正曲率リーマン空間上の直線
Phantom Cat
1
僕らが同棲してから、もう2年が経とうとしていた。
二人とも立場は同じ、京都大学のポスドク(博士号取得済みの有給の研究員)だが、僕の専攻は
ところが。
この二つは似ているようで、実は全然違う学問だ。天体物理学が銀河や太陽系、恒星、惑星などの天体の成り立ちを研究するのに対し、宇宙論は宇宙そのものの成り立ちを研究する。宇宙論では素粒子物理学や場の理論の知識も必要になる。僕はファインマン・ダイヤグラムと言う、円や矢印や波線、点線で構成される図を毎日のように描いて計算していた。
彼女の方は、もっぱらニュートンやケプラー以来の古典物理しか使わない。一般相対論的な補正が必要な場合もあるが、大抵は無視できるレベルだ。とは言え、古典論でも重力の計算は、三体以上になると
というわけで、実は僕らには見事なくらい共通な話題がなかった。それでも恋愛感情があればそんなことは何の問題にもならない。僕はそう思っていた。
だけど……
時間が経つにつれ、恋愛感情というものはどうしても冷めていく。
僕らの気持ちはすれ違うようになっていった。どちらかが研究に行き詰っていたとしても、互いに何かアドバイスをしたりすることができない。次第に口論が増え、全く口を聞かない日もあるくらいだった。
そして。
僕らは二人ともポスドクの任期終了を迎え、新たなポストを探さなければならなかった。幸い、僕は広島大学のポスドクのポストを得ることができた。だが、彼女が選んだのは千葉大学の科研費研究員だった。広島と千葉では、もはや一緒に住むわけにはいかない。というより、もう僕たちは互いに一緒に住む意味を全く感じていなかった。それくらい、僕らの関係は冷え切っていたのだ。
「私たち、別れましょう」
最初にそう言ってきたのは彼女の方だった。
「ああ。そうだな」
僕もあっさりと同意した。
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「それじゃ、元気でね」
「ああ、君もな」
引越しの日。二人で住んでいたアパートの玄関の前で、僕らは最後の挨拶を交わした。そして互いに背中合わせとなり、そのまま反対方向へと進んでいく。どこまでも、どこまでも。
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