第64話 和解(真希SIDE)

「謝らなくていいよ」

「え?」

「もう謝らなくていいよ」


 巧の表情は嘘を言ってるようには見えない。

 きりっとしていて、その目に迷いはなかった。


 どんなに厳しい言葉をかけられるのも覚悟していた。

 でも、謝れば、最後の最後には巧のことだから許してくれると、思った。


 私が真剣に、謝意を示せば……。

 そんな甘くなかった。


 巧はどこまでも真剣に怒ってた。

 でもそれは、それだけ私のことを信頼してくれていた、ってこと。

 その信頼を裏切った。


 ならこれは必然だ。

 1回謝ったくらいで許されようと。

 今までのような私と巧の関係になれる、ううん戻れるなんて、そんなのは甘かったんだ。


 十文字から助けてくれたから、淡い期待をしてしまった。

 もしかしたら、なんて思ってしまった。


 そうだよね。

 巧は、もしあの場に、私じゃなくて、別の人だったとしてもきっと助けてたよね。


 だって巧は、口ではぶっきらぼうで、口下手で、不器用だけど。

 根は、優しいから。


 だからなんだかんだ言って巧は助けるよね。


 でも浅ましい私は、まだ現実が受け入れられない。

 だから。


 こんな私を、あなたに頼る私を、諦めさせて。


 そんな謝らなくていい、もう終わったことみたいに、分かって、みたいなあやふやな言葉じゃなくて。

 そんなあやふやな言葉じゃ諦められないから。

 あなたと話したい、笑い合いたいって。

 恋人にはなれなくとも、少なくとも友達でいたい。


 そんな夢みたいな、自分で壊した夢を捨てられない私を破壊して?


「……そ、それってどういう意味?」


 私は震えるような声で、巧へお言葉を返す。


「……ん? そのままの意味だけど?」


 巧は何が分からない?とでも言いたげな様子。


 ……そっか。

 納得した。


【さよなら】は、もうあの時言ったから。

 巧はもうそれ以上言ってくれないんだね。

 私が私の手で、終わらせないといけないんだね。


 手が震える。

 でもこれは言わないと、言ってそれでも謝り続けるのが、彼に届けば。

 これは終わりじゃない、始まるための一歩。

 だから、私は進む。


「そ、それって……もう私と話すつもりは無い……っていう?つまりあの告白の時のさよならはそのまま継続…………ってこと……だよね」


 もう最後は言葉にすらなっていなかった。

 でも言った。


 前の私ならここで、泣き叫んで、意味が分からないと、現実を放棄していた。

 屋上の告白の時のように。


 でも今は違う。

 それじゃ、巧とは仲直りできないから。

 昔みたいに、【しょうがないなぁ】って苦笑しながら、話してくれないから。


 だから私は変わるの。


 ねぇ巧。

 知ってた?


 恋をすると男の子は変わるっていうけど、変わるのは男の子だけじゃないんだよ。

 女の子も変わるんだよ?


 巧がかすみ姉さんを諦めきれなくて、自分を磨くために勉強をしたように。

 かすみ姉さんが、男女問わずのファッションセンスとかも磨きながら、でも勉強して有名女子大に入ったように。


 だからこれは私が巧に見せられる最初の一歩。

 私は前を向く。

 現実を直視し、そして私は気づく。


 さぞ冷めた目で私を、冷めた目で見ていると思っていた暗闇の中の巧の表情がそんな顔をしていないことに。


 むしろ困惑して、なにがなんだかわからないといった顔。


 え?なんで?

 どうしてそんな顔をしてるの?


 私何かまた間違えた……かな?


 胸が不安でいっぱいになる。


 そこでようやく巧はあぁと言って、破顔する。


「……あぁ、ごめんごめん勘違いさせた。……違う違う、謝罪をもういらないって言ったのは、お前の気持ちは分かったからもうこれ以上謝らなくていいって意味。そのまんまの意味だよ」


 え?そのまんま?


「……じゃ、じゃあこれ以上話したくない、さよならはもう言った、そう言うことじゃないの?」

「じゃないじゃない、流石に俺もそんなひどくない」

「……そっか」


 良かった。

 本当によかった。


 絶縁宣言という訳じゃなくて。

 でも巧のそれがどういう意味なのかはまだ分かっていない。

 裏切ってくるかもしれない。


「めちゃくちゃ怒っていた、いや違うな。怒りは後か、ただ単純に悲しかった、めちゃくちゃ裏切られた気分だった。何もかも信用できなくなった」


 裏切った、か。

 私がやったことだけど耳が痛い。

 でもこれは私が受け止めなきゃいけない言葉。


 でもなんというか、私に言っているというより、独白って感じもする。


「ごめん、私のせいだ。全てが嫌になるほどに追い詰めたなんて――」

「――いやそれは違う」

「え、あ、あたしのせいでごめ――」

「――いや違う。」


 即答だった。

 なぜかその瞬間だけ、巧の顔がシュンとなった。


「……あ、そう」

「うん」


 そ、そんなに真顔で言われるのもつらいんだけど。


「話を戻すな? めっちゃ悲しかったけど、でもお前の話を聞いて許す、は違うか。なんというかまぁ、お前だけが悪かったわけじゃないって思ったんだ。タイミングがマジで最悪だっただけで、だから怒りが何十倍にもなったってのあった」


 この巧の言い方。

 私の告白のにも何かあった、ってことだよね。


「……何かあったの?」

「ああ」


 多分これが姉さんの言ってたこと。

 私が知らない、巧の傷。


「聞いてもいい?」

「あ、ああ、実は……」


 ゆっくりと巧が話し出すのを待つ。

 言いづらいことだろうから。

 でも待って、出てきた言葉は言葉じゃかった。


「う、……う……ち」

「……え?」


 巧の様子を見れば、巧自身も困惑している。

 ナニカを伝えようとするが、言葉にならない。


「……ぅ……ガァ……あ……日……でぇ……た、はぁはぁ」


 汗が吹き出し、顔色も悪い。


 ナニカ言葉を発しようとするけど、出てくるのは謎の言葉。

 何が何だかわからなかった。

 でも苦しそうなのは見て取れる。


「落ち着いて!ゆっくり息をして!大丈夫だから!」


 立っていられなくて、片膝を立てた巧の背中をさする。


「事情は今じゃなくていいから!話せるときでいいから!だから今はゆっくり息をして!」


 そうして、時間が過ぎてちょっと落ち着く。


「……大丈夫そう?」

「……ああ、助かったありがと」


 でも顔色はまだしろい。

 本調子じゃないことは明白で。


 一つだけ分かった。


 たぶん今巧は無理をしている。

 今しているのは、巧の傷をえぐるようなことなのかもしれない。

 それを身体が拒否してるんだろうきっと。


「……いいよ、言わなくて。多分それは今私に打ち明けるときじゃないんだよきっと」


 私がそう慰めても。

 でも巧は自身の身体に愕然としていた。


「……ごめん、なぜか言葉が出なかった。普通に会話できるのにあの件だけは……」


 巧が珍しく狼狽している。


「で、でもお前が嫌だからとかじゃないから!こ。これは俺の問題だから、いずれきっと言い出すから!!……ごめんそれまで事情を話すのはまってもらっていいか?」


 巧なりに今できる精一杯の誠意なんだろう。

 真剣なのが分かる。


「分かった、待ってるね?」


 だから私は精一杯の笑顔で応える。


「すまん……でも真希あの件についてもう謝る必要はないからな?嘘告白の件も昔の嘘も。それは俺の中でも、かすみの中でももう処理したから」


 そこにあったのは昔と同じ優しい笑顔。


「……ありがとこんな私を許してくれて」

「あぁ」

「……また、私と友達に、なって、くれ、ますか?」


 ここだ。

 ここからがスタートだ。


「ああ、また友達、ちゃんとした友達だ」

「ありがと」

「素直にお礼言えるようになったな」


 辛そうにしながらでも笑顔を浮かべる彼。


 どうしよう、お姉ちゃんの彼氏なのに。

 なんでそんなに優しいのよ。

 ……熱が冷めないよ。


「あ、あとかすみにも感謝しろ?話聞くように言ったのかすみだから」


 その顔は自分の自慢の彼女を紹介する男の顔で。

 つまりその顔はちょっとうざかった。


「分かってる!」


 でもその笑顔は、私が見たかった笑顔でもあった。

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