第177話 コロコロと
和島くんはこれまで、ぼく以外のひとの間違いをも正してきたというのか。それは男子のみならず、女子にも同じように言ったりもするのかなと思って肩をすくめる。
「そんな風じゃ、もてそうにもないね」
だけど返事は意外なものだった。
「ううん、そうでもないの」
鬼柳ちゃんはキョトンとした顔付きで、ゆっくりと口を持ちあげてほほ笑む。
「守屋くんよりはもてると思うよ」
なぬ、そいつは聞き捨てならなかった。なんでさと問い正す声が、思わず迫真がかったものになっちゃうのも詮無きこと。
たじろぎながらも、鬼柳ちゃんは言う。
「だって間違ったことは言わないし、誰に対してもしっかりハキハキ言うんだもの。それに勉強だってできるし、運動神経もわるくないの。顔だって格好いいし」
「ふぅむ。それはそれは……」
と、大きく息をついて椅子の背もたれにべたりともたれかかる。
それは見事にべた褒めするじゃないか。鬼柳ちゃんはああいう顔がタイプだったりするのだろうか。なんとなく面白くない。ほんのりと尖った口を開き、あきれる。
「いったい何なんだい、その完璧超人は」
「守屋さんとは真逆の存在ですわね」
ホホホホ、と大矢さんは手の甲を口にあてお笑い遊ばす。ものすごく面白くない。
その真逆というのは、完璧超人のどちらにかかった言葉なのかが問題だ。もちろんぼくは完璧じゃなかったからそっちにかかっていたのならば、まあ、しょうがない。
もしや超人にかかってやしないだろうねと疑問視する。超人の反対はなんだろう。はて、末人だったろうか。いや、大矢さんのことだ。変人だとか言いだしかねない。
でも奇人変人の類はそのじつ、偉人と紙一重なんだとも耳にする。だったらそれはもう、『ほとんど偉人』と呼ばれているようなものなんじゃなかろうかと気付く。
「それもありっちゃありかも?」
と首をかしげるぼくに偉人の呼び声が。
「やっぱり変わってますのよ」
ふぅむ、と眉間をモミモミ揉みほぐして首を振る。偉人、偉人だ。これは偉人だと言っているのだからと自己暗示をかける。すると、偉人を呼ぶ声は冷めやまない。
「変人ですのよ。守屋さんは変人ですわ」
とても楽しそう。大矢さんは満面の笑みだ。いい笑顔なのがよけいに腹立たしい。うん、やっぱり無理そうだと反論する。
「待つんだ、大矢さん。ぼくはどうやって体育祭を中止に追い込んでやろうかと目論んでいるほど健全的なんだよ。そんなぼくのどこが変わっていると言う気なんだい」
大矢さんの目の色がくるりと変わった。
水を得た魚のように生き生きとした顔をしている。手のひらを体の前で組んではまるで祈るようにしてすがりつかんとする。邪気が晴れたような清々しい顔をしつつ、邪気にまみれるが如き発言をしでかす。
「それは素晴らしいことですのよ。さあ、守屋さん。体育祭をぶっ潰しましてよ」
言って両の拳を振りあげた。創作ダンスはよほど面白いものになってきているにちがいない。ならばとぼくも拳を握りしめ、エイエイオーとふたりして決起を起こす。
「よし。体育祭、反対運動のはじまりだ」
体育を嫌って、運動をするなんて我ながらにパンチが効いているじゃないか。
ほら、どうだい。やっぱり見たことかと満足気にうなずく。瞬く間にひとりの同士を生み出してしまう力が恐ろしい。ぼくはどちらかというと偉人に近しい側だった。
大矢さんを転がすくらいなら苦もない。ころころと転がしやすかった彼女はきっとぼくの思うがままに、手のひらの上で創作ダンスを踊ってくれることだろう。
むふふ、と悪人面を懐に忍ばせる。
その様子をとなりで見ていた鬼柳ちゃんは机に肘をついたままで呆れ返っていた。
「ふたりとも充分に変わってるわよ」
偉人、偉人。これは偉人の言い間違い。ふたたび自己暗示をかけていたら、手を取り合わんばかりにしていたはずの大矢さんが、パッとその手を突き放した。
「いっしょくたにしないで欲しいですわ」
本当に転がりやすいこった。
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