キスを除くありとあらゆる手段を使って例の部屋から出ようとする男女

佐神原仁久

ただしキスをするとは言っていない

 俺は須藤恭介。

 幼馴染の西川桜と真っ白い部屋の中である看板を見上げていた。


『キスしないと出られない部屋』。


「うわー、ホントにあるんだな、こういうの」

「知りたくもなかったけどね」


 んー、と顔を見合わせて。


「キスして出る?」

「出た先はそもそもどこなの」

「誘拐犯にアフターケアを期待する方が間違ってるだろ」

「確かに。じゃあ多分キスしても出れないね」

「だろうな。するだけ損だ」

「減るもんじゃないけど?」

「希少価値が減るし感染リスクが増える」


 まだコロナは依然健在である。

 そんなご時世でよくもまあソーシャルディスタンスガン無視企画を打ち立てられたものだ。


「というかキスしたら出れるとしてさ」

「うん」

「ホントにキスしないと出れないのかな?」

「……なるほど、つまりは」


「「デバッグだ」」


◆◇◆◇


 とりあえず出入り口であろう扉を確認する。


「扉も真っ白」

「ドアノブ一つなし」

「縁取りだけで本当にドアかもわからないレベル」


 しかしここ以外特に何の手掛かりもない。


「じゃあ桜、ちょっとどいて」

「うん」


 俺は扉からソーシャルディスタンスを取ってクラウチングスタートの構え。


 刹那ッ!

 俺の五体は発火……ッ!

 肉体は燃え盛る弾丸と化し……ッ!

 Tレックスを屠ったときの……ッ!

 トリケラトプスを打ち砕いたときの……ッ!

 ブラキオサウルスを怖気づかせたときの……ッ!


 ぐらいのイメージで扉へタックルをぶち込む。


 ドギャアッ!!!


「うるさっ……」

「今のはクリーンヒットだろ! 手応えあったわ」


 健在の扉。


「うっそだろお前」

「やっぱりアンタは馬鹿だ。人類なのだからちゃんとここを使わないと」


 ちょいちょいと自分の頭を指さす桜。


「ほう……俺の脳筋戦法が通用しなかったことは認めるが、お前なら完璧なタクティクスを弾き出せると?」

「当たり前だ。全国模試何位か知ってるかい?」

「15620位」

「正解だ。そしてこれがそんな聡明な頭脳を持った私の手法だ!」


 桜はその場でターンしてスカートを翻す。

 そして次の瞬間、彼女の足元には大量の銃火器が落ちていた。

 そう、スカートの中に収納されていたのだ。


「一体どうやってそんな量の銃火器を……」

「女の子には秘密がいっぱいあるのよ」


 そのうちの一本を手に取って桜が絶叫する。


「こおおの銃火器はあああゲルマン民族最高知能の結晶であり、誇りであるるるうぅうぅぅうう!! つまり、すべての科学を超えたのどぅわぁーーー!!」


 ジャギン!

 そのリロード音は人類の発展と叡智を連想させ、そして戦争の始まりと世界の終わりを告げるラッパの様に聞こえた。


「一分間に600発の徹甲弾を発射可能! 30ミリの鉄板を貫通できる、重機関砲だぁ! 一発一発の弾丸が、そのドアをKE ZU RI TO RU NO DA!」


 ドドドドドドドドドド!!!!


 およそ40秒間銃撃は続いた。

 銃弾も弾痕も薬莢も量産され続け、噴煙とマズルフラッシュに塗れた視界は酷く悪い。


 実に5㎏、3.2m程度の弾帯が打ち切られたときには、反動に耐え続けたためか肩で息をしていた。


「ふっ、これが人類の武器だよ」

「ぱねーわ」

「まあ、これで流石に壊れただろう」


 噴煙が消えると、そこには。


 健在の扉。


「ば、ばかなッ!?」


 膝から崩れ落ちる桜。

 無理もない、俺もタックルが不発と分かったときには同じような気分だったものだ。


「致し方ない、ここは一つ休憩を取ろう」

「うう……そうだな。腹が減っては戦が出来ない。何か食料の持ち合わせはあるかい?」

「生憎何もない」

「私もだ、どうしたものか……」


 そうして部屋を見回すと、真っ白い箱が目に付いた。

 そのカラーリングの所為で分からなかったのだろう。

 材質は不明だが、かなり硬く重い。


 中には、レーションとスポドリが入っていた。


「なるほど、お互い徹底抗戦の構えというわけだ」


◆◇◆◇


 簡単な食事を済ませて一息つく。


「ふう……人心地ついたな」

「そうだね、こんな簡単なものでも人間には食事が重要なのだと実感できたよ」


 忌々しき扉をもう一度見る。


 タックルに銃撃にと人間なら致命傷になるだろう攻撃を複数受けてなお健在。

 RPGで条件をクリアしないと開かない扉のようだ。

 その腰にある伝説の剣でぶった斬れよ、と何度思ったことか。できないのならその扉がメイン盾じゃないのか、とも。


 まあまさにキスをするという条件があるわけだけど。


「ヨシ、今度は俺がやってみよう」

「大丈夫? 策はある?」

「勿論だ。桜よ、お前は先程『人間の叡智を使え』と言ったな?」

「それが?」

「つまりは人間の脳を使え、と言ったわけだ」

「まあ……そうとも言える、カナ?」

「よって、俺の答えはこうだ!」


 俺は食事が入っていた硬い箱に手をかざすと、持ち前の超能力でそれを持ち上げた。


「なるほど、超能力は脳を100%酷使するが故の力! つまり人間の叡智だ!」

「その通りだ!」


 今の俺が出せる最高出力で扉に箱を叩きつける。

 おそらく金属製の箱は容易く木っ端みじんになるも、扉は依然健在。


「よく耐えたな……しかしッ!!」


 放出のやり方を多少変え、念力を熱エネルギーに変換する。

 それはもはや空気が発火するレベルのエネルギーを生み出し、炎の暴走特急が扉に襲い掛かる。


 鋼鉄を蒸発させるレベルの温度だが、扉には何の傷も生まれない。


「高温に耐えるか……ならばッ!」


 更に念力を反転させ、今度一気に冷気を生み出す。

 空気中の水蒸気が瞬く間に凍り付き、その氷片が扉に殺到する。


 高温から低温への高速切り替え。

 どんな物質でも確実に脆くなる組み合わせだ。多分。


 しかし扉は健在のまま。


「くっ! エネルギーの相転移をもってしても無傷か……では、最終手段だっ!」


 それはすべての念力を俺の体に集中させ、肉体の全てを強化する。

 もはやあらゆる生物をぶっちぎりで超越した俺の体は再度発火し、今度こそ恐竜連中を蹂躙できる暴虐を伴って扉に激突する。


 念力で肉体を強化して、その出力のままにタックル。

 敵軍のダムを破壊するためにさえ使われた戦略兵器コンボだ。


 そういえば余波で敵味方問わず消し飛び、それが原因で軍を首になったのだったな。


 そんな曰く付きの技を受けた扉は……無傷。


「ば……バカな……」


 俺の放てる技としては最高傑作。

 それを無傷で……?


「ああ、やっぱりアンタは馬鹿だよ」

「何……?」

「そもそもの所を見落としてたんだから」

「そもそも、だと……?」

「ああ」

「それは一体……?」


 ふっとこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべた桜は言い募る。


「私たちの目的はこの部屋から出ることであって扉を開けることでも、ましてや壊すことでもないのさ」

「そうは言うがな、桜。俺はまだ瞬間移動を会得していないんだ」

「知ってる。ま、見てな」


 桜は見守る俺を尻目に、扉の隣に座りこむ。


「? 一体何を……」

「まあ見てな」


 そうしてそのまましばらく深呼吸を続け、目を大きく見開いた。

 そして。


「ヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤッフ――!!!」

「飛んだ!?」


 尻を壁に擦り付けたままでガクガクと上下運動し、次の瞬間目にも止まらぬ速さでぶっ飛んでいった。

 扉の反対側へと。


 失敗か……そう俺が肩を落としたのもつかの間。


 桜はそのまま壁を蹴って扉側に戻り、また壁を蹴って反対側へと飛んでいく。

 気のせいだろうか、壁蹴りをするたびに段々加速している様な……。


「その通り、私は壁を蹴る度に加速している。つまり、壁を蹴る力はドンドン強まっているんだよ」

「それは……ってことは!」

「ああ、いずれ壁は耐えきれなくなって崩壊せざるを得ない。私は光速まで加速する腹積もりだが、さてさてこの壁が想定している衝撃はいかほどかな?」


 ゴクリ、と生唾を飲み込まずにはいられない。


 これがアカデミー主席卒業の頭脳……偽造のMENSA会員証保有は伊達ではない、という事か。


◆◇◆◇


 1時間が過ぎた。

 彼女は加速を続け、今まさに光速への入門を果たそうとしている。


 そして今……最後の一蹴りによって光速へ至り、扉の傍へ飛翔している。


「これで……終わりだぁ!!」


 光速のライダーキック、炸裂。


 天文学的な衝撃が部屋中に走り、俺のバリアを揺らす。厚く張っていないと俺まで消し飛びそうだ。


 やがて衝撃が収まり、視線をそこへ向ける余裕が生まれる。

 そんな俺の視界に飛び込んできた光景は……とても、信じられるものではなかった。


 扉の前に蹲る桜。

 立ち上る煙。

 そして無傷の……扉。


「なんで……なんでよッ!」


 それは俺も同意見だった。

 まさか光速の飛び蹴りが通用しないとは。


 たっぷりと時間を掛けたあの一撃は桜にとっても乾坤一擲。自信、いや確信があったはずだ。


 自分の保持している常識の崩壊。

 それがどれほどの喪失感であるか、俺もよく知っている。


「桜……」

「どうして……どうして壊れないの……?」


 弱弱しく通常の力だけで扉をノックする桜。

 全身でもたれかかっているが、それは縋る気持ちだけではあるまい。それだけの疲労があるのだ。


 そんな桜はすべての力を使い果たしたのか、ゆっくりと横に倒れこむ。


「桜ッ!」


 俺は桜に駆け寄って倒れる体を抱き留めた。


 忌々し気に扉を睨むと……。


「あれ?」


 そこには切望してやまなかった外の世界が見えていた。

 いい天気だ。鳥は歌い、花が咲き誇る。

 差し込む朝日が目にまぶしい。


「………………あっこれスライド式!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キスを除くありとあらゆる手段を使って例の部屋から出ようとする男女 佐神原仁久 @bkhwrkniatrsi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ