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吸血鬼に血を吸われれば下僕になる。同じ吸血鬼になる。死ぬ。様々な伝説もある。夜辺さんがどのタイプの吸血鬼かはわからない。でも、わたしが吸血鬼に血を吸われれば、どうなるのは興味がある。
夜辺さんはわたしの腕から垂れる血から目を逸らさず、一歩後退る。
わたしは一歩近づく。
「ほら、夜辺さんって吸血鬼なんでしょ?」
夜辺さんは更に一歩後退る。
わたしは更に一歩近づく。
「や……」
や?
「やめてっ! 私に近づかないでっ!」
響き渡る甲高い絶叫。周囲の生徒が一斉に肩をビクリと跳ねさせ驚く。敵意を剥き出しにわたしを睨む夜辺さんの目からは涙が溢れ出ていた。
クラスメイトは知らないであろう彼女の表情。
知りたくなかった拒絶の表情。
……やってしまった。
「ご、ごめっ」
謝罪の言葉をいい切る前に、夜辺さんの視線から逃げるように、わたしは校門へと走った。どうすれば良いのか分からない。考えが纏まらず、ただ「間違えた」という言葉だけが頭の中を埋め尽くした。
校門を抜けても速度を緩めず、わたしは駆けてゆく。
わたしは浮かれていたんだ。夜辺さんと仲良くなれたことに。クラスメイトは話すことすら難しい彼女が、わたしだけに微笑みかけてくれることに。受け入れてくれたから、何をしても良いと慢心していた。馬鹿だ。
しばらく走ると、足が縺れて転びそうになった。なんとか体勢を立て直して、わたしは足を止めた。呼吸が荒れて苦しい。心臓の鼓動が煩い。ダメだ、止めないと。
何度も大きく深呼吸をする。けれど、走った直後なのと、夜辺さんに嫌われてしまったという不安から心臓の鼓動は治まってくれない。寧 ろ、更に速さを増してゆく。
急に背後から腕を掴まれる。一瞬、夜辺さんが追いかけてきてくれたのかもしれないと期待した。けれど、腕を掴む力は痛いくらいに込められている。
振り返ると、見知らぬ男性がわたしの腕を掴んでいた。
くたびれたスーツを着た中年男性。仕事帰り、いや外回りの仕事の途中なのかもしれない。まじまじと顔を見るが、やはり見覚えはない。ただ、男性の微睡むような、虚ろな目には見覚えがあった。
「や、やめてくださいっ」
「ねえ、どこか、遊びに、行こうよ」
わたしの言葉を聞いていないかのような返答。私に向けているのかどうかすら定かではない空中を漂うような生気のない虚ろな声。
「やめてって、言ってるでしょっ」
精一杯腕に力を込めて、男性の腕を振り払う。
この男の人が誰だかは知らない。わたしの知り合いでスーツを着る男の人なんてお父さんと学校の先生くらいしか居ない。でも、何かに取り憑かれたように、自意識がないように虚ろにわたしを誘う人間は知っている。
――小さい頃にわたしを誘拐した人間。
小学生のわたしは下校中に突然、見知らぬ男の人に背後から羽交い締めにされて家に連れ込まれた。その時は男の人がわたしの服を剥ぎ取る直前に、お母さんに助け出されて難を逃れた。
その男の人と容姿は全く違うけれど、様子はよく似ている。当てられたんだ。
静かな住宅街。そこらの家からは生活感に溢れた声が聞こえる。でも、近くに歩行者は見当たらない。大声で助けを呼べば、誰か出てきてくれるだろうか。
いや、いっそ、やってしまおうか。
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