9+1

ヤチヨリコ

Gone,Gone,Gone

 氷室義人は昼十二時以降にカプチーノを飲む人間が嫌いである。従って、日が暮れてから急に降り出した雨から逃れるために入ったファミレスのドリンクバーでカプチーノを選び、あまつさえ氷室の前で飲みだすような彼女は嫌いということになる。

「俺は君を心底軽蔑するよ」

「はあ。そうですか」

 どうでもいいことのようにカプチーノの泡をすすり、ひげを作る彼女。

 彼女――不動はつねは、澄んだ目をしていた。これでカプチーノさえ飲んでいなければ、完璧であったというのに。

「あたしはね、あなたの好き嫌いに付き合ってられません」

「俺とは距離を置きたいと」

「……あなたがしたいならそうすれば」

 不動は店員を呼び、会計をしたいと伝えた。

 ああ、そういえば、いつの間にやら雨が止んでいる。

 星々が浮かぶ夜空に真珠のような月がぽつんと浮かんでいた。それを誰かに共有したくなった。ただ、それだけだ。

 不動と同じタイミングで立ち上がり、不動と同じ道を行く。しばらく歩くと、不動は振り返った。

「なぁに」

「……今日は寒いな」

「うん」

「……目を閉じて」

「いいよ」

 不動のまぶたが月の光に青白く照らされて、大きい花びらのように見えた。氷室は彼女の片方の手を握った。

「寒いね」

「あぁ」

 不動は目を開ける。彼女のキャッツアイのような目が氷室を見つめた。

「俺は…おまえのヒーローになりたい。誰かのヒーローじゃなく、おまえの。俺は何でもするよ、もし、おまえが望むなら」

「今日はそういう日なのね」

 不動は口角を上げる。

「月は、手に届かないものだから」

 彼女の横顔は子供じみたとも大人びたとも言えない顔をしていた。

 それじゃ、と、不動が言うと、どちらともなく言葉もなしに手を離して、それぞれの道を歩いた。

 氷室は彼女の背中に、月は永遠に綺麗だよ、と呟いた。

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