私を撮ってくれる誰か
寺田
第1話
橋下が中東で死んだという報告を受けた。
紛争地帯に馬鹿みたいにズカズカ突っ込んで、現地の若者にピストルだかライフルだかでズトズドやられて呆気なく死んだらしい。橋下が学生時代、動物園の清掃員のバイトをして貯めて買った一眼レフのカメラは粉々になっていたらしい。
その話を俺は池袋の狭苦しい居酒屋のテーブルで大学の同級生の吉田から聞いた。吉田は似合ってもないパーマにツーブロックを入れて、完全に焼きそばパンになった頭で恥ずかしげもなく煙草を吸っていた。
「結局、あいつは何がしたかったんだろうな」
吉田は俺が頼んだチキン南蛮にめちゃくちゃタルタルソースを付けて食っていた。店内は金曜の夜ということもあって混み合っていて、注文したドリンクがなかなか運ばれて来ず、吉田は結構イライラしているように思えた。
「大学卒業してさ、結構いい会社入ったわけじゃん。まあ、向いてるかとかそんなんは別にしてよ。で、それなりの期間勤めてたじゃん。6年とかだっけ?そんでいきなり辞めて、カメラマンになるって海外飛び回って、で、結局モノにならないで、わけわからん死に方してさ、なんなの、マジ」
元々、吉田はあまり橋下のことが好きではないことは知っていたが、それにしても散々なこき下ろし方だった。
「そんな言い方もないだろう」
一応そんな風に注意はするが、俺だって橋下とそこまで仲が良かったわけではないし、橋下が就職を決めた時、「なんであいつがあんないいとこ決めてんだ馬鹿」って嫉妬したこともある。吉田も、好きだった同じサークルの女の子と橋下が卒業間際に付き合ってから、特に橋下を嫌うようになっていた。
死人のことをとやかく言うことは気持ちのいいことではないと考えていたが、案外にして悪口はすらすらと出てくる。死人に口なしと言うけれど、これは正しいのかもしれない。
「橋下って戦場を撮ってたんだな」
「いや、戦場に限ったって訳じゃないな。下品な写真やら、風景の写真も撮ってたって聞くし。結局、中途半端だったってことだろ」
吉田は顔を赤くしてビールジョッキを傾けた。手首につけたガラス製の数珠が照明に照らされて微かに光った。
「まあ、橋下の話はもういいじゃん。それより最近どうよ」
自分から振った話題のくせに、吉田はそう切り上げて職場の後輩の話を始めた。今度、二人でビアガーデンに行く約束をしたその可愛らしい後輩の話をぼんやりと聞いて、中東で死んだ橋下の顔を頭の隅に追いやった。
はっきりとは思い出せない橋下の顔が水を多く含ませた水彩絵の具のようにぼやけた。
銃で撃たれて死ぬ。
この国で生きている俺たちにとって、想像もつかない死に方をした橋下の最期に見た光景はどんなものだったのだろうか。
ほんの少しの感傷と好奇を残して、橋下の死は消費された。
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