3「老人」(1)
老人――エドワードは、一言で言うと軍人だった。しかし“元”で、しかもこの街の軍人でもない。
デザキアから砂漠地帯を進んだ先にある砂漠の国の首都『デザートローズ』。そこはデザキアと異なり『陸軍』と形だけの『空軍』があり、エドワードはその陸軍所属だったらしい。
定年により退役した後は、その陸軍に通いながら技術指導等を趣味で行っていたらしい。そんな彼にデザートローズの陸軍は、ある密命を下した。
それがスペンサー邸への侵入だった。侵入の形は武力行使以外ならば何でも良いというとても大雑把な命令で、エドワードは単身、使用人を装って侵入することにしたらしい。
「なんでジジイ一人にそんな命令出すんだよ? もう退役してるんだろ? 軍隊なら他にも適任なんていくらでもいただろうが」
「エイトさんは本当に口が悪いですなぁ。仮にも軍人を目指すのならば、その口の利き方も矯正するべきでしょうなぁ」
口ではそう言いながらも、エドワードに気にした様子はない。心底おかしそうに笑うその姿は、孫を可愛がる老人そのものだ。
今二人は、エドワードが寝泊まりしている宿の一室にいる。スラムと目的地であるスペンサー邸の丁度中間の位置にあるこの宿は、宿のレベルとしても中間くらいの『お手軽で旅人に人気』な当たり障りのないものだった。
「本当でしたら、この街のウリである海を望める港の宿を楽しみたかったのですが、さすがに任務中にはねぇ」
光の少ない漆黒の瞳に少しばかりの感情が浮かぶ。つかみどころのない老人の心境が少しだけ顔を出したような気がして、エイトは横になっていたベッドから身を起こした。
中くらいのレベルの宿と言っても、裕福ではなかったエイトにとって、この宿のベッドの柔らかさは素晴らしい寝心地である。老人一人で部屋を取っていたために、急遽部屋の変更を申し出たが、希望の人数の部屋は満室だったようで、特別に今夜だけは一人部屋に二人の宿泊が認められたのだ。本来ならば罰金ものらしい。
「それにしても商売人ってのはケチだよなー。狭いベッドで我慢して二人で寝てやるって言ってるのに、あんなに偉そうに『特別ですよ』って言わなくても良いだろうがよ。我慢してやってるのはこっちだってのによ!」
先程の宿の店主とのやり取りを思い出し唇を尖らせるエイトに、エドワードは「おや?」と首を傾げて振り返る。彼は部屋の窓辺に立ったままカーテンの隙間から外を窺っていたが、そこから離れながら困ったように笑って言った。
「エイトさんはどうやら、軍隊のことで頭がいっぱいなようですな? 年齢はおいくつでしたか?」
「じ、十五だけど……なんだよ!?」
何を言いたいのかはわからないが、どうやら馬鹿にされているということはわかった。そんなエイトの反応に、あくまで優雅に笑うエドワード。品の良いその立ち振る舞いは、エイトが今まで接したことのないもので、その動作の一つ一つに困るぐらいに目を奪われる。
ティーポットでも持っているのが似合うだろうその細指に誘われるように顔を向けて、それに気付いてなんだか無性に恥ずかしくなって、拗ねるように顔ごと扉に視線を向けた。
「エイトさんは、どうやって子供が出来るか知っていますか?」
「っ!? な、何っ、何言ってんだよ!?」
突然の問いにエイトは思わず、エドワードに顔を向けて――その吸い込まれるような漆黒の瞳に捕まった。この世の闇も、汚れも、苦しみすらも全てを飲み込んだ漆黒だった。年齢の数だけ生きただけでは、きっとこの闇には染まらない。
漆黒の中に幾多の赤を見た気がして、エイトは思わず息を呑み、その赤に己の赤き瞳が溶け込む様を食い入るように見詰める。見詰めたまま、気が付いた時には口づけを落とされていた。
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