「ウイルスは敵じゃない!」〜新型コビト・ウイルス えん罪事件 

笹胆 竜之介(ささぎも りんのすけ)

新型コビト・ウイルス えん罪事件 

みなさん、こんにちは!

ぼくは、小人(こびと)ウイルスの「一九(いっきゅう)」といいます。

専門家の人たちからは、常在性(じょうざいせい)ウイルスとよばれています。

今日は、みなさんのウイルスに対する誤解を解くためにやってきました。


たぶん、みなさんは「ウイルスは、どれも怖い病気をひきおこす、とても恐ろしいもの」だと思っているのかもしれませんが、本当は、この世界にいるウイルスの中で、病気をひきおこすような悪いウイルスは、1パーセントにも満たないぐらい少ないものなのです。


逆に世界の、ほとんどのウイルスは、怖くもなんともないものなんですよ。

人間たちだって、そうでしょう?

人間の中には、たしかに本当に悪いことをする人たちもいるけれど、それは、ごく一部の人たちだけで、世の中の、ほとんどの人たちは、けっして悪い人たちじゃないですよね。


ウイルスだって、同じなんです。悪い事をするウイルスは、ごくごく一部のウイルスだけで、この世界の中の、ほとんどのウイルスは悪い事なんかしないんですよ。


実はウイルスの中には、とても良い事をしているウイルスだって、たくさんいるんですよ。

例えば、海には、海の水をきれいにするウイルスがいるんです。このウイルスたちは海にいる悪い細菌たちをやっつけて、魚たちが安心して暮らしていけるようにしているんです。もし海をきれいにするウイルスがいなかったら、魚たちは海で暮らせなくなって、人間たちだって、おいしいお魚を食べることができなくなってしまうでしょう。


実は、アメリカという国では悪い細菌をやっつけるウイルスを利用して、食べ物を殺菌することがはじめられているんですよ。

このウイルスは悪い細菌だけをやっつけてくれて、人間を食中毒から守ってくれるんだ。

変な薬とちがって、人間が食べても安心なんだよ。


えっ? ぼくが「なにか良い事ができるウイルスなのかい?」という質問かな?


えっと、えっと・・・ぼくは、なにもできないんだ。

本当に、な〜んにもできない。


だから人間たちの中には、ぼくたちのような常在性ウイルスのことを「ただの役立たず」と呼ぶ人たちがいるんだ。


確かに、ぼくは、よいことも悪いこともしない、いや「できない」んだ。

いつも何もしないで好きなときに、ただ、ただここにいて瞑想をしているだけなんだ。


人間の中には、座禅とか瞑想をすることの意味を理解していない人たちや、瞑想という言葉を聞くと、なにか怪しいものだと勘違いする人たちもいるみたいだし、更には「役に立つ・役に立たない」という基準だけでしか、ものごとを考えない人たちもいるみたいだから、ぼくみたいな奴を理解してくれる人は、とっても少ないのかもしれないね。

でも、ぼくが、なにもしないで、ここに、ただいるだけで世界に大きな意味をあたえているんだと思うんだ。


その時、突然後ろの方で「ガチャン」と扉が開く音がしました。

すると白衣を着た男たちと、警察官の服装をした人たちが、ぞろぞろと部屋に入ってきました。


ひとりの警察官の男が、灰色のヒゲが生えた白衣の男に言いました。

「先生、こいつですね」

すると、白衣の男は無言で頷きました。


いまの警察官の男が、令状(れいじょう)とよばれる一枚の紙をとりだして言いました。

「おまえが、小人ウイルスの一九(いっきゅう)だな。クラスター・テロの容疑で逮捕する」

「ぼくは何もやっていません。そもそも、ぼくにはテロなんかできません」

「証拠はあがっているんだ。なにか言いたいことがあるなら裁判で話すことだな」


小人ウイルスの一九さんの逮捕は、世界中のテレビや新聞で報じられました。

世界中の人たちは、一九さんのことを、とても恐ろしいウイルスだと信じました。


そして一九さんは、ろくな取り調べもなく、一気に、裁判所に引っ張られていきました。


「それでは公判を始めます。みなさん静粛(せいしゅく)に」

黒衣を着た裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「被告人の名前は、小人ウイルス一九(いっきゅう)で間違いありませんか?」

「はい。間違いありません」

すると紺色のスーツを着た、検事(けんじ)とよばれる男が、紙に書かれた文章を読み上げました。

「被告人は、世界各地で危険な毒物によるクラスター・テロ事件をひきおこしました。そのために多くの無辜(むこ)な人たちが病気になり、苦しみながら死んでいったのです。わたしたちは、このような凶悪なテロ行為(こうい)を絶対に許しません。裁判長!我々は被告人に対して極刑(きょっけい)を求めます」

ふたたび黒衣を着た裁判長がコンコンと木槌で叩きました。

「被告人、これらの犯罪行為をおこなった事実について間違いありませんか?」

「裁判長!ぼくは本当に何もやっていないのです。ぼくにはクラスター攻撃なんて、そんな大それたことはできません。それに毒物なんか一度も持ったことありません。そもそも、そのようなことは、ぼくたち常在性ウイルスとって自分で自分の首をしめるようなものです」

すると裁判長は大きく頷き、手元のメモ用紙に「一九、反省なし」と書きました。


検事の男がメガネの位置を直してから席を立ち上がりました。

「裁判長、被告人がテロ事件の犯人だということはPCR検査で既に判明しています」


裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「被告人、なにか言いたいことはありますか?」

「もしPCR検査の結果が間違っていたら、どうするのですか」

すると検事の男が目を吊り上げて言いました。

「裁判長、PCR検査は科学的で絶対的に正しいのです。PCR検査が間違うことはありえません」


裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「被告人。科学的にPCRの検査は絶対的に正しく、PCR検査によって、すでに被告人の犯行が明らかになっているということですが、何か言いたい事はありますか」

「裁判長、PCR検査は、遺伝子の情報の、だいたい『300分の1』しかプライマーで見ていないんです」


裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「それは、どういう事ですか?」

「裁判長!これを見てください。この3つの住所は、ぜんぶ同じ住所だと思いますか?」

一九さんは、大きなパネルをかかげて言いました。


-------------------------------------------------------

×××××××××××××栄町5−5

×××××××××××××栄町5−5

×××××××××××××栄町5−5

-------------------------------------------------------


裁判長は手元にあるメモ用紙に「一九、意味の分からない発言をする」と書いた後、コンコンと木槌で叩きました。

「いま被告人が主張している『PCR検査と住所の関係』の話を、一般人にも分かるような言葉で、丁寧(ていねい)に説明してください」

「裁判長!考えて見てください。PCR検査でプライマーの塩基の数を100で設定した場合、ウイルスのRNAの塩基の数が3万もあるうちの、わずか《300分の1の一致だけでPCRは陽性反応を示めす》ことになるんですよ。たったの300分の1だけの一致で陽性になるということは、逆に、たとえ残りの《300分の299が間違っていたとしても陽性になる》ということなんです。もし、それが住所の話だったら郵便物は届くとは思えません」


すると検察官の男が、分厚い紙の束を取り出して言いました。

「裁判長、ここにPCR検査が科学的に正確だということを立証する書面があります」

裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「その書面の内容を端的に述べてください」

「これは国内外の一流大学や公的な研究所の論文です。これらの論文によれば『99パーセント』の確率でPCR検査によって適正な陽性反応の結果が得られた、とあります」


裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「被告人、PCR検査の正確性が99パーセントだということが国内外の一流大学や研究機関で実証済みだということですが、なにか言いたいことはありますか」

「裁判長!その99パーセントというのは違うのです」

「被告人、なにが違うのですか?」

「それは、あくまでも『遺伝子情報を絞り込んだ』場合の話なんです。いま行われているPCR検査では、様々な遺伝子情報が「ごちゃまぜ」のままのものを検体として使っているから問題なんです」


裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「被告人、私たち判事はPCR検査や遺伝子情報についての専門家ではありません。一般人にもわかるような言葉で丁寧に発言してください」

「先ほどの300分の1の一致だけでPCRが陽性反応を示すという問題と、お話しをした住所についての『たとえ話』を考えてみればわかる筈です。例えば、前もって住所地を『大阪府高槻市』ぐらいまで絞り込んでおけば、たとえ『栄町5−5』だけしか判明していない場合でも99パーセントの確率で正しい住所地を特定できるかもしれません。でも、いまPCR検査で行われていることは、都道府県すら分からないというのに『栄町5−5』だけで正しい住所地が分かると言っているのと一緒なんです」


「裁判長!被告人の発言に意義あり!」

白衣を着た灰色のヒゲの男が立ち上がりました。

裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「発言を許します。まずは鑑定人の資格から述べてください」

「はい。私は検察官から指名を受けた鑑定人で、英国レッド・ライアー大学大学院教授の、誤洋(ごよう)油太郎(ゆうたろ)です。被告人のPCRの理解に大きな間違いがあります。そこで私にも、被告人にならって『たとえ話』で説明させてください」


裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「鑑定人の発言を許します。続けてください」

「裁判長!鍵と鍵穴の関係の話と、PCRは同じなんです。まず鍵がプライマーで、鍵穴がウイルスの遺伝子情報と考えてください。それぞれに4種類の塩基による配列があります。そしてアデニンという物質に対してはチミンが反応し、グアニンという物質にはシトシンという物質が反応します。これは、まさに鍵と鍵穴の関係と同じです。それに対して、被告人は住所の『栄町5−5』と『栄町5−5』が一致すればPCRで陽性反応が起こると主張しています。これはアデニンとアデニンで反応する、つまり『鍵穴に対して鍵穴をもって鍵を開けることができるのだ』と主張しているのと同じです」

すると検事の男が拍手をしながら立ち上がりました。

「さすが、誤洋教授の説明は科学的でわかり易い!裁判長!被告人のデタラメな言い訳なんか退けてください」

一九さんが、すかさず立ち上がりました。

「裁判長!ぜんぜん違うんです。つまり300分の1の・・・」

裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「被告人!不規則発言はやめてください」


裁判長が、コンコンと木槌で叩きました。

「被告人小人ウイルス一九に有罪判決を言い渡す。事件の証拠であるPCR検査の結果は鑑定人および検察官の主張するとおり科学的に疑う余地はない。一連のクラスターテロ事件の犯人が被告人の小人ウイルス一九であることはPCR検査の陽性反応により明きらである。そして今回の被告人による前代未聞の極悪非道なクラスターテロ事件は、いかなるつぐないをもってしても、つぐなうことができない卑劣な犯行であるにもかかわらず、被告人には反省する気持ちが、まったく見られない。よって、被告人をアビ○ンの刑に処する」


「裁判長!いまの誤洋教授の説明が本当に分かったのですか?これは、えん罪だ!」



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