第14話 カイン

 俺はエキドナ様の家で日々鍛錬を行っている。少しでもエキドナ様の側に居たいと思う自分がいる。

エキドナ様が俺を救ってくれたあの日から彼女の為に生きたいと思うようになった。


リハビリも終わる頃、エキドナ様に鍛錬を兼ねた魔獣狩りをしたいと願ってみたが叶わなかった。


 しかし、エキドナ様は俺にエキドナ様特製のネックレスを作ってくれた。これまで見たどんな宝石よりも綺麗で俺の為に作ってくれたと思うと嬉しくて仕方がない。このネックレスは肌身離さず付けて生涯大切にする。そしてエキドナ様は鍛錬の相手としてゴーレムを出してくれた。


だが、このゴーレムはとても厄介な奴だった。俺の剣術に合わせて打ち合いをするのだが、不意に横からいくつもの手が伸びて攻撃してきたり、ゴーレムらしからぬ素早い動きで攻撃してきたりする。

そして1番の嫌がらせがギリギリで毎回勝ち逃げしていく事だ。ゴーレムのくせに小癪な奴。


そうして毎日、毎日ゴーレムに今日こそは勝ってやると意気込み鍛錬を行っている。




 困っている事と言えば、エキドナ様はたまに来る来客に無防備で会おうとするのだ。俺は気が気じゃない。いつも来客時にはエキドナ様の側にいてお茶を淹れる役目もこなすようになった。


 エキドナ様は俺の淹れるお茶をとても好んでくれる。ふとした時に幸せを感じるようになったと思う。


 ここは人間の欲望に触れる場所だ。エキドナ様はそれを面白おかしく手伝っているに過ぎない。


この家、エキドナ様と過ごす時間がとても心地よく永遠にエキドナ様と共に居たいと願ってしまうほどだ。


 そんなある日、エキドナ様はガロンを召喚した。ガロンは妖精の一種なのだと言う。毎日の鍛錬に付き合っていたゴーレムはボロボロになってきているのに気付いたようでこの先はガロンが鍛錬を手伝ってくれるらしい。


ガロンは、


「妖精は善悪の感情は殆ど無い。ただ好きか嫌いかで行動する者が多い。ワシがお前さんを鍛えてやるのはお嬢様のためだ。感謝するのだぞ」


と常々言っているが、俺はガロンにもある程度気に入られているのだろう。たまに優しい。

ガロンは人の大きさになり、訓練を行う。やはり人と違いとても強い。そして一日訓練をしても意味がないと言われ、午後からの座学は否応無く始まった。


 座学の時のガロンは手のひらサイズの妖精に戻り、自分で作ったと豪語していた教科書を基に講義が始まる。


質問に答えられない、間違うなどした場合には容赦なくドロップキックが俺の頭に直撃する。一度、やり返してやろうと両手で虫を叩き落とすように飛んでくるガロンを叩こうとしたら『甘い!』と雷撃を食らった。


もうやらない。


 ガロンの座学は俺が今まで学んできた物と大きく違っていた。神からみた王とは何か、から始まり軍神と呼ばれる者の考え方、行動。賢者と呼ばれる者の行動や知識。人間達の行動。国の成り立ちや生活の仕方までありとあらゆる知識を教えてくれた。少しは賢くなったのではないかと思っている。



 ある時、エキドナ様は1人で出掛けてくると足を作ってローブを被り転移して行った。置いて行かれた。


エキドナ様の護衛として日々鍛錬を重ねていたのにまだ合格点にも達していないのか。ガッカリしながらガロンの課題をこなしている。


ガロンは宙を飛びながら、


「カイン、そんなに落ち込むな。お嬢様は母上からの苦情処理の為にお主のいた国に行っただけだぞ。すぐ帰ってくる。


今はまだあの国にお前さんを連れて行けば危険に晒してしまうとお嬢様の判断なのだぞ。まだ心の傷も治り切っておらんのだしな。時期がくれば全てがわかる。そう言うものなのだぞ」


時期がくればわかる?


 俺は不満を抱きながらも課題を続ける事数時間。エキドナ様は近所に散歩にでも行ってきたかのような気軽さで『ただいま』と帰って来た。


俺の不満を他所にエキドナ様はお土産よ、と一本の万年筆をくれた。


よく見ると、親父が大切に使っていた物だった。


金具に擦り切れた文字が見える。年季の入った万年筆。俺が親父の誕生日に送った物。あぁ、エキドナ様はいつだって俺の欲しいものをくれる。敵わない。


 心の奥底に引っかかっている懐かしい記憶や忘れてしまい記憶、色々混ざり合いその日の課題はそれ以上手を付ける事は出来なかった。


ガロンは言わんこっちゃ無いとドロップキックをしてきたが、それ以上は何も言わなかった。




 それから3ヵ月程経っただろうか。久々に魔女の森に誰かがやってきた。俺はいつものように扉を開けると、そこには宰相が立っていた。『お迎えに上がりました。』と。


俺はずっとここに居たい。理解はしているんだ。


唯一の生き残りで王子である俺が国王になる事を。


だが、エキドナ様の側を離れたくない。帰るつもりは無いと告げるが駄目だった。


俺は、エキドナ様に何とも思われていなかったのだろうか。ふとエキドナ様が言葉にしたネックレスに手をやる。特製ネックレス。


これを着けていれば迷わずにこの家にいつでも帰れるのか。エキドナ様はいつでも帰ってきていいと。


俺の心にほわりと温もりが灯る。


 荷物を全て纏める。ガロンも一緒に来てくれるらしい。あぁ、俺は捨てられていないんだな。


ここは俺の帰る場所。今は少し離れるだけだ。


 エキドナ様にしばしの別れの挨拶をすると、エキドナ様は頬にキスをしてくれた。そして耳元で


「全てをやり終えた時に迎えに行ってあげるわ。それまで頑張りなさい。」


そう囁いていた。いつか、迎えに来てくれる。俺の心の闇を照らす一筋の光のようにも思えた。




 それから宰相と共に国に帰り、国を繁栄させるべく働いた。貴族達の願い通り正妃と側妃2人を娶り、翌年には2人の王子。


 その3年後には王女2人と王子1人。子供が生まれ、国も安定した時、ガロンは森に戻ると言って帰っていった。


ずっと側にいてくれた小言の多いガロンだったが居なくなるとまた孤独感に苛まれる。だが、子供達もすくすくと育っていく様子を見てこれで良かったのかとも思う。


 そういえば昔の話を宰相としていた時、宰相が言っていたが、俺を迎えにいくために謀叛を起こした貴族達を捕縛し、処刑したのはエキドナ様だと言っていた。

俺に何も言わない事が優しさだと思ったのだろうか。俺の身を案じ、国に帰す為に行ったと思うと嬉しく思う。






 時は過ぎ、子供達が成長し、国王を譲る事になった。側で支えてくれていた正妃も亡くなり、側妃2人も亡くなった。


俺の寿命も残り僅か。ここ数日、ベッドから起き上がる事も許されない。息子達は心配して誰かしらが俺の部屋に居る。


あぁ、最後にエキドナ様に会いたい。


すると、俺の希望を叶えるように目の前に淡い光と共に彼女は現れた。


「カイン、迎えに来てあげたわよ」


と。


「あぁ。エキドナ様。俺は貴方の側にずっと居たかった。全ての事をやり終えました。もう残す物はありません」


エキドナ様はふふっと微笑み俺の手を取る。部屋にいた息子は何事かと驚いた様子。


「父上から離れろ」


息子のサーバルはエキドナ様を警戒するように柄に手をかけている。


「サーバルよ、良いのだ。ワシは保って残り数日の命。このままエキドナ様と一緒に行かせておくれ。ワシは今、ここで亡くなった事に。最後の願いだ。」


息子は苦悶の表情を浮かべていたが、残り僅かな命と知っていたため納得してくれたようだ。


「ふふっ。サーバルと言うのね。カインにそっくりだわ。父のように賢王を目指しなさいな。じゃあね。さよなら」


俺はエキドナ様に手を取られ転移した。


帰りたかったこの家に。やっと帰ってきた。


俺は今人生で1番幸せを感じている。

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