第47話 貴婦人の悩み マリアナside

「っもう!ライン様ったら!こんな所でおいたはいけませんよ!」


 廊下を歩いてふと耳に飛び込んできた声。立ち止まり声のする方に視線を向けるとそこには見知らぬ若い令嬢と夫がいちゃついている。


その現場を見ただけでも卒倒しそうなのに、信じられない言葉が私の耳に飛び込んでくる。


「大丈夫だよ。妻はお茶会に出て丸一日帰って来ないのだから。若い頃はマリアナも美しかったが、今は見る影も無い。年老いた女ほど醜悪で敵わない。マーガレット、君は若くて美しい。婚約者のマルクが羨ましいよ。毎晩君を抱けるのだからね」


聞きたくなかった。


私の心に刺さる言葉のナイフ。私が年老いたから、なの?夫婦仲睦まじく過ごしていたと思っていたのに。私の後ろにいた執事は何も言わず扉を閉めて一礼する。


「知っていたのね」


「…はい。申し訳ありません」 


 私はそのまま自室へ戻り侍女達を下がらせる。皆んな知っていて黙っていたのね。知らずにいた私は馬鹿みたい。私だって好きで歳を取った訳じゃないわ!


悔しい。酷い。  


みんな私を笑っていたんじゃないの?年寄りだと。若い娘に乗り換えられた夫人だと。心が抉られる思い。


憎い、悔しい。


…もう、どうなってもいいわ。  





 私は手芸用の箱から鋏を取り出して先程の部屋へ向かう。


ー ガチャリ ー


と無言で扉を開けると目を裸で抱き合う2人が目に入った。2人は突然の事に目を見開きながらも動けずにいるようだわ。…悔しい。


私はその思いでそのままスタスタと若い娘の前に立ち、髪の毛を掴み上げ、鋏で根元から切った。


「あははっ。いい気味だわ!セバス!セバスはいるかしら!」


若い娘はハッと自分の髪が切られた事に気付き悲鳴を上げた。


「奥様、如何いたしましたか。」


駆けつけた執事は目に飛び込んできた状況にいち早く理解した様子で何も答えず私からの指示を待っている。


「このうら若きご令嬢は今から帰るそうよ。馬車を用意して頂戴。マイク!いるかしら!」


私は護衛のマイクを呼び出すと部屋の外で待機していたようですぐに来てくれたわ。


「マイク!ご令嬢をしっかりとお家に送ってあげて欲しいの。相手の親御さんにもしっかりと伝えてね」


 夫は突然の事に唖然とし、何も口を挟めずにいる様子。若い娘に私のドレスを与えて私付きの侍女に着替えさせ、娘はそのまま馬車に押し込まれて帰宅する事となった。


「セバス、私、気分が優れないみたい。これからは1人部屋で食事を摂るわ」


 部屋に戻ってからも怒りと悔しさ、苦しみが混ぜ合わさりその思いは膨らみ続ける。はらはらと流れる涙は止まる事が無いのね。


幸せって一瞬で崩れるのね。


心が痛いわ。苦しい。私は若くないからもう夫も私を見る事は無い。きっと次から次へ愛人が出来るのでしょう?


ー コンコン ー


「奥様、ご令嬢を送り届けて参りました」


「そう、彼女はどこのお家のご令嬢だったのかしら?」


「カーナル子爵家でございました。当主がご在宅だったようでご令嬢の様子を見て顔を青くしておいででした」


「そう。報告有難う」


マイクは報告をしてから部屋を出ようとすると、入れ替わりに夫が部屋に入ってきた。


「マリアナ!すまなかった!許してくれ!」


「何を許せば良いのですか?私は年老いて耳が聴こえ辛くて仕方がありませんわ」


「マーガレットはまだ若いんだ。将来もある。許してやって欲しい」


やはり夫は私より若い娘の心配をするのね。


「セバス、いるかしら?カーナル子爵家に不貞の慰謝料とマーガレットさんの婚約者のお宅に不貞の通知を出して頂戴。この髪は汚いし要らないわ。捨てるか送り届けるか好きにして頂戴」


夫を無視し、控えていた執事は一礼をして手続きに行ったようだ。


「私、仲睦まじく、生涯を添い遂げたかった」


「すまない。私がよそ見をしたばかりに」


「ええ。そうですわね。貴方のせいであのご令嬢は一生を棒に振りましたわ。私の残りの生涯もね。私、子爵家から頂いた慰謝料で傷心旅行にでますわ」



 そうして慰謝料を手に護衛兼従者を1人連れて魔女の森に向かった。言い伝えでは魔女は対価を取る代わりに願いを叶えてくれるというわ。私は若返りたい。見返してやりたいの。



 魔女の家に無事に着くと魔女様は部屋へと案内してくれた。魔女様は若返りの薬はあると言っていたけれど、高額過ぎて買えない。悔しい。私は見返してやる事が出来ないのね。悔しくて涙が溢れだす。


魔女様は私を見かねて副作用が強いが一時的に若返る事が出来る丸薬を用意してくれた。


副作用は強くてもいいわ、寿命が縮んでも。私にはもう何も無いもの。



 私は従者と共に帰宅の途についた。邸の前で恐る恐る丸薬を一粒飲む。すると、暫く経ってから手の皺が無くなっている事に気づいた。早く鏡をみたいわ。


「ただいま戻りましたわ」


邸へ入り、夫の執務室へ入るとやはり前とは違う娘が夫の膝に乗っていた。あぁ、やはり私達はもうお終いのようね。


夫は私の姿を見て驚き、動けないでいるわ。私はこれで最後ね、とまた膝に座る娘の髪を切り、邸へと返した。夫は黙って彼女を見ていただけ。懲りていないのね。

 


「マリアナ、やはり我が妻は美しい」


 それから夫はそう言って夜な夜な私を無理矢理抱いたわ。気持ち悪い。結局、私は嫌がる夫に離縁を突きつけ、夫と不貞相手から慰謝料を貰ったの。


王都でこじんまりとした邸を買い、偶に舞踏会へ出る暮らし。男達は若く美しい女に弱い。


心が抉られるわ。


けれど、男達から貢いで貰い裕福な暮らしは出来ているの。


 丸薬の副作用は飲む毎に強くなるのが分かるわ。私の命も後少ししか無い。身体の自由がどんどん奪われていくの。身体が重く痺れたような感覚。残り少ない命なら行ける所まで行くのもいいわ。


私は舞踏会を利用し、男達の伝を使ってカーサス様に会う所まで漕ぎ着けたわ。カーサス様に会わせようとした男達は私を利用したに過ぎないと分かっているわ。


…分かっているの。



間近で見るカーサス様はなんて素敵なんでしょう。


もう、思い残す事は無いわ。


 そう思っていると光と共に魔女は現れた。カーサス様と知り合いなのね。羨ましいわ。動かなくなった私の身体。そして集められた私と関係を持った人達。あぁ、元夫もいるわ。



 私達は魔女様のお母様の家に連れて来られたらしい。魔女様が帰った後、私達は部屋に運ばれていく。魔女様のお母様は私を見つけると、


「貴女、こうなるまでして若返りたかったの?辛かったわね。貴女だけはこのまま意識を無くしてあげるわ。こんなに多くの人の器が手に入ったんだもの。感謝しているわ」


魔女様のお母様は上機嫌で言った。


…私、辛かったの。


身体は動けないけれど、涙が頬を伝う。そうして私は意識を手放した。私の身体は植物の苗床として使われるのね。



悔いは、無いわ。



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また少しお時間頂きます。m(._.)m

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