じりの視線が向けられていた。それを見たら眼で殺されそうなので、気づいていないふりをする。
「さて、じゃあ誰かに答えてもらいましょう」
教壇に立つ先生が、教室を一望する。
「じゃあ、Aクラス、
指名されたのは、最優秀クラスの中のとある女子生徒。
「はい。
「いいえ。大丈夫よ。流石筆記主席合格者ね。着席して結構です」
先生は黒板に筆記をしていく。
「さて。
マリアのやつはまだこっちを見ている。いい加減にしないと先生に目を付けられるぞ。魔術論を担当するラーヤ先生は特にクラス差別が酷いことで有名だ。最高クラスの生徒には子供でも分かるような問題をあて、最低クラスの生徒には、大人でも難しい問題を出す。Fクラスの生徒が授業を聞かずにそっぽを向いていたら――。
「では、さっきから一度もこちらを見ていないそこの生徒」
ほらみろ。
「現
軽く教室がざわつく。そりゃそうだ。Aクラスの生徒でも半分わかるかどうか。
「……」
マリアの方を見てないから表情は分からないが、さしもの彼女も分からないのか。
「名前を呼んだ方がいいかしら? 我が国が誇る大名家アルクライン家の一人娘であるにも関わらず、最低レベルのFクラスのマリア・アルクラインさん?」
視線が徐々にマリアの方へ集まって来る。
「流石に分からないかしら? 筆記0点のあなたじゃ」
「先生」
「? そこで挙手しているのは……。才賀凱也さん。どうしたのかしら?」
「ディエノゥド博士が3年前の秋ごろに発表した『放出型魔術における照準規定範囲の操作と、指向範囲拡張に伴う出力減退の研究』の要約でいいんですよね?」
流石にこのまま放っておくのは気分が悪い。その論文ならもう暗記している。
「指向術式において弱点となるのは、仮に照準術式陣を作っても、完成後にその範囲から離脱された場合その指向性が意味を成さないこと、照準術式が意味を成さないことで……」
「結構。しかし才賀凱也さん。今はマリアさんに聞いているのです。あなたは着席していなさい」
「……わかりました」
「さて。マリアさん、あなたは――」
すると、マリアは俺に殺気を込めた視線を向けたまま、要するに先生に背を向けたまま、淀みなく答えた。
「その弱点を回避するために、その論文で博士が発表したものが追尾術式。要するに、その論文を要約すると、『無駄な術式を使って魔力消費するくらいなら、2つを複合させて、魔力反応を自動追尾する術式を使うべきだ』ということよ」
そして、一度振り返って、思いきり先生を見下しながら続ける。
「その論文では追尾術式の弱点も述べられていたけれど、併せて答えるべきかしら?」
「……いえ。結構です。が、ここはノアスクシー魔術学園です。きちんと講義は聞くように」
「ふん。ここはノアスクシー魔術学園よ? もう少し聞く価値のある講義をしてからいって頂戴」
そこまで言うと、もう一度俺の方を向いて、さっきよりも鋭く睨みつけてきた。
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