第188話 黒幕宣誓
古越芽生はとても生き生きとしていた。
いままでの鬱憤を晴らすかの如くぼくはこってりしぼられる。そしてなぜか大矢さんは高笑う。体育祭を中止に追い込もうとしたぼくの計画はあっという間に頓挫し、洗いざらいを白状させられてしまった。
大矢さんは膝から崩れ落ちたぼくの肩に手を置き、どうしてこんなことをしたんですのと存分に探偵気分を味わおうとする。
ぼくは涙ながらに、まあ、涙はまったく出てこなかったのだけれど。佐野くんの事故が気がかりだったからと正直に告げた。たんなる事故じゃないのかもしれないと、そんな噂を聞いたとも付け加えておいた。
落ちたくはないし、怪我もしたくない。ぼくは筋肉痛にだってなりたくない。佐野くんのいないピラミッドはピラミッドと呼べるのかと、彼が参加しないとまるで意味がないとまで口走ったような気もする。
身の安全が保証されてない体育祭は中止すべきだという、ぼくの真摯な訴えはざんねんながらも却下されてしまった。
ただ古越さんは考えてみるとも言った。なんとしてでもぼくが嫌がっている組体操をぼくにさせるため、方策を練るそうだ。権力者と密接な繋がりがあるというのは、やはり心強いものだなと実感する。
繋がり方がこれで良いのかは知らない。
生徒会室をつま弾くかのように追い出され、とぼとぼと教室に戻っていく間にも、
「ですわ、ですの」
とお説教は止まらなかった。
「良いですこと、守屋さん? 悪いことをして良い結果を得ようだなんてしていてはダメなのですわよ。わかりまして?」
元同士の言葉とは骨身に染みるものだ。正論すぎて返す言葉もない。こないだまでこちら側に片足突っ込んでいた身とは思えないほどの転身ぶりで、いっそ清々しい。
「それはまあ、そうなんだけどさ」
とは言え、すでに賽は投げられている。もうぼくひとりの話でもなくなっていた。新しい同士もいることだしさと口をつく。
「いやあ、でもあとは五郎と二郎が──」
「まあ、お友達もグルですのね。まったくいけませんことですの。お止しなさいな」
ブンブンと腕をふり回す大矢さんの背後では、生徒会室へと入っていく同士の姿が見えていた。健闘を祈っておくとしよう。あとは任せた。上手くやるんだよ、五郎。おや、二郎だったかな。
よそ見していたせいだろうか。ポカリと大矢さんのふり回す拳が当たった。痛い。
そしてきたる本番、体育祭当日のこと。全校生による願いも虚しく快晴であった。スカッと晴れ渡っている。ぼくの筋肉は破壊と創造をくり返してもうよくわからない状態になっていた。ハイって奴だろうか。
連日の猛練習のおかげで人間ピラミッドの成功率は格段にあがった。先生方の補助も手厚く、片時も離れず見守ってくれていたおかげだ。練習中に何度か崩れることはあったけれども不自然な崩壊はなかった。
犯人グループもまだ大人しくしている。予想通りだ。彼らが狙っているのは本番、今日この時を置いてほかにはないだろう。
どうしたってお披露目の場は補助の手が遠のくものだからだ。ガチガチに固定され身動きもできないコンクリ固めのピラミッドじゃあ、だれも有り難がらないだろう。
主役は補助の先生方ではなく生徒であるぼくらなのだから。補助輪の存在はなるべく目立たぬよう、控えめとするのが必然。それに彼らは恥をかかせると言っていた。
今日、ピラミッドの頂上である和島くんが最上段に足をかけた瞬間が決行のとき。ピラミッドはふたたび音もなく崩れ去るのだろう。そうとしか考えられなかった。
きゅっと白いハチマキをおデコに結ぶ。
宣誓しよう。このハチマキが血で染まらぬよう、赤組に寝返ることがないように。黒幕シップに則り、正々堂々はちょっと難しそうだから、ええと──。
「なあ守屋、ポケットから何か出てるぞ」
「ん、ああ。ハンカチだよ」
と覆面マスクをポケットに押し込む。
──とりあえず、がんばります。
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