第8話
「ああ、もうこんな時間か。」
普段の業務に加え、プレゼンのための商品資料を集めていると、いつのまにか定時を過ぎていた。
「急ぎの仕事もねえし、今日も恒例のネットサーフィンでもするか。」
俺は業務終了の連絡を出し、私用のパソコンを立ち上げた。
ーーそういえば、今日も桃奈咲良は配信するといっていた。
つい先ほど、自社商品CMの案に桃奈咲良を起用しようとしていたところだ。
せっかくだから、配信をみながらいろいろアイディアを考えよう。
動画サイトを見ながら仕事にも繋がるなんて、素晴らしいことだな。
……元々そうでなくても見れる日は配信をチェックしようとしていたし、なにより妹を見守りたいという気持ちが一番強いというのは内緒だ。
まあ、見守るっていってもただ見ているだけなんだが…。それに、VTuberの配信でなにか問題が起きることなんて想像できないし、起きたとしても、そもそも妹は俺が配信を見ていることは知らないわけだから、助けられることなんてなにもない。
「お、配信はじまった。」
そんなことをぐるぐると考えていると、桃奈咲良の配信開始通知がきた。
俺は急いで配信を視聴する。
配信はカラオケ配信からはじまった。
当たり前だけど、歌声も歌い方も完全に妹で、まだ学生だった頃に二人でカラオケにいったことを思い出した。
「この曲、家でもよく鼻歌で歌ってたよなあ」
なんだか懐かしい気持ちが溢れ出てきて、俺も思わずその歌を口ずさんだ。
桃奈咲良の配信だっていうのに、懐かしくなるなんて、バカだな、俺。
まるで、妹の配信をみているような気分になっていた自分に渇をいれた。
…いや、妹の配信ではあるんだけどな。
でも、ここに映っているのは妹ではなく桃奈咲良であって、
「当たり前だけど、妹の事は知っていても、桃奈咲良のこと全然知らないな。」
そりゃあそうだ。
だって桃奈咲良がVTuberデビューしたのはつい昨日の出来事で。
俺が知らない、というよりはまだ世の中に知られていないことが多い。というのが正しい。
それに、妹の事は知っていると言ったが、それも一緒に暮らしていたときまでの知識だ。成長と共に、変わっていることもたくさんあるだろう。
「まあ、プレゼンもつくることだし、もっと桃奈咲良について知っていく、ってのも悪いことじゃないよな。」
ーーそれに、桃奈咲良を通じて、今の妹のことだって知れるかもしれない。
…っても、今さら俺が妹のこと知ろうとしてるのって最高に気持ち悪いよな。
絶対に配信をみている事は隠しておこう。
きっと妹もばれたくないだろうし。
「とりあえず、SNSで検索でもしてみるか。」
俺は配信をみながらSNSで桃奈咲良を検索する。配信のコメントは流れがはやくなかなか追うことが難しいし、それに、SNSの方が踏み込んだ事を書き込んでいる人が多いから、いろんなコメントをみることができる。まあ、これは俺の感覚だが。
「ほんと、すげえ人気だな。」
ざっと検索した感じ、俗にいうアンチコメントみたいなものは見つからなかった。
まあ、デビューしたてというのもあるかもしれないが。
ーーでもこの感じだと、妹がもし桃奈咲良で検索したとしても、落ち込んだりしたりすることはなさそうだな。
妹は少し気にしすぎてしまうところがあるからな。これなら安心だ。
そこまで考え、俺って過保護なのかもしれない、と自分に苦笑いをした。
そして、引き続き配信をみながらSNSを確認していたのだが。
「かわいそう…?」
俺は一つの投稿をみて、思わず手を止めた。
そこには、
ーー桃奈咲良、かわいそう。
とかかれた文と、新人VTuber総評という名前のスレッドへのリングがはられてる投稿があった。
俺は思わずそのリンクをクリックした。
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