何処かの誰か

そらいろ

【散文】 嵐の夜

 ピシャン

 雷が独特の音を立てる。

 ゴロ ゴロ ゴロ……

 2秒遅れで雲が唸る。大きな雨粒が勢い良く落ちて、屋根で弾む。


 バラ バラ バラ バラ

 ザーッ

 ごう ごう

 ピシャン

 ガラ ガラ ……

 ゴロ ゴロ ゴロ……

 ザーッ


 風が、雨が、雲が、鳴いていた。屋根に反響した天の音色が、耳をつんざく。

「……うるさ」

 呟いて、彼は身体を起こした。

 時計を見る。午前3時15分。まだもう少し眠らなくてはならない。今日も仕事なのだ。7時には起きて身支度を始めなければ、朝食の時間がなくなってしまう。

 彼はもう一度身体を横たえる。タオルケットを頭まで被って目を閉じた。


 ピシャッ!

 稲光で部屋が昼間のように明るくなる。瞬きひとつの間を置いて、

 ガラ ガラ ガラ ガラ

 どこか近くに落ちたらしい音がした。タオルケットの塊がびくりと跳ねる。


 ブッ ――

 嫌な音がした。

 それは彼の耳にはっきりと届いた。タオルケットがもぞもぞとうごめく。彼は緩慢な動きで、再びベッドに腰かけた。目を擦り、しきりに瞬きをする。


 ザーッ

 ごう ごう

 ゴロ ゴロ ゴロ ……


 外は相変わらず騒がしかった。時折、稲妻で部屋が明るくなる。積乱雲は随分大きいようだった。

 夜闇に目が慣れてきてから、彼は立ち上がった。枕元に置かれたスマホを拾い上げ、充電コードを抜く。ベッド脇の扇風機の前に屈み、手を伸ばす。止まっていた。部屋の隅にあるエアコンを見上げる。こちらも動いていないようだった。さっきの落雷で停電したのだろう。状況を悟った彼は、眠ることを諦めてため息を吐いた。

 彼はスマホのライトを頼りに、キッチンに向かう。冷凍庫から保冷剤をいくつか掴み取り、素早く閉じた。玄関で懐中電灯を手に入れると、その明かりを頼りに自室まで戻る。

 夏。梅雨が明けきらないこの時期は、夜でも暑苦しい。雨のせいで湿度が高いとなおさらである。彼は何か扇げるものを探したが、扇子や団扇などという小洒落たものは部屋にはなかった。本棚の端から引っ張り出したクリアファイルで、彼は暑さを凌ごうとする。保冷剤はどんどん溶けていってしまうものの、無いよりは遥かにマシだった。


 1時間が経っても停電は続いていた。外も相変わらずで、雨と風が唸りをあげている。雷の音は少し遠のいたように思えたが、積乱雲から出る気配はなかった。停電になってから、水も出なくなっている。水を汲み上げるポンプが電動なのだ。彼は飲物を求めて再びキッチンに向かった。幸いにも、ペットボトルの飲料がストックしてあった。冷えていないのは残念だが、停電が続いているので安易に冷蔵庫を開ける訳にはいかない。彼は、1.5Lのペットボトルとマグカップを抱えて自室に戻った。


 午前5時を回る頃、雨音が止んだ。雨粒は小さく細くなり、風も弱くなる。辺りが静かになってくると、思い出したように眠気が襲ってきた。暑さと湿気のせいではなから気怠いのだ。彼は横になり、眠気に身を任せた。



 目が覚めると、辺りは明るくなっていた。

 時計を見る。午前8時ちょうど。

「 ――!?!? 」

 言葉にならない悲鳴が上がる。


 昨夜の嵐が嘘のように、雲1つない快晴の朝だった。

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