第33話 録画機器

 小さな鬼柳ちゃんは大きな瞳で先輩の事を捉えたっきり、離そうとはしなかった。流されやすい普段の姿は一体どこへやら、紛れもなく芯の通った姿を見せる。


 ふぅん、なるほどね。


 曰く、盛り上がっているのか。いいよ、いいよ。もっと盛り上がっていくとしよう。その調子だよと応援されているとは露とも知らず、彼女の推理は続いた。


「音楽室を借りた事も特別扱いに受け取られたんだと思います。先輩を怪談に喩えた陰口、嫌ですね。そしてどんどんその行為はエスカレートしていったの」


 先輩は身を守る様、ぎゅっと自分の身体を抱きとめていた。彼女が手に持つカメラを指差し、鬼柳ちゃんはそっと口にする。


「いつも使ってる録画機器っていうのは、『カメラ』の事なんですか?」


 ぐさり、と核心をつく。


 先輩は大きく見開いた瞳を静かに閉じ、観念したといわんばかりにゆるゆると首を振った。固く結ばれていたその腕を解き、深く、深く息をつく。


「いや、察しの通りだ。カメラではない。普段はスマホを使って撮影していた。私は今、そのスマホを紛失しているんだ」


 先輩は音楽室の入り口であの月光を耳にした時に、全てを察したのだろう。なぜなら聞こえてきたあの曲は、先輩の弾く月光、そのものだったから。


 怪談話にショックを受けた訳じゃなく、人の悪意に触れてしまったからなのだろう。誰かが先輩のスマホをここに隠している。


 素早く鬼柳ちゃんは自分のスマホを取り出し、先輩に番号を訊いた。そしてすぐに電話をかける。時を待たずに流れるのは、もちろんあの曲だ。聞こえてきた旋律は、先輩のスマホから流れる着信音だった。


 これで、四回目の演奏。


 不気味な様でいて力強くもある演奏は、物悲しくも音楽室に響きわたっていった。それは奇しくも怪談話をなぞり、だれかの何かが死んだ瞬間だったのかもしれない。


 どうやらスマホのバッテリーは最後まで保った様だと安堵する。そして鬼柳みゆ、君にもホッと安堵した。所々は危うい所もあったけれど、名推理だったじゃないか。


 こそり感心すると、彼女は小さな身体でしゃがみ込み、さらに小さくなっていく。そしてピアノの裏に貼り付けられたスマホを手に取ってから、這い出してきた。


 よりによって隠し場所がピアノの裏とは。それはとても皮肉が効いているじゃないか。


 学校でスマホの紛失、だもんな。先生に助けを求める訳にもいかない。そして先輩は一人だったから、電話を鳴らしてもらうのも難しい。探すのは至難の技だった。


 ぼくにも頼らなかったのは、先輩なりのプライドというものだろうか。


「着信履歴をみてください」


 スマホを手渡しながら、探りを入れる。けれど、無駄だ。そこには非通知の表示が並んでいるだけだから。残念だね、ぼくはそんなヘマをしたりはしないんだ。


 非通知の表示を見てもさほど意外そうにはしなかった。彼女も薄々そうじゃないかとは勘付いていたのかもしれない。


「ここまでですね」


 首を傾げ、ちょっと残念そうな顔で言う。まあ、非通知ナンバーを追うのは警察でもなけりゃ難しく、それに今回の騒動。警察に協力を求めるほどの事でもないだろう。


 もしそうなったら困るのは、犯人である誰かさんと、このぼくなんだけどね。

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