冷たい街の、上澄みで

寺田

第1話

橋下の背は高い。

こいつはほんと、邪魔なくらい背が高くて、小柄な私と並ぶとそれが余計に強調されて、社内の先輩達に凸凹コンビって不名誉なあだ名までつけられてしまう。配属された部署の新入社員は私たち二人だけで、どうしても行動が一緒になる。それが嫌だった。

だって、私は背が低いことがコンプレックスだし、わざわざ定規みたいな橋下と並べられて、比較されるのが本当に苦痛だった。こいつ、自動販売機よりもでかいし。範馬刃牙の世界観。

だから私は橋下を見るたびに、「縮め」って心の中で願ったし、住んでるマンションの近くの神社でお参りして「橋下の背があと30cm縮みますように」って呪いまでかけた。

そこまでやってるのに、橋下の身長は縮むことなく、橋下は今日も私に要らないちょっかいをかけてくる。

「たけのこの里食べる?」

昼休みにデスクでお弁当を食べてると、橋下がこっちをみながらむしゃむしゃお菓子を食べていた。会社の入っているビルの売店で買ったらしい袋の中身は全部お菓子類だ。子供か?

「食べない。話しかけてくんな。デスクトップに顔向けて食べろ」

「海老と目が合うんだ」

「あんたがデスクトップの背景を伊勢海老にしてるからでしょ。変えなよ。だいたいなんで伊勢海老なの」

「海老、美味いじゃん。喰らえ、たけのこボム」

そう言いながらたけのこの里を投げてくる。最悪。クソガキ。マジで足の小指折れろ、腹立つ。

「ちゃんと掃除してよ」

床に散乱したたけのこの里を指差す。橋下は腹立つ顔を向けながら、「違いますぅ~。そこから先はマチの領土なので、そこに落ちたものはマチのものですぅ~。治外法権ですぅ~。排他的経済水域ですぅ~」とか叫ぶ。とにかく張り倒したい。マジで。

積極的に無視してお弁当にがっつく。デスクが隣だからって昼休みにも話しかけてくる意味がわからない。こっちは極力、こいつと関わりたくないのに。

「無視するなよマチ~」

「名前で呼ぶならちゃんと発音して」

「え?出来てるじゃん。マチ、マチ、マチ。ほら」

「ダメだって」

私の名前は「真智」なのに、橋下のイントネーションだとカタカナ表記の「マチ」って感じ。直せって言っても直らない。少し上擦ったように橋下の口から飛び出す私の名前は、お父さんとお母さんが付けてくれた「本物の智慧を持った子になってほしい」っていう素敵で大好きな「真智」じゃなくて、小学生がふざけて呼ぶような馬鹿馬鹿しさが滲み出てしまう。

私は橋下を無視して、ソリティアを始める。まだ業務を覚えきれてない愚鈍な私の時間つぶしはソリティアだ。ウィンドウをできるだけ小さくして、Excelの画面で隠すようにカードを動かす。巨大な橋下が壁になって、上司にはそれが見えないのだ。

「きのこの山あげる」

「いらない」

私のデスクにちょこんと置かれた4個のきのこの山を手のひらをブルトーザーみたいにして橋下のデスクへ戻す。体温で溶けたチョコが私の手のひらを汚す。ティッシュくらい敷け。

だいたいなんできのことたけのこ両方買うんだ。味、一緒だろ。こだわれよ、どっちかに。腹立つ。

私の移動させたきのこの山をポリポリ齧りつつ、橋下は午後にあるミーティングで使う資料をまとめ始めた。性格は抜きにして、橋下は仕事ができる。細やかに資料を作成するし、プレゼンも得意だ。そういうところがまたムカつくのだ。

ただでさえ一緒くたにされているのに、仕事の出来も比較されると立つ瀬がない。私はまだ慣れない環境にあわあわしているというのに。

橋下はテトリスの長い棒だ。

色んな形で組み合わさった世間の中を、ただ、落ちてくるだけでぴったりに組み合わせられる。凸凹として、誰かに向きを変えてもらわなければ収まらない私とは違って、橋下はそこにいるだけで居場所が用意されている。

橋下のデスクトップに表示される伊勢海老が呑気にピースサインをしているように見えた。

「今日の飲み会参加するの」

「しない」

「え、なんで?」

「楽しくないし。帰りたい」

「えー、じゃあ、俺と飲みに行こうよ。マチ行かないなら、俺も行かない」

「死んでも嫌」

「うげー、しんだー」

「マジで死ね」

かなりキツイ言葉なのに、橋下はヘラヘラしている。余裕ぶっこいてやがるのだ。ムカつく。イヤホンを耳奥に押し込み、Bluetoothをオンにしてサカナクションを聴いた。橋下のアホみたいな声を山口一郎のボーカルで遮ったし、私のソリティアは捗った。

昼休憩が終わると同時に橋下はプレゼン資料を持って会議室へと向かうので、イヤホンを外して、再びソリティアに興じつつExcelをカタカタとやった。

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