婚約者に浮気され、婚約破棄するしかなかった僕の話

もふっとしたクリームパン

第1話 夜会にて


「はぁ……」


「ため息つくなよ。幸運が逃げるぞ?」


「…つきたくもなるだろ」


 友人の一人に注意されたが、仕方がないと思う。今夜のこの若い貴族達を中心に開かれた夜会にて、独身の男性陣に囲まれた一人の女子を見る。彼女の名は、ルル・キャメル。輝く金の髪とエメラルドのように美しい緑の目を持つキャメル伯爵家の次女で、この僕、ルーベン・バーナーの婚約者だ。同じ伯爵であるバーナー家の嫡男である僕に、二つ年下の彼女が嫁いでくる予定……だったんだけどな。


「……すまない、ライラ。この状況じゃ婚約の件、解消には出来そうにないよ」


「いえ。こちらこそ申し訳ないわ…。あの愚妹が貴方に迷惑ばかりかけてしまって」


 もう一人の友人である彼女、ライラに僕が告げると彼女も頭が痛いと言わんばかりに眉を顰める。ライラ・キャメルはルルの実の姉で、金の髪とアクアマリンのような青の目をした子だ。ルルが可愛い系なら、ライラは綺麗系。

 ライラとは今年二十歳になる僕と同い年で同級生であったのと、十二歳から通う中等学園と十五歳から通う高等学園での成績を互いに争った良きライバルであった関係もあって、卒業後も僕とライラは親しい仲だった。


「まぁ、アレじゃしょーがないって」


 先程僕に注意してきた友人、ライが僕の肩を叩く。彼の名はラインハルト・アンドレア。アンドレア侯爵家の三男で、ライラの婚約者だ。銀の髪とサファイアのような深い青の目が冷酷なイメージを持たせるが、実際は友人想いの熱い男だった。

 正直に言えば彼とも同級生ではあったけど、相手は格上の侯爵家だし、黒髪で陰気な雰囲気を持つ僕とは仲良くなりそうにないと思っていた。しかし、学生の間にライラの婚約者となった事で僕とも会う機会が増え、今じゃ一番気が合う親友。名前だって、僕の事はルー、彼の事はライと呼び合う仲だ。彼と話しているとたまに世の中は不思議だなって思う。


「僕の両親は僕の意見を尊重してくれるって話がついてるけど、ライラの両親はどう?」


「両親は納得してるわ、ただ前伯爵の祖父母に関しては…全然ダメね」


「そうか…」


 ライラとルルの両親である今のキャメル家当主夫妻はまともなのにな。ルルは幼い頃に大きな病気を患い、当時忙しかった当主夫妻に代わって前当主夫妻である祖父母が何でも世話をしていたらしく、とっくに病気が完治している今もルルには特別甘いのだ。そんな二人がルルに婚約破棄という『傷』をつける事を許すわけがない、か。

未だに前当主夫妻がキャメル家で発言権が強いのも、我が子であるルルの世話を任せてしまった負い目があるからとか。ルルもルルでそんな祖父母に甘え倒しているから、こんな現状になっている。


「破棄の話は今夜にでも両親に話すけど…」


「おお、とうとうルーが本気で婚約破棄する決心をつけたか!」

 

 良かった良かったと何故かライは喜んでいるが、ここは喜ぶ所じゃないと思う。


「せめて解消の方がキャメル家に迷惑かけずに済むかなって思ってたのに…」


「何言ってんだ、アイツはどれだけ注意しても聞かないうえに、前伯爵のじーさんばーさんが何でも甘やかしてかばってんだろ? アイツにそんな気遣い、無駄無駄」


「…ライラの家でもあるし、今年ライが婿入りする先の家でもあるんだぞ。気にするよ」


 キャメル家は娘二人しかおらず、長女であるライラが家督を継ぐ事が決まっていた。そこへライが婿入りするのだから、破棄ともなれば確実にキャメル家を継ぐ二人の負担となる。この大事な友人二人に迷惑をかけたくなかった。

 婚約は家同士の契約でもある。特に貴族間での婚約なんて、国内にある三つの派閥争いに深く関わるものだ。キャメル家は王家派、バーナー家は中立派であり、婚約当初はそこまで大事ではなかったものの、僕とルルの婚約は近年勢いを増して来た貴族派に対する派閥のバランスを取る為でもあったのだ。解消と破棄ではその重みも責任も全く異なる。


「ルーベン、貴方の気遣いは嬉しいわ。でも、貴方が泥を被る必要はなくてよ」


「そうそう! キャメル家なら俺とライラが盛り上げて行くから気にするな」


「…ありがとう」


 明るく笑う頼もしい二人。僕は友人に恵まれているなと心底思った。同時に、恋愛運はなかったか、とも思ったけど。

 広間の中央で無意味に男性と密着して踊る婚約者の姿を見て、またため息が零れたのだった。


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