別世界からやってきた彼は主人公たりうるのか

@handlight

第1話モテる私は転校生が気になる


 漫画やアニメ等によく出てくる、どこにでもいる平凡な主人公をカッコいいと思ったのは、中学生の頃だった。

 実際には平凡でもなんでもなく、隠された力や特殊な境遇、容姿だって人並み以上にしか見えないことも少なくはないけれど。

 平凡でも非凡でも、いくつかの作品から主人公だけを抜き取って並べた時に、誰が誰だか分からなくなるような彼らでも、私にはとても魅力的に思えた。何故なら──


広井ひろいさん、広井さんてば」

「どうしたの、ともちゃん」

「ほら、また広井さん目当ての男子が来てるみたい」


 教室の外には、落ち着きなくこちらの様子を伺っている男の子達がいた。

 しきりに前髪をいじる者や、それを茶化したり、その隣で興味なさげに腕を組んでいる子ですら私の方をちらちらと見ている。

 そう、私はモテるのだ。勉強もスポーツも全てが優秀。容姿端麗、才色兼備という月並みで味のしなくなったガムのような言葉を、今一度噛み締めて使ってみたくなるぐらいには。


「広井さんは容姿端麗だなぁ」


 でも、普通そんな褒め方するかな。可愛いなぁ、くらいで良くない?

 とはいえ褒められるのはなんだかんだ嬉しいけどね。


「その上……」


 やっぱり才色兼備だ、とかも言ってくれたりするのかな。

 

「おっぱい完備だ」


 落差が酷い。

 月並みどころか新しい造語が出てきたな。ちゃんと二つついてますよ。


 少し話が逸れてしまったが、つまり私は学園のアイドル。物語によくいるメインヒロインと似たり寄ったりな境遇なわけで。

 そんな、自分と似たヒロイン達が出てくる青少年向けの創作物が気になって、中学から高校の今現在にいたるまで色々と読みふけったのち、いつしかヒロインに感情移入してしまい、平凡な男の子、もとい物語の主人公という存在に恋焦がれるようになっていた。

 ──だから、始業の鐘の音共に、先生に連れられてやって来た彼から、私は目が離せなくなってしまったんだ。

 直感のようなもの。パッと見は平凡で冴えないけれど、何か独特の空気を纏っているような。もしこの先、私の日常に心踊る物語が訪れるというのなら、彼こそが主人公であるに違いないと私は確信した。


「それじゃ、自己紹介を頼む」

「はい、僕の名前は伊勢いせ・モーメントかいレイジです。気軽にモーメント改レイジと呼んでください」


 勘違いだったわ。あんまり心躍らないわ。なんだその名前は。


「変わった名前だなぁ」

「どこかの国のハーフなのかな」

「見た目はそんな感じしないぜ」


 クラスがざわめきだっている。

 『改』ってなんなの。バージョンアップ前の伊勢レイジ君とはどこで出会えますか。モーメント改要らないよ。

 ……でも、見た目はかなりいい感じなんだよね。平凡と評しはしたけれど、どちらかというと欠点のない顔立ちで、目にかかりそうな前髪と、白い余白の割合が多い小さめの黒目にグッとくるものがある。なんだか、好きなアニメの主人公にちょっと似てるかも。


「えーと、転校生の席は……」


 教師がざっと教室を見渡した。

 せっかくだし私の近くがいいな。隣同士になんてなったら運命を感じちゃうよね。ちょっと祈ってみよう。

 どうか神様、伊勢くんが私の隣になりますように。前と右の席は既にジャガイモと人参が座っていますが、これらは野菜です。人間の男の子と入れ替えてください。左側は窓なので彼を配置できません。後ろは空いてますが、伊勢くんをチラ見できないので好ましくありません。


「広井」


 おおっ、来た!


「──の反対側に座ってる友杉の後ろだ」


 ……なんで、一度私の名前出した?

 普通は転校生の席って、教室の一番左後ろじゃないの?つまりは私の後ろなんだけども。

 神様には祈りが通じなかったみたいだ。

 友杉智美ともすぎともみ。私の親友で、くりっとした目とゆるふわボブカットが可愛らしいともちゃん。

 彼女が伊勢くんと、何やら楽しそうにお話ししている。

 あぁ、本来なら私がその立ち位置だったはずなのに……

 何がいけなかったのか。クラスメイトを野菜呼ばわりしたからか、はたまた神に欲張った要求をしたためか。

 私は償いとして、隣の席の長身な女の子に声をかけた。


「ねえ、永瀬ながせさん。人参好き?」

「え、何ですか……」


 彼女は少しボサついた頭の、長い前髪を、一旦斜めに流してからこちらに顔を向けた。


「よかったら今日、学校終わった後にカレー屋さんに行かない?」

「と、突然ですね。しかも、わざわざカレー専門店へのお誘いだなんて、広井さんて意外と変わってますね……」


 私もそう思う。ジャガイモと人参からの、安易な発想だったことを否定できない。


「今まであんまりお喋りしたことなかったけど、せっかく隣の席なんだから仲良くしたいなと思って。奢るし」

「いえ、奢ってもらうのは悪いので。でもぜひ行きましょう」


 いつもは大人しい永瀬さんが、どことなくウキウキしているようにに見えた。

 彼女は一人でいることが多い気がするし、誘われたのが嬉しかったのかもしれない。

 次に、前の席の坊主頭の男子も誘ってみたが、私からの誘いが予想外すぎたのか、顔を赤らめながら激しくテンパって、窓の外に転げ落ちたので彼と一緒に行くのはやめた。



 教師達の講義が念仏に変わり、その念仏すら空調の機械音と同化して聞き分けられなくなりそうになった頃、ようやく学生達を開放する自由の鐘が鳴った。


「ともちゃん今日ひま?カレー食べに行かない?」


 私はそう言いながら、帰り支度を始めていた彼女の肩を軽く叩いた。


「うーん、また太っちゃいそうだしなぁ。それに私人参苦手だし……」

「あれ、そうだっけ?」

「うん。あんな蛍光色で甘い物体食べられないよぉ……」


 そんなに嫌いか。人参をそんなふうに表現する人を初めて見たけど、カラフルなアメリカンケーキなんて押し付けたらどんなリアクションになるんだろう。いや、ケーキならともちゃん食べるかな。

 それからともちゃんは、人参に対して創意工夫を凝らした悪態を二言三言ついたあと、ハッとしたように教科書を鞄に投げ入れて教室を後にした。なにやら「約束があるから」とのことだった。

 なんとなしに彼女の背中を見送っている最中に、後ろから覗き込むようにヌッと人影が現れた。


「友杉さんは一緒に行かないんですね」


 ちょっとびっくり。永瀬さんか。背高いなとは思ってたけど、頭一つ分以上の差があるかも。私の身長も女子の平均よりはあるのに。


「そうみたい。二人で行こっか」

「その前にちょっと寄り道を」


 永瀬さんと一緒に前の席の男の子、舞澤まいさわくんが落ちた場所を見に行ってみようということになった。

 そこには花壇があり、人型の跡のようなものが残っていた。


「死体が消えてますね」


 犯人は私になるのだろうか。

 いや、別に舞澤くん死んでないけどね。三限目から普通に授業受けてたし。

 その後、彼女と学校近くのカレー屋さんに向かったところ、お店はつぶれていて、代わりに肉じゃが専門店となっていた。

 カレー屋だった時と店主は同じで、看板には『サバンナに突如現れた肉じゃが専門店』という謳い文句と共に、『肉・ジャガー』と銘打ってあった。

 ださ。

 サバンナどころか部活帰りの学生達も通る恵まれた緩い環境でテコ入れに踏み切ったあたり、経営センスがないように思う。味は良かったけども。

 しかし、カレーから肉じゃがに変えるだなんて、食材が同じだったからという安易な発想に違いない。中身こそ同じだろうが、見た目も味もまったくの別物だというのに。学校帰りに肉じゃがを食べて喜ぶ学生がどれだけいるというのか。

 こうして、私と永瀬さんは美味しい肉じゃがを堪能したのだった。

 

「…………何をやってるんだろう私は」


 永瀬さんと別れた後の帰り道、誰に聞かせるともなく私はそう呟いた。

 本当は転校生の事が気になってたのに、どうしてクラスメイトと、サバンナの家庭料理を食べに行ってしまったのだろう。

 転校初日だし、この辺りの案内も兼ねて伊勢くんを誘えばよかったのに。

 でも、休み時間はずっと永瀬さんに捕まってたんだよね。仲良くしたいと言った手前、無下にもできないし。まぁ、それはそれで楽しかったけれど。

 それに、放課後は放課後で、伊勢くんは既に居なくなっていたような気がする。

 

「まぁ、また明日誘えばいいか。って、あれは……」


 ……どうやら、私の償いは無駄ではなかったらしい。

 巡り合わせよく、反対側の通りを歩いている伊勢くんを、私はこっそりつけてみることにした。

 彼もこっち方面なのかな。もしかすると案外家が近いのかもしれない。

 一定の距離を保ちつつ、こそこそ物陰に隠れながら彼の後を追いかけていく。

 郵便ポストやお店の看板を駆使して身を隠しているうちに、だんだんとノリノリになってきて、店先の呼び込み人形の姿に合わせてポージングしている最中に私は気がついた。伊勢くんは一度も振り向いていないのだから、こんなアホな真似をする必要はないと。それと同時に、通行人の視線が私に集まり始めている事も。

 子供がじっとこちらを見ている。


「……そこの子供。どうして私を見てるの?」


 可愛いから?


「だって変なことしてるから」


 だよね。

 私はなんだか居たいたたまれなくなって、手持ち無沙汰を誤魔化すように鞄を探ってみると、残り少なかったがフルーツアソートのキャンディ袋が見つかった。


「飴は好き?二つあげるよ」

「え、いらない」


 そう言うと子供は走り去っていった。

 子供に冷たくされるのって悲しい。

 私も小さい頃、知らないおじさんに「お菓子あげるからついておいでよぐへへ」とよく声をかけられたっけ。あの時は煩わしいから無視していたけど、今ならきっと、お菓子をくれる人には優しくできる気がする。少しくらいならついて行ってもいいのかもしれない。


「へへっ、そこのお嬢ちゃん。お菓子あげるから一緒に来なよぐふふ」

「行くわけねーだろ」


 なんで高校生の私をお菓子で釣ろうとするんだ。普通現金とかじゃないの?いや、現金でもついていったりはしないけど。

 私は、唐突に話しかけてきたおじさんを後で通報することに決め、急いで伊勢くんの後を追った。

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