第31話 初めての二人きりの買い物宣言②
「うわー やっぱりいつ来ても人多いね」
「うん。人酔いしちゃいそう」
改札を出た私たち二人を待っていたのは、道中にひしめく人の波だった。
アパート周辺では絶対に見ないような光景を目の当たりにし、まだ何もしてないのに疲労感を感じてしまう。もうすでに人酔いが始まったのかもしれない。
アパートを出た私たちは、メガネ店を求めて名古屋駅に来ていた。
メガネ店に行くぐらいなら近所で済ませれるのだけど、二人でのお出かけに対し、それではあまりに味気ないと思い、こうしてわざわざ賑やかな場所まで足を運んだのだ。
「それじゃいこ! ナギ! 迷ったらダメだから手繋いであげるね」
「あ……っ、う、うん。でもこの繋ぎ方……」
「ん? なにか?」
「い、いや何でもないよ」
ナギはそう言うと少しだけ顔を赤くしてそれ以上は何も言わなかった。
ふふふ……まずは作戦第一段階ーーさりげなく手を繋ぐは成功。さらにプラスワンで俗に言う”恋人繋ぎ”ってやつに出来たわ。
しかも迷ったらダメという明確な理由も提示してのこの行動。拒否は出来まい。
私自身も緊張するけど、こうすればナギもドキドキして照れてるはず……!
「さて、目的の眼鏡店はどこかな〜」
そして私たちは手を繋ぎながら駅内を歩き、散策マップを見つけて足を止めた。
えっと、メガネ、メガネ。どこにあるのかな。名古屋駅内だけじゃなくて隣接したビルとかの地図もあるから、ここから一番近い所で……。
「あ! あった。隣のビルの4階だって、早く行こっか。ん? ナギ何を見て--」
私がマップを見ている時からナギは珍しく長い間沈黙しており、しかも何を見ているのか分からないが、手を繋ぎながらずっと私達の後ろを注目していた。
ナギが一心不乱に見ている方向を確認してみるとそこには駅内に簡易的なテントで作られた1つの店がある。
「いちご大福……?」
そう看板に書かれたその店は、店の規模感に似合わず長蛇の列が形成されていた。
和菓子……ね。だからナギはさっきからずっと見てて--
「--ねぇ、詩葉--っ!!」
「--キャッ!?」
さっきまで石のように動かず静かだったナギが突然声をあげ、顔を近づけてきたから思わず驚きの声を出しちゃった。
「ど、どうしたのよ、ナギ。急に顔を近づけてびっくりしたじゃない」
驚いたけど、顔と顔の距離はほとんどなかったからナギの顔が間近に見える分にはちょっとだけ得した気分。
「ご、ごめん。で、でもそれより!! 大変なんだよ!! あの"翠江堂"のいちご大福が名古屋駅で売られてるんだよ!? こりゃ一大事だよ!!」
「そ、そんなに一大事なの?」
「そりゃもう。名店だからね……。なんかのイベントでこっちに来たのかな? それとも出張サービスで来たとか? いやもしかしたら……」
そうブツブツと言葉を漏らしながらナギは一人で考え事をし始めた。
昔からそうなのだが、ナギは和菓子の事になると周囲のことが頭から消える。いわゆる集中しすぎてしまうのだ。
こうなってしまったら最後ナギ本人が正気に戻るまで待たないといけないのだがーーちょっと待って。
もしかしたらこれはいい機会なのかもしれない。
和菓子の事しか頭にないナギを私の何かしらの行動で正気に戻せたらそれはつまるところ、ナギにとって愛してやまない存在の和菓子よりも私の方がナギは興味があり、魅力的に思っていると証明されるはず。
それならば行動あるのみ!
「な〜ぎ? 落ち着こっか」
私はゆっくりとナギの背後から抱きついた。腕を後ろからナギの胸の前まで回して、体と体を名一杯密着させつつ、顔もほとんど触れ合うぐらいの距離までナギの顔に近づける。
周囲の目もあって、とても恥ずかしかったが、無我夢中の気持ちでやった。
さぁ、ナギ。私にドキドキして和菓子の事なんか頭から離れちゃいなさい!
「なんだかいい匂い……。もしかしていちご大福の匂いがここまで来てるのか? それになんだか背中に柔らかいものが……。まさかいちご大福のもっちりとした柔らかい感触が体にまで間接的に伝わってきてるのか?」
だ、ダメ……。私の要素がナギの脳内でいちご大福の要素に変換されて私が少しも出てこない。
もはや、ナギの頭の中はあの憎たらしい白く美味しい存在で埋め尽くされているようだった。これ以上やっても期待は見込めないだろう。
……今回は完敗ね。でもこれで勝ったと思わないことよ、和菓子のやつめ。
それからナギは自分の世界に入り込んでいたが、しばらくするとナギはブツブツと言葉を紡いでいたのをやめて静かに店を傍観していた。
様子を見る限りじゃ、考え事をやめてこちらの世界にどうやら戻ってきたらしい。
「ナギ? 大丈夫?」
「あ、詩葉。ご、ごめん!! メガネ店が目的なのにこんな所で足止めしちゃって……も、もう行くから」
「良かったら買いに行く? いちご大福」
「えぇ--っ!!?? いいの!!??」
ナギは、絶叫しつつ目を輝かせていた。
まるでそれは子供がおもちゃを買って貰えると聞いた時の表情、または子犬がご主人からの餌を待っている時の朗らかな表情と同じだった。
もぅ、カッコいいと思ってたら突然、かわいいところも出してくるんだから、ほんとナギを好きになるのをやめられないわ。
「うん。凄く並んでるから買うのに時間かかちゃいそうだけど。眼鏡店はどこにも逃げないからね、時間かかちゃってもいいでしょ。それにあんまりにもナギが食べたそうだったからさ」
「本当に助かるよ、ありがと〜詩葉!! やった、やった〜食べれるぞ!」
ナギは本当に嬉しそうに満面の笑みを溢し、私に向けてくれた。
う、はしゃぐ姿もかわいい。
今のナギを見ていると、今すぐにでも自分の部屋に持って帰りたくなっちゃうわね。
なんならもうメガネとかどうでもいいから、今のナギの姿をずっと目に焼き付けておきたい。
「それじゃ、並びましょ?」
私はナギに抱きつき、そのまま部屋に持って帰りたくなる欲をなんとか我慢しながらナギと一緒にいちご大福の列に並んだのだった。
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