2「曲がり角の出会い」(1)
とにかくデミの姿が見たかった。
彼女がスペンサー邸に向かってから一日が経った。相変わらずエイトはこれから先の見通しが立っていない。軍学校に入るには現役合格か、どこかの隊からの推薦がなければならず、武功を立てられる口実がないかと街中をウロウロしているのだが、見回りの軍人に声を掛けられることはあっても、その全てがエイトのことを不審に思ってのものだった。
「オレ、軍人になりたいんだけど……なんとか入れねえ?」
試しに声を掛けてきた軍人にそう言ったら、往来のど真ん中で腹を蹴られた。生まれ育ちというものは隠せないものらしく、それなりに小綺麗な格好をしたつもりだが、相手には素行の悪い人間が喧嘩を売って来たようにしか思えなかったようだ。
やり返したい気持ちをなんとか飲み込んで、もう一度頼み込もうと地面に伏す。両手を硬い地面についたところで、相手から嘲笑の声が途絶えた。頭を垂れたのとさっきの蹴りが効いてきたせいで、胃の中身が逆流しそうになっているが我慢。往来のど真ん中だという恥ずかしさも我慢。最優先事項の前で、そんな小さな物事は問題ではない。
「……そんなに軍人になりたいなら、まずはその言葉遣いを直せ。身体は……鍛えてるみたいだから、来年はわからないな」
予想に反して優しい言葉を掛けられて、エイトはその軍人に向かって顔を上げる。しかし相手はエイトの望む言葉は掛けてくれなかった。エイトを助け起こした軍人は、「頑張れよ」と応援はしてくれたが、そのまま持ち場に戻ってしまう。
こんなにも上手くいかない経験は、エイトにとって初めてだった。しかし、理由はわかっている。エイトにとって今までは、時間に制限が掛かることはなかった。
スラムでの生活も学校生活も、その全ては『いつまでに終わらせるべき課題』ではなかった。しかし今エイトが直面している『軍学校に入らないといけない』という問題は、『一刻も早く』解決しなければならないものだった。
有限の問題に初めて直面し、そして解決の糸口も見つからない。エイトにとって、こんな難関は初めてだった。学年の誰よりも強く、誰よりも褒められたのに、そんな自分が軍学校に入れないなんて。
「デミ……」
情けないことはわかっている。そんなことは重々承知だ。
それでもエイトは自らにとっての元気の源、太陽のような存在の姿が見たくて、彼女の新しい職場へとその足を向けていた。
彼女の暖かい姿を見て、自らに気合を入れよう。遠くからでも存在が見えたら、その愛らしい声が聞こえたら、きっと未来は上手くいくように、また力いっぱいに前進することが出来るはずだ。
スペンサーの住む豪邸は、デザキアの街の中心地から少し離れた高級住宅街にあった。立ち並ぶ家々の全てが広大な庭に囲まれた大豪邸ばかりだ。一家族の居住スペースにするにはもったいない程の範囲を、豪奢な造りの柵が取り囲んでいる。人通りもほとんどなく、この区域全体が上流階級の人間達からなる場所だということをひしひしと感じさせる。
閑静な住宅街はエイトにはとても慣れない空間で、独特の居心地の悪さがある。ここに来る途中の大通りですら、歩いていただけで巡回に目をつけられた。きっとこんなところを歩いていたら、また巡回の人間に殴られてつまみ出されるだろう。
「えっと……確かここを曲がって……」
豪商の家というのは派手なことで有名だ。噂程度の話ではあったが、その家の特徴を聞いていたエイトは、微かな記憶を頼りに目的地へと向かう。
どこもかしこも金と権力を体現したような大豪邸。だが、目的のスペンサー邸はそのどれよりも豪奢で、堅牢な造りをしていた。広大な敷地を取り囲む砂漠の国らしい白を基調とした塀は、邸宅の守りだけでなくその権力を示すように聳え立ち、なんとか高い塀を越えたとしてもその先の庭の様子がわからない。
ここからでも建物の屋根は見えるのだが、その全容は塀の中央――これまた堅牢な造りの門を越えなければわからない造りになっていた。
――砂漠の人間は秘密主義、って言われるのも納得だよな。
他国からの評価をしみじみ感じながら、エイトはなんとか門の向こうにいるであろう幼馴染の姿を見れないかと考える。さすがに真正面で突っ立っているわけにはいかないので、曲がり角から様子を窺うようにして思案中だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます