第98話 集団下校

 しかたがない。どうやら、場を乱すしかなさそうだね。すこし暴れてもらおうじゃないか。頼んだよ、ポンコツ探偵ちゃん。


 視界の端に大矢さんの姿を捉えながら、ぼくは言った。


「鬼柳ちゃんは、なにを変だと言ってるんだい?」


 きろりと見上げてくる瞳を、ぼくは何食わぬ顔でスルーする。すると、すぐに味方があらわれた。大矢さんだ。


「そうですわ、みほみほ先輩。今度はいったい、どこが変なんですの?」


 多勢に無勢だ。なにか言いたげな言葉を、思わず飲み込んだのかもしれないね。ひと呼吸おいてから、鬼柳ちゃんは話しはじめた。


「消えた暴走族の話があったじゃない」


「うん、あったね」


 コクリとうなずく。


 大矢さんが、『暴走族の幽霊がいる』と言いはじめた例の話のことだ。暴走族の姿は見えないけれど、音は聞こえてくるという話だったね。


「近隣から苦情が出るほどの騒音なのよ」

 

 鬼柳ちゃんの言うとおりだよ。暴走族のバイクは、とてもけたたましい音がするものだからね。そりゃあ、苦情も出るよね。


「そんな騒音が近付いてくるのに、どうして逃げなかったの?」


 唐津くんは答えない。言葉に詰まったのだろうか、言い淀んでいるのか。


 何もない時なら、気付かなかったという事もあったかもしれない。けれど今は学校からの通達があり、暴走族に注意するように促されている状態だからね。


 気付かないという事はないだろう。


 それでも唐津くんは、

「襲われるまで、まったく気付きませんでした」

 と答えた。


「まるで、騒音が聞こえなかったような口ぶりだね」

 とぼくは言い、大矢さんの方をちらりと見やった。


 ぼくと視線が合った大矢さんは、ハッと何かに気付き、手を口に添え、

「ホーホッホッホ。わたくし、分かりましてよ」

 と高らかに笑った。


「やっぱり暴走族の幽霊なのですわ。音もなく突然あらわれたに違いありませんわ」

 と得意気に言う。


 ゴーストライダー説、再びだね。


 荒唐無稽こうとうむけいな話だと笑い飛ばす事もできるけれど、現状はほかに説明の付け用がないのだからしょうがない。強く否定はできない。


 方や、音だけで姿のみえない暴走族。


 方や、音もなく突如あらわれる暴走族。


 おや、何だか前にも同じような事を考えた気がするな。


 何だったかと思い返していると、唐津くんも、

「幽霊かは分からないけど、そうかも知れない。音は聞こえなかったんです」

 と言うじゃないか。


 いよいよ幽霊説が真実味を増してきたんじゃないだろうか。もちろん、鬼柳ちゃんが本気で幽霊説を信じた、とは思っていないけどね。


 ただ、ハッキリとした説明もまだつかないのだろう。鬼柳ちゃんは目を閉じて考えていたけれど、固まったままだった。


 そうしている間に、始業のチャイムが時間切れを告げた。散り散りに各教室へと戻っていく中、ぼくは耳にしていた。


「幽霊ですの」

 という言葉を。


 そして──。


「……退治しませんと」

 という言葉も。


 聞き間違いだと良いんだけれど、な。


 その後、授業おわりのホームルームで集団下校をするように先生から指示された。なかなかの厳戒態勢を敷くようだった。


 先生が門に立ち、半ば強引にグループ下校を促すそうだ。生徒が襲われたんだからしかたのない事なんだろうね。


 さて、ぼくは誰と帰ろうかな。鬼柳ちゃんと目はあったけれど、女友達と帰るようだったので遠慮しておこうか。


 ぼくも男友達と帰ろうかと声をかけ、数人の友達と下駄箱へ向かった。


 くだらない話をしながら歩いていると、

「先輩」

 と声を掛けられた。


 全員が一斉に声の方を向いたので、声の主は考えたのだろう。一拍置いてから呼び直した。


「もりもり先輩」

 

 吹き出しそうになった。人の事をへんなあだ名で呼ぶんじゃあないよ。大矢さん。


 みほみほ先輩並に、恥ずかしいじゃないか。

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