貴方を愛しているからside I

なみやより

貴方を愛しているからside I

愛しています。あなたを愛しているからこそ、私は伝えることができませんでした。


 私が、中学生になったときでした。貴方を一目見た瞬間。体が、呼吸が、時が、止まったように感じました。いいえ、実際に止まっていたのかもしれない。そう感じたほど、衝撃的な出会いでした。

 すべてを吸い込んでしまいそうな黒曜石のような瞳。風に吹かれ、一本一本が風をすり抜け、優雅に舞う濡烏の髪。そして、彼女の後ろに舞い散る桜の花弁ら。絵画から飛び出してきたかのような人物。綺麗なんて言葉ではとても言い表せきれない、そんな人でした。


 初めて言葉を交わしたのは、三限目の自己紹介が終わった休み時間の時でした。

 間近に見る彼女はあまりにも繊細で、笑顔は硝子のようにきらきら光っていて、とても直視することさえできなかったことを覚えています。


 机に肘をつき、配られてきていたプリントや教材を片手で雑にまとめ、ほっとひとつき息を吐く。

 「初めまして。自己紹介の時に言っていた好きな曲、私もとても好きなの。たくさんお話してみたいなと思って声をかけてみたのだけれど、良ければお友達になってくれないかな。」

 突然、彼女が私の目の前に現れ、私に話しかけてきた。

 突然のことに驚いた私は、ついさっきまで机に触れていた肘はがくっと崩れ、あわあわとしていると、彼女は少し驚いた顔を見せた後、すぐに小さく笑った。目を細め、口角は柔らかく上がっていた。

 少し間抜けな行動をしてしまったことと、彼女の笑顔があまりにもかわいらしかったので、恥ずかしさで、頭をしばらく上げられなかった事を覚えています。

 それから私たちは意気投合し、学校にいるときも、休日も共に過ごしていきました。


 来年の春を迎え。そして二度目の春を迎える前の冬。





 彼女に好きな人ができたらしい。


 悲しかった。行き場のない感情を無理やり押し込め、ぎこちない笑顔を彼女に向け、話を聞いていた。内心そんな話は聞きたくなくてこころが悲鳴を上げていた。

 「嫌だ、やめてくれ、もうこれ以上聞きたくない。そんなにうれしそうな顔をしないでくれ」と。


 後日、卒業間近の日に、彼女が同じクラスの男の子。あの時、楽しそうに語っていた、あの子に告白されているところを見てしまいました。どうやら、前から両想いだったらしい。私の方が、入学してからずっと彼女のそばにいて、彼女が好きなものも嫌いなものも、何もかも知っていて、私が一番彼女を愛しているというのに。

 私は、彼女の返事を聞きたくなくて、その場から、耳をつぶしてしまうのではないかというほどに、鈍く、骨のようなものが嫌な音を立てるほどに手を耳に押し付け、息が切れてもお構いなしに足を動かし続け、涙で視界がぐらつきそうになりながらも走り続けた。

 それから私は、玄関の扉を勢いよく開け、階段で転びそうになりながらも駆け上がり、自分の部屋につくと、色々なものを詰め込んだ鞄を壁に思いっきりにぶつけ、ノートや教科書、彼女とお揃いのペンの入った筆箱に大切なプリントもお構いなしに散乱させ、そのまま体はうずくませた。

 涙は瞳から零れ落ち、頬を伝い、床に落ち、小さな海をつくる。視界がぐらぐとら揺らぎ平衡感覚を失い、うずくまっていた体はとうとう小さな海を守るようにして倒れる。

 私は、嗚咽を漏らしながら息がうまく吸えず、意識が朦朧とする中、ひたすらに泣いていた。まだ春にもなっていなかったのに、どうしようもなく体が熱かった。

 涙が枯れようとも、ひたすら、ひたすらに嗚咽を漏らしながら、こころが泣いていた。


 翌日、彼女は告白してくれてうれしかったと、好きな人と付き合えたと、とても楽しそうに話していた。

 彼女が楽しそうに語っていた時、私はうまく笑えていたのだろうか。


 中学校卒業の日。彼女はまた、あの日の時のように、桜を後ろにし、風に髪をなびかせ、佇んでいた。手を伸ばし、声をかけようとすると私より先にあの男の子が、彼女の恋人が声をかけていた。二人は笑顔でその場を後にした。

 彼女はとても幸せそうな笑顔だった。

 私は静かに二人の背中を見送ることしかできなかった。行き場のない手は、空をしばらくさ迷ったあと、重力に従って静かに振り下ろされた。


 高校生になった。もちろん彼女とは同じ学校。彼女は頭がよかったので、入試にはとても苦労して取り組んでいたことよくを覚えている。

 恋人のあの子とは別の高校らしい。


 私も彼女も、学校に馴染めはじめていた数日後。珍しく彼女が学校を休んだ。中学生の時は皆勤賞だった彼女が。

 学校が終わった後、私は急いで彼女の家に向かおうとした。家に向かう途中、何故か引き寄せられるよに公園へ視線を動かされた。


 見てしまったのだ。


 彼女の恋人が、彼が、浮気をしているところを。公園のベンチで、女の子と手をつないで座っている。

 私には、どうすることもできなかった。


 彼女の家に着いたとき、出迎えてくれたのは彼女の母だった。彼女の母は、ひどく暗い顔をしていた。

 彼女の母はすぐに私を家へ招き入れ、彼女の部屋へ送ってくれた。

 彼女の母が暗い顔をしていたこと、すぐに彼女の部屋へ送ってくれた理由が、扉を開けた瞬間に嫌というほどに理解した。

 彼女は泣いていた。あの時の私みたいに。もともと綺麗に整理されていたであろう沢山のものたちは散乱していて、当の彼女はベッドの上でうずくまっていた。顔は見えないけれど確実に泣いていた。

 彼女から漂ってくる負の感情の靄が見えてくる。とても悲しそうで苦しそう。いや、そんな簡単な感情じゃない。もっと暗くて、溺れてしまいそうな、そんな感情。

 声をかけるのが怖かった。彼女がどうして泣いているのかを知っているから。

 怖かった。泣きじゃくる彼女を見るのが初めてで、どう話しかければいいのかわからなかったから。

 ただ私は、泣きじゃくる彼女の背に手を当て、優しくさすり、そして抱きしめることしか、私にはできなかった。

 嗚呼、私は無力だと、そう痛感した。

 悔しさで胸を締め付けられ、歯が折れてしまうのではないかというほどに噛み締めた。


 どうやら彼は、本当に彼女のことを思ってはいたそうだが、高校に入学してから会う機会が減り、他の女性へ心が動いてしまったそう。

 彼女が彼と別れたこと、彼女が私の元に戻ってきたことを、少し、うれしいと感じてしまったのは、いけないことだったのでしょうか。

 彼女の不幸を喜んでしまっている私は、私は……私は………。どうかこの感情を、彼女に悟られぬように、二度と思わないように。忘れられるように。

 本当にごめんなさい。


 それから彼女と私は平凡な日常を送った。

 本当に何事もなく、朝登校し、授業を受け、お昼には談笑し、陽が落ちる前には家に帰る。そんな何でもない日々。


 高校三年生。それぞれの未来を決める時期。

私は大学進学を目指し、彼女も志望している大学こそは別だが、同じく進学を予定しているらしい。


 夕方、珍しく今日は寄り道をしている。

 彼女が大好きなアーティストの、CDが販売されたらしい。彼女がお店から出てきて帰り道で談笑していた時。

 突然彼女が顔を覗かせ、視線をこちらへ向けた。

 「ねぇ、好きな人とかいないの?」

 どきりとした。もちろん彼女がいきなり視線を合わせてきたからというのもある。しかし、まさか好きな人に好きな人がいるかと聞かれれば、誰しも焦るものだろう。

 「いないかな」

 内心焦っていることを隠しながら、瞬時に思い付いた言葉をはく。

 「えーB組のあの子。ほら、最近よく話しかけに来てくれてる子。かっこよくない?」

 「あーあの子…」

 かっこいいという感性がいまいち理解できず、はぐらかすような返事をした。だって、男の子を好きになったこと、ましてや、彼女以外に好意を持ったことがなかったから。

 「そっか。じゃあ好きな人できたらいつでも相談してね、わかった?」

 「そのときがきたらね」

 それからは、彼女が買ったCDの事や、最近体験した面白かったことなど、沢山話をした。

 すでに陽が落ちそうになっており、薄暗くなっていたので私は彼女を家へ送り、そのあとは、今日、彼女と沢山話せたことの嬉しさに浸り、鼻歌を歌いながら家へ帰っていった。


 その日、家に帰った私はやるべきことをすべて終わらせた後、ベットに寝そべり、仰向けになって考えた。

 私が好きな人は彼女。それはずっと前から、一目彼女を見た時から変わらない。彼女は私に好きな人がいたら相談してねと言った。

 言えるわけがないよ。だって私が好きな人は貴方。

 もしも私が彼女に好意を伝えたら?

 もしも気味悪がられたら?

 いや、彼女はそんなこと絶対にしない。しないとわかってる。わかっているのに。

 こわい もし 今が 今 この日常が 壊れてしまうのではないかと思うと こわい。

 どうしようもなくこわかった。


 その日はあまり眠れなかったことを覚えている。そして、その次の日も。

 眠れず、隈ができて彼女を心配させてしまったことも。


 最後の体育祭。告白された。

 彼女にではない、私に。よく彼女と私が話していると割り込んできた迷惑な男の子。いや、もう男性と言った方が合うのかもしれない。私がひそかに嫉妬していた男性。だって、彼は私と彼女の時間を邪魔してきていたから。

 好意なんてあるわけがない。むしろ嫌いだ。

 彼は手を私に向けて差し出し、腰を曲げ告げた。「好きです。付き合ってください」と。私は向けられた手を払いのけ告げた。

 「ごめんなさい。私は貴方のことが嫌いだ」と。

 今思えば少しひどい振り方をしてしまったなと、悔いている。

 けれどその子はそんなひどい振り方をされたのにもかかわらず、悲しさと辛い気持ちが混ざった優しい笑顔で私に告げた。

 「わかった」と、ただそれだけを告げた。

 立ち去る彼の背を見ていると少し、少しだけ私まで悲しい気持ちになった。


 「えー!?振っちゃったの!?あの子すごく優しくていい人だって評判だよ。どうして振っちゃったの?」

 「えっそうだったんだ知らなかった…。どうして振ったか…ね。」

 「ほんと、中学生のころから好きな人の話聞かないけど、もしかして他に好きな人がいるとか?それともすでに付き合ってる人がいるの?」

 「いや、付き合ってる人はいないよ。好きな人はまぁ、いるけど」

 「だれ?告白しないの?」

 「いや、なんか告白はいいかな。その人が幸せそうならいそれでいかなって」

 「ふーんそうなんだ。まぁそういう考え方もあるか」

 体育祭の帰り、そんな話をしながら帰っていた。

 確かに彼はいい人だ。それは何となく、噂でも聞いていたし、よくよく考えれば今まで話していた時も、些細な変化や気遣いをしてくれていた。いや、私に好意を持っていたからか?。それにしても、少しでも好意を持たない女の子がいないわけがない。彼は優しいから。

 だが、彼女の事しか眼中にない私は、彼の存在は邪魔でしかなかった。


 それから私は、後日彼に謝罪をし、友人という関係になった。まだ彼は私に対して好意はあるらしいが、「友人という立場でも君を支えることはいくらでもできる。」との事らしい。やはり彼は振られても尚、優しかった。 最初のうちは、周りの人からは恋人同士のように見えていたかもしれないが、日に日に彼と私の接し方を見ているうちに普通の友人だと理解されていった。


 秋には学園祭があり、冬には彼女と彼と一緒に初詣をしに行き、春には皆がそれぞれの夢を叶えに歩みだした。

 それからは定期的に、皆でカフェに集まって雑談をしたり、ショッピングをしに行ったり、遊園地やカラオケなどなど、沢山思い出を作っていった。




 そして突然、彼女から連絡が入った。大学を卒業し、社会人になったときだった。

 ただ一言。「結婚することになりました」とだけ。

 悲しくなんてなかった。むしろうれしくて、すごく幸せな気持ちが溢れ出て、思わず頬が緩んだ。


 披露宴当日。私はいそいそと支度をし、家を出て会場に向かった。

 会場には、彼女の両親や新郎側の両親がいた。ほかにも見たことがある顔がちらほら。とてもやさしそうな顔をした奥様と旦那様だった。とても安心した。とても優しそうなご両親のもとで育ったのなら、新郎もきっとお優しい方なのだろうと、そう確信した。


 新郎新婦が入場する。彼女は黒く艶やかな長い黒髪の映える真っ白な純白のウエディングドレスに身を包み、長く透き通ったヴェールを頭からかけていた。

 私の前を彼女が通る。彼女は私の方を見て静かにほほ笑んだ。初めて見た彼女とはまた違う、大人の女性の雰囲気をまとった彼女。ただ歩く姿が、笑顔が、すべてが私を魅了した。

 彼女は綺麗だ。言葉が、呼吸が、体が、あの時のように、いや、あの時以上に、私は時を忘れてしまうほどに彼女に釘付けになった。


 何事もなく披露宴が無事に終わり、私は彼女の元へ足を運んだ。

 彼女は、控室に一人、ウエディングドレスを着たまま椅子に腰かけていた。


 「披露宴お疲れさますごく綺麗だったよ」

 「ありがとう」

 彼女は少し疲れた様子だったが、静かに、ただ静かに、何かを待っているような佇まいで、座っていた。

 何かを悟っているような、そんな雰囲気。

 「ねぇ私さ、一つだけ、伝えたいことがあってここに来たんだ」

 言葉が喉に詰まってしまいそう。

 けれど、これを言わないと私はきっと後悔してしまう。そう思い、瞳は涙にぬれ、震える声でこう伝えた。






 「愛しています。幸せになってねまどか」


 「ありがとう。私も愛していますあや」






 そう伝えると、涙が溢れんばかりに流れ出し、視界がゆがんでゆく。

 悲しくなんかない、うれしいんだ。彼女が、まどかが幸せなら、私も幸せ。

 けれど、もしも、もしも私が、男性なら、そういつも考えてしまっていた。でも、もういいんだ、彼が私に伝えてくれていたように、友達でも彼女のことを支えられる。

 私は、彼女のそばに近づき、優しくハグをした。私がやさしく手をまどかの背に回すと、まどかも私に優しく手を回し、お互いのおでこをこつりと合わせた。

 ゆがむ視界にちらりと映る彼女も、静かに、涙を流していた、何かを悔やんでいるような表情で。






 そして彼女は、誰にも聞こえない声で、こう呟いた。

 「      」と。

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