第135話 朝は何かと
次の日の朝。
あまりの寒さに目が覚めた。起き抜けだったというのに、ぼくの身体はすっかりと冷たくなっていてぶるぶると震えている。
またもやパジャマが寝汗で湿っているみたいだ。昨日はいろんなことを思い出しちゃったからきっとそのせいだろう。当然といえば当然の反応だったのかもしれない。
寝ても覚めても悪夢とは、これ如何に。
尚もガクガクと震えていて、身体の揺れは収まりそうもなかった。寒い。こりゃたまらないやと布団をガバッとマントの様にして羽織り、身を縮こまらせて熱を囲う。
いつもなら布団にくるまると多幸感を感じるものなんだけど、今はぐっしょりと濡れているパジャマが邪魔をする。ピタリと纏わりついて離れない不快感に包まれていたら、階下からぼくを呼ぶ声がした。
「朝よ。起きてご飯食べなさい」
今日も今日とて、母さんが呼んでいる。
もうそんな時間なんだ。お腹も減った。朝ごはんはなんだろうな。気合を入れて、歯を食いしばって起きあがる。濡れたパジャマを震えながら脱ぎ捨てて、さっと着替えを済ませてからリビングに向かった。
父さんもちょうど今から食卓につく所だったようで、同時に席につく。朝ごはんを作り終えた母さんもまもなく合流するらしく、箸は三人分並べられている。今日は全員で揃って朝ごはんを食べれそうだった。
おや。そう言えばまだ、朝の挨拶をしてなかったやと思い出して口にする。
「おはよう、父さん」
と、依頼者さん。
ふたりとも笑顔でおはようと返した。
朝ごはんをすませて自分の部屋に戻り、学校へ行く準備をしているとラインの通知が鳴った。はて、珍しい。鬼柳ちゃんからきている。そこには優しい言葉が綴られていたけれど、ぼくはそっと画面を閉じた。
朝はなにかと忙しいのだ。
まだ眠気の抜けない身体に鞭打って登校していると、小学生の軍団が後ろからワアッと駆け抜けていった。今日も元気いっぱいだね。軍団が見えなくなったあとには、ひとりの小学生がぽつんと取り残された。
と思ったら鬼柳ちゃんだった。
両手でカバンを下げ、晴れない顔をしたままで佇んでいる。ぼくの姿に気付いて、口を結んでは眉根を下ろした。
おおよそ朝には相応しくない面持ちをしているじゃないか。ぼくもひとの事を言えた義理じゃないけれど、元気のない顔だ。そして察する。そうか、解いちゃったか。
探偵だもんね、と。
ぼくのことを待ち伏せていたのだろう。どうやら今日も並んで登校する運びとなるようである。そして相も変わらず手持ちの札はなかった。それは鬼柳ちゃんも同じだったらしく、隣を歩いたままで。
「あのね」
と言ったきり、続く言葉はなかった。
昨日よりも今日の方がずっと気まずい。しかたないと意を決し、声をかけてみる。
「ぼくと家族に何か言いたいことでも?」
ピクリとまつ毛が跳ねた。
その質問で鬼柳ちゃんも察したようだ。むかしの話の推理を長々と聞かされる恐れはなくなったみたいで、ぼくも安心する。朝からその話を聞く気分じゃなかったし、通学に忙しくてそれどころじゃなかった。
だから助かった。
その代わりに鬼柳ちゃんは短くひと言だけを口にする。いまにも泣きだしてしまいそうにくしゃりと顔を歪めながら、彼女は単的に言ってきた。
「守屋くんが家族を壊したわけじゃないと思うの」
息を呑む。
思いがけなかったその言葉に、ぼくは返す言葉を失ってしまった。通学に勤しんでいたはずの足も完全に歩みを止めている。前に進むことを拒んでいるかのようだ。
鬼柳ちゃんは伏し目がちに下を向く。
それはつぎの言葉を言い淀んでいるように思えた。きっと言葉を選んでくれようとしているのだろう。くすりと薄く笑って、ぼくも覚悟を決めた。
「いいよ。頭に浮かんだままの言葉で」
続きを促す。
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