探偵見習い
第12話 噂の様式
「こんな噂を知ってるかい?」
探偵好きであるあなた方の耳を、片っ端からタコにしてきた陳腐な問いかけだ。
学校の謎や、摩訶不思議な事件なんかに触れる際、よく使われてきたこのフレーズ。もはや、様式美と言っても差しつかえないなと思う。
え、噂に様式があるのかって?
噂というものはだね。ただふよふよと、浮き草のように漂っている訳じゃあない。それ相応の思惑があるからそこに流れて、いや、流されるものなんだよ。
例えばそれは、ひとの注目を集める手段だったり。もしくはそれは、だれかの評判を落とすべく仕組まれた策略だったり。或いはそれは、探偵を事件へ導く罠だったり、とかね。
考えたことあるかい?
この噂はだれが、なんの目的を持って広めた物かと。考えたことはあったとして、実際に調べたことはない。たぶんそんな所じゃないのかな。
ひとは謎に対し、無関心、だからね。
まあ、ことこれに関しては悪くも言わない。だって探偵も概ね同じなんだから。
彼ら探偵は、噂されたことの解明には積極的に、むしろ精力的に動く方だけれど。噂の発生源が誰なのかまではね。中々突き止めたりしないものさ。
もっともぼくのような人間にとっては、それが逆にありがたかったりもする。
でも、だから、
「この噂、知ってるか?」
と訊かれた時は、興味を惹かれながらもすこし警戒することになる。
はてさて。この噂話はいったいどこの、どなたの、どんな思惑が渦巻いているのかしらと、ね。
「なあ、守屋。聞いてるか」
親愛なる友人が問う。
友人である小林くんは、ぼくの知る限りではいちばんの噂好きだった。とても顔が広く、おまけに大きい。
おや、大きいは余計だったか。
フットワークが軽く、どこにでも顔を出し、ある事ない事をかき集めてくる。退屈を好まない所とするぼくと気が合うのか、仲良くしてもらっている。
「もう知ってるかもだけどさ」
なんて言うけれど、ただの枕詞に過ぎない事は百も承知だ。ぼくは気付いていた。
小林くんの鼻先がやや上を向き、口もとが得意気にほほ笑んでいることを。その表情は自信の現れと取っても構わないだろう。いったいどんな噂話を仕入れてきたのやらと、期待に胸が踊る。
「なんの話だい」
「英語の木村。不倫してるってよ」
「ふぅん、それはおもしろいじゃないか」
すでに警戒は解かれていた。
規制解除、オールグリーン、通ってよし、だ。うむ、我ながらゆるゆるの警戒体制だった。興味本位をむき出しにして訊く。
「相手はだれなのさ」
「それはまだな、調査中だ。俺の勘じゃ、三年、担任の沢田があやしい気がするんだよな。ほら、同じ英語の担当だし」
それは関係あるのかなと、ほほがつる。こと噂に関しては、探偵じゃなかろうとも調べてくれる物らしい。
ならばと、問う。
「へえ。どこ情報なんだい、それ」
「どこって、俺も耳に挟んだだけだからな。先輩が話すのを聞いたんだ。先輩もだれかから聞いた話だって言ってたかな」
思い出す事をすぐに諦め、笑っている。
まあ、そういうものだと、内心ため息をつく。そうしてから笑っておく。朝のホームルームが始まるまでの、他愛ない会話だ。そこに噂の発生源を求めるのは酷、無粋というものだった。
忙しない朝の時間の事。勤勉なるぼくらは遅れることもなく教室へたどり着き、今か今かと先生の到着を待ち詫びていた。
なんてね。
そこまで心待ちにはしてなかったけど、ほどなくして教室のドアは音を立て開く。でも顔をのぞかせたのは、なぜか学級委員だった。
「今日、朝礼あるらしいよ。みんな今から体育館に集合だって」
あれ、まあ。小林くんの噂話が芸能人のそれに置きかわり、ちょいと持て余し気味だったぼくにとっては渡りに船だった。
「いやあ、残念だなあ」
と後ろ髪を引かれつつ、いそいそと体育館に向かう準備に入る。
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