第2話 崎谷薫

 ▽▽▽▽▽▽


 少年の旅立ちから、時は少々遡る。


 西暦2284年、日本。


 無数の機械がモニターに数値を表示している。


 通常では人目につくはずもない、山岳地帯の奥深くに存在する地下研究所内。今そこには、2つの影が照らされていた。


 一つは白衣を身に纏い、長い赤髪をポニーテールにまとめ上げた女。

 端正な顔に備えられた両の瞳は、慈愛とも悲哀とも言える色を浮かべている。


 もう一つ、相対するは軍服に包まれた青年兵。

 顔はマスクに覆われ表情を知ることはできないが、僅かな穴からは女とは真逆の、激情に駆られた双眸そうぼうが覗く。



「やっと見つけた……崎谷薫さきやかおる!」


 青年は積年の恨みをぶつけるように銃口を向ける。だが女はまるで動じず、むしろ自嘲気味にフッと笑い、自分が死ぬ可能性などまるで考えていない素振りで独りごちた。


「とうとうこんな代物まで駆り出してきたか、だいたい18歳ってとこかな? 目を見た感じなかなかイケメンっぽいけど、惜しいなぁ~、私のツボはそこじゃないんだよ。せめてあと8歳若ければなぁ~」


 そう言うと女は機械の方を振り返り、背中を晒す格好を取った。


 無視を決め込む態度にさらに怒りを募らせたのか、青年がスライドを引く音が研究所に木霊する。

 だが、女は動じない。


「どうせ生け捕りにしろと言われているのだろう? 今になって弾を込めるのがその証拠だ。悪いが脅しには乗らないよ」


「……ッ」


 飄々とした言葉で図星を付かれ、多少狼狽えるが、彼はそれを悟らせないように言葉を続ける。



「お前のせいで何人死んだか分かるか」


「私のせい? 勘違いしてもらっちゃ困るな、みんなが私の技術を盗んで勝手に利用しただけだよ」


「ふざけるなッ! お前が散々、人類を滅ぼすための研究をしていたことは知っているんだ!」


 女は数秒だけ、あの慈愛と悲哀の目で青年を見つめ、納得したように呟く。


「だいぶ教育されてるんだね。そっか、私はそう認識されてるのか」


 そして再び機械を弄りながら話し始めた。


「お姉さんはねぇ~、人殺しなんかじゃなくて、あっちの世界に行くための方法を研究してたんですよ~。まあその過程で作ったモノが、色んな利権に巻き込まれて戦争の火種になったのは間違いないけどね」


 想定とは全く違う状況に、とうとう青年も素が混ざる。


「あっちの世界? 何を言ってるんだお前は…異世界で勇者にでもなるつもりか? ……いずれにしろ、お前の狂った発明も今日で最後だ」


 目前にいる悪魔の科学者を拘束しようと青年が距離を詰める。しかし同時に女も青年を向き直り、やけに嬉しげな声でまくし立てた。


「良いセリフを言ってくれるものだね。ンフフフフ……その通り、ここでの研究はもう最後だろう。ちょうど完成したところだよ、あちら側の世界へ至るための、次元転移装置が! これでようやく、私の願いが叶う」


 女がスイッチを入れた途端、2人を取り囲んでいた機械が発光し、体験したことがないような振動に襲われた。


 光が研究所全体と女にまとわり付いていき、青年だけを取り残して輝きを強める。


「これにておさらばだ! 縁があればまた会おうじゃないか!」


「な……待てっ!」


 何が起きているか分からないが、奴を逃してはいけないことだけは理解している。

 今ここで捕まえなければ、またどれ程の犠牲が出るか、想像すらつかない。


「くそっ、奴が……消える!」


 女は光の中に飲まれ、もはや姿を認識するのも難しくなっていた。


「そんな……ここまで来て……ッ!」


 落胆に顔が曇りかけたその時、青年の頭の中に声が響いた。



 “あなたも付いていてあげて、あの子には、きっとあなたが必要になる。”



 声に驚いたのも束の間、青年の体も光に包まれ、この世界から姿を消した。



────私は、彼らの行く末を見守ることにした。



 ▽▽▽▽▽▽

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