第3話 モグラか、正義か

 だれに言うわけでもない、黒幕の主張。秘めたる胸の内でひっそり、こっそりと。モグラのように。モグラを宿すぼくは、うららかな春の日差しにげっそりしていた。


 本当にきょうは天気がいい。こんなに晴れた日は、空から女の子でも降ってくればいいのにな、とつまらない妄想をしてみる。


 そんなことが起これば、すこしはドラマチックになるというものだろう。猛毒の退屈も、ほんのり和らいでくれる気がする。


 落ちてきた女の子は、生きていても、死んでいても構わない。そこにこだわる気はない。どちらでも楽しめる気がする。


 舞い降りた女の子が生きていれば、とある映画になるだろうし。


 舞い降りた女の子が死んでいたら、ニ時間ドラマになるだろう。


 もしも怪異憑きだったら、三十分アニメになるかもしれない。


 なんてね。すこし物騒な考えだったかもしれない。そんな事を考えてしまうほどに、退屈はぼくを手放そうとしなかった。もう、頭の先からつま先まで、どっぷりと退屈に浸った感覚。


 だから、視界が急に暗くなった時は心底おどろいた反面。すこし楽しみに思ったりした。これからなにが起こるのか。なにが始まろうとしているのか、って。


 柔らかくふんわりした物が、急に頭へ被さってくれば、だれだってビックリするものだと思う。おどろきつつも、きゃあと声を上げなかった事をぼくは褒めてあげたい。


 視界を遮る柔らかい物を手に取り、まじまじと観察してみる。


 これは……、パンツ?

 それとも、ショーツ?

 パンティと呼んだ方がいいかな?  


 呼び方はこの際、なんでもよかったと思うけれど、それを考えるほどにはぼくも取り乱していた。だって、いきなり女性物のパンツが降ってくるとは思わないもの。


 女の子が降ってくればいいなとは考えたけど。これはなんだか、ちょっぴりと違うじゃないか。


 まったく、困ったものだね。


 これじゃあどう転んでも、コメディになる未来しかみえないじゃないか。ふう、とため息をつき、考える。はてさて、このパンツはいったいどこからやって来るものぞ、と。


 洗濯物が風に飛ばされたのかしらと、マンションをふいっと見上げてみる。


 ギョッとした。


 ぼくでなきゃ、見逃しちゃうと思う。だってそれは、見なきゃよかったなと、ぼくも思ったほどだったから。


 視線の先には、ひとりの男。


 ベランダのフェンスに外側からしがみつく、如何にもあやしい男がいた。男はしがみついたままフェンスから手を伸ばし、下着を手に取りカバンの中へと詰めこんでいく。


 おやまあ、これは。まちがいない、彼は下着どろぼうなんだろう。


「なるほどね」

 と、ひとり納得する。 

 

 どこから来たのかと思ったけれど、パンツは彼の落とし物なのだろう。もっとも、彼が文字どおり落としただけで。これが彼の物かどうかは、まだ議論の余地がのこるところだけれど。


 じろり、と下着どろぼうの姿を眺める。下から眺めるぼくには気付かないようで、彼の手は忙しなく動いていた。


 でも、ぼくの興味はそこまでだった。これ以上は、さしたる謎も起こりそうにない。


 犯罪は、いけないことだと思うけども。あいにく、犯罪者と対峙して退治してやろう、と思うほどの熱くもえる正義の心は持ち合わせてはいなかった。このご時世、逆恨みも恐ろしい。


 もうすっかり、興味は失せてしまった。立ち去るかなと考えはじめた頃。下着どろぼうは、あわてた様子でベランダから飛び降りてきた。


 おや、どうしたんだろう。

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