第11話 天使の状況の宣言①
「「ごちそうさま!!」」
少し量が多かった気がする朝の食事を済ませた僕ら三人。
レンはそそくさと皿をキッチンに持っていき、後片付けをし始めた。
食事の準備だけでなく後片付けまで任せてしまってなんだか申し訳ないが、レンが一人でやった方が速いと言って、キッチンから僕らを追い出したため僕と詩葉はインスタントのコーヒーで、少し休憩をしていた。
「ほんと、美味しかったわ! ありがとね、レン」
「お粗末様。ありがたい言葉だ」
ふむ、一応僕もお礼は言っておくか。
「苦しゅうない。よく余を満足させたな」
「明日からテメェの飯は毎食生クリームたっぷりの砂糖菓子にしてやる」
さすがレンだ。
僕の物言いに、もしかしたら飯抜きとでも言うかと思ったが、糖尿病リスクを促進させる食べ物を用意するなんて。
餓死ではなく、早死にさせる方を選び、あくまで食欲を満たしつつ幸せのまま殺しにくるなんて流石としか言いようがない。
普通に殺すより一番性悪ではなかろうか。
「ひと段落着いたところでだ、昨日出来なかった話をしようか」
使った食器を洗い終わったレンは、コーヒーをカップに入れて、そう言いながらソファに座った。
「ん、なにを?」
レンの言った事が何を意味するのか分からない様子の詩葉。
実は、僕もよく分かっていなかったりする。
昨日出来なかった話? なんだろう。
「詩葉、なんでお前ここにいるんだ?」
「なんでって、朝も言ったでしょ? ナギを襲うため」
「それの事じゃない。つーかナギを襲うのそんな重要か? 人生もっと他に重要なことあるだろ。ほら、例えば……燃えるゴミを出しに行くとかとか」
『ゴミを出しに行く』>『僕を襲う為に会いに来る』
本格的にレンと一戦交わる日が近いかもな。
レンの死体を速やかに処理する為に、燃えるゴミの日でも狙うか。
「俺が聞きたいのは、東京にいってるはずのお前がなんで愛知県にいるって事だ。しかもこの部屋の向かいに住んでるときた」
確かに! 当然のように詩葉とは一緒に朝食をとったがよく考えたらおかしいじゃないか。
詩葉は高校卒業後、現役合格した東京大学に進学すべく、地元を離れて東京に向かったはず。
なのに、ここにいるなんておかしな話だ。
「あぁ、そのことね。簡単よ、ナギにアプローチかける為には近くにいないといけないから、こっちの大学に編入したの」
「へ、編入!? 出来るのそんな事?」
大学の編入制度については一応知っているが、確かあれって、ある程度単位とかとったり、二年次からとかだったりなどの条件付きだった気がする。
「うん。ナギ達が通ってる大学の理事長ね、私の家の常連客なのよ。だから話をつけたらすんなりと入れてくれるって言うから、あとは東大にその旨を伝えればオッケー」
「そ、そんな簡単に」
ちなみに、詩葉の実家は地元じゃ、超有名な歴史ある高級料亭だったりする。
足を運ぶお客のほとんどは世の中で有名な人ばかり。
昔、よく詩葉の実家に遊びに行ったと言ったが、今はもう恐れ多くて簡単に行けないだろう。
「言ってもだ。東大とこっちの大学じゃかなり学歴に差があるだろ。お前はいいのか? コイツと一緒にいたいがために、こっちに来るなんて。あっちの方が将来上手くいくだろ」
「んー、別にこっちの大学でも将来私がしたい事ができる道はあるし、それこそ今の時代、学歴だけで見るなんて時代錯誤もいいとこよ。別に東大出たからって成功するとは限らないし」
淡々と詩葉は語る。
いつの間にか真面目な顔とトーンになってるからこりゃ本気だな。
「今、世の中で活躍してる人の全員が全員良い大学を出てるなんて事はない。でももちろん学歴重視が悪いとは言わないわ。それまで頑張ってきたっていう客観的な証拠にもなるからね」
この人、本当にさっきまで僕のベッドにいた人? 変わりよう凄くない?
「つまるところ、あっちに行けば、確かに成功する可能性は上がる。でも結局、その人が将来何を成したか……が重要でしょ」
「ご、ごもっともです」
「いっときの感情で、他人の家の鍵開けて侵入してきた奴の発言とは思えないな」
詩葉の思慮深さを改めて確認させられた気がする。
「でも、詩葉の親はよく許したね」
「ぜーんぜん、最初は大喧嘩したわよ」
さっきも言った通り、詩葉の実家は昔から続く高級料亭だ。だからこそ色々な部分でかなり厳格。
それこそ、いっときの感情で、東大からレベルの低い私立大に編入なんてしたら大目玉は確実だろう。
「母さんなんて、『転校なんて許さないし、絶対に東大行け』って言ってきて」
「あぁ……あのお母さんなら言いそうだね」
詩葉のお母さんは料亭の美人女将だったりする。
普段はとても優しいが、昔、詩葉や僕が何か悪さをしようものなら一瞬で修羅の如く怒ったことが多々あった。
子供の頃、それで僕がどれだけちびったか。変えたパンツは数知れず。
あと言うならかなり頑固なのだ。自分が言った事は絶対に曲げない。自分の意見は絶対に言い聞かせるし、反抗したならその倍で返す。
……思い出したら、少しチビってきた。
「私もムキになったから、母さんの言う通り大学に行ってやったわ、、、一日ね。それで言ってやったの、母さんの言う通り大学には行ったからいいでしょ? ……ってね」
忘れてたが、詩葉もそんなお母さんに似て、かなり頑固だった。むしろそれ以上。
ま、まさかあのお母様に煽り返すなんて。
「それで色々喧嘩してたら結局母さんも折れてね。こうして無事に、ナギ達の大学にも入ったし、ここに引っ越してこれたってわけ」
「波瀾万丈だったね」
あのお母さんを言い聞かせたなんて……凄い。おそらく詩葉の執念深さに負けたのだろう。
「親父さんは、もともと許してくれてたのか?」
「うん。母さんみたいに反対はしてなかった。編入とか名古屋で一人暮らしするのは許してくれてたと思う」
詩葉のお父さんは、結構有名な格闘家でテレビとかでよく試合をしてたりする。
格闘家界ではかなりの重鎮ポジションで、仕事が忙しく滅多に家には帰らないそうで、そんな経緯から僕も直接は会った事がない。
詩葉曰く、お母さんと比べたら全然怖くないし、優しいらしい。
「でも、やたら聞いてきたわ? 『住所教えろ、住所教えろ』って」
「そりゃそうだろ。愛する娘が心配なんだから娘の住んでる場所ぐらい知りたいだろ」
「ううん、違うわ。教えろ、教えろっていうのは私の住所じゃなくて、ナギの住所よ」
「え?」
なんで僕の住所?
普通、娘の詩葉の住所を知りたいでしょ。
「なんか、凄い剣幕で、『詩葉の将来めちゃくちゃにしたそのボケナスの住所を教えろ』って言ってきたの」
「それ絶対編入や一人暮らしの事、許してないよね!? むしろ完全に怒ってるし!!」
ひ、ひぇぇーーっっ!!
まさか格闘家を怒らせるなんて!!
た、確かに僕のせいで、詩葉は東大から全く違う場所に路線変更したから僕に恨みを持つのは分かるけど……!!
「まぁ、私の住所は知ってるし。私の部屋のその向かいって伝えてるから心配ないでしょ」
「いやいやいや心配しかなくない!? 娘を想う格闘家がこの部屋に殴り込みに来るんだよ!?」
「おぉ……ここでRIZINが開かれるのか、楽しみだな。いつかは生で見たいと思ってたんだ」
「素人対プロだよ!? そんなの一方的になるじゃないか!!」
「ほほぉ、一方的か。これは大きく出たな。プロの格闘家相手に自信満々とは」
『逆だよ!!』とレンにはツッコミたくなるが、そんな事してる場合じゃない。いろんな準備しなきゃ!!
罠は有効かな。シビレ罠を玄関前に仕掛けるか? いやそうしたら誰も通れなくなるし、だったら考えるなら僕の身辺警護か。
「こうしちゃいられない! ボディーガードに那須川天心×3、もしくはSPに岡田准一×5を用意するよ」
僕は必死に準備を進めていたが、直後の詩葉の『先週からお父さんは海外での仕事に出かけてる。むこう一年は戻らない』という言葉を聞き、努力が水の泡となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます