第186話 かつての同士

 バタバタとして準備に明け暮れていく。なにせ体育祭までもうあまり時間がない。策を巡らせ、罠を張り、抜かりはあるまいかと何度も何度も試算する日々を過ごす。


 それはひとの身の安全に関わることだ。失敗が許される話ではないのだ。慎重に。


 誰がなにを思い、なにを考え、どう行動するのか。そのひとになった気持ちで考えてひとつずつ高く、高く組み上げていく。ぼくの描く未来がまるでピラミッドのように高く積み上がった頃には準備が整った。 


 よし、これでいいだろうかと腕を組む。細工は流々、あとは仕上げを五郎二郎だ。


 はて、ぼくはなぜ仕上げをこの五兄弟に任せるようになっているのかを知らない。きっと仕上げが上手なふたりなんだろう。あとの三人兄弟はどこにいってしまった。


 ようやく落ち着けたぼくは教室で、謎の五兄弟の秘密を解き明かしてやろうと頭をフル回転させていた。だけど、平穏な日々とはじつに儚いものである。


 バシン、という音と共に開かれる扉。


 大矢さんがのっしのっしと大股でやってくる。珍しくもぼくの席の前で止まった。ビシッとひとのことを指さし、糾弾する。


「守屋さん、見損ないましたわ。いいえ、違いますわね。見損なっていましたの」


 随分な物言いじゃないかと確認する。


「それは、『ずっと』という意味かな」


 コクリと肯いた。なるほど、ならば。


「大矢さん。変わらないでいてくれる存在ってさ。有り難い存在だと思わないかい。大切にしていきたいものだよね」


「──そういう話も聞きますわよね」

 と小首をかしげていく。


「ダメ、恵海ちゃん。騙されてるよ。それは良い場合にだけ使う言葉なの」


 ありゃ、惜しい所だった。鬼柳ちゃんがいなければ、このまま話をはぐらかすことも出来たろうになと悔しがる。ハッとした大矢さんは尚のこと燃え上がったようだ。


 まったく、火に油を注ぐんじゃないよ。


「もう、守屋さんったら。わたくしまた見損ないましたわ。見損ない続けてますの」


 ふぅむ。ぼくはこれからあと何回、大矢さんに見損なわれなきゃいけないのだろうかなと先が思いやられる。


「それでどうしたの、恵海ちゃん」


「おねえさま、聞いて欲しいのですわよ。わたくし偶然にも目撃しましてよ」


 キッとするどい視線がこちらを向く。


「守屋さんがなにか良からぬことを企ててますのよ。この耳でしかと聞きましたわ。体育祭をつぶす相談をなさってましたの」


 あら、と言った顔をしていたら、流石の鬼柳ちゃんも顔を引きつらせて見ていた。


「守屋くん。いくら組体操がイヤだからと言ってもね。まさか本当に──」


 疑いの視線は濃くなる。こりゃまずい。ぼくの用意周到な策があろうことか、かつては同士であった大矢さんの手によって明るみに出てしまおうとしている。


「んだ。諦めで練習しなさい。真面目さ、わるいごどしねぁーでな」

 と何度も肯かれる。


 あやふやではあったけれども、なんだかぼくは諭されているようだったかと思う。それならぼくに残された手はもうひとつしかない。力の限りごねよう。そうしよう。


「ほら、大矢さんも前は乗り気だったじゃないか。それにさ、たしかダークヒーローを格好いいとも言ってたよね?」


「言ったんだども、それどこれどは話が別だ。ぶっ潰す事のどこがヒーローですの」


 まあ、そりゃそうだと納得する。いや、 納得しちゃいけなかったと首を振った。


「大矢さん、ぼくに協力するなら創作ダンスを踊らなくても済むのだよ。どうだい」


 クワッと目を見開き、口をつぐむ。それは心のなかで葛藤しているのだろうか。


「恵海ちゃん、負けないで」


 しかし邪魔が入る。


「……ダメですの! いけませんわ!」


 ぼくは額に手をあて頭を抱え込む。


「ああ、なんてこった。後生だ、見逃しておくれ。せめて生徒会長には言わないで」


 その言葉がまずかったのか。大矢さんは聞くや否や駆け出した。それはまるで早くしないと考えが変わってしまうからと急ぐかのように。

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