第8話 命の重さ

 船の上は、すでに激しい銃撃戦が始まっていた。

 ……いや、それは少し語弊があるかもしれない。


 鳴り止まない爆音、咽てしまいそうなほどの火薬の匂いと鉛の雨。


 それらは全て、向こうから一方的に撃ち込まれているものだ。

 だが、相手の顔は晴れない。

 それどころか、今にも泣き出してしまいそうな顔をしながら、必死に歯を食いしばって銃を撃ち続けている。

 逆にティザー達は真正面から殴りかかってくる弾丸の雨を、面倒くさそうに防いだり避けたりしているだけで、傷一つ負っている様子はない。


「何なんだ、これ……」

「これが、この世界の戦い方だよ。結局銃なんて言うのは、力が弱い人達が一時的に身を守る為に使う防犯グッズ以上の意味を持たない」


 僕達はティザー達の後ろでしゃがみ込みながら、その戦闘を眺める。

 これが戦い……? こんなの、ただのワンサイドゲームじゃないか。

 僕は悲痛に顔を歪ませながら銃を乱射している船の人達と、銃弾をものともせずにただずむティザー達を見て、まるでゾンビ映画のワンシーンを見ているような感覚に陥る。


「さっ、あの銃弾が尽きたら、船の人達は直接ティザー達と直接戦うしかなくなっちゃう。その前に、食料を奪ってさっさと撤退しよ」

「……うん」


 そうだ。理由は分からないが、ティザー達は銃弾を躱すだけで戦おうとはしていない。

 今のうちに、食料を奪ってこなければ!

 僕達はティザー達の影に隠れて、船の中に忍び込む。


「船なんて、構造はどこもそこまで変わらない! たぶん、船の一番下に食料庫があるはずだよ!」

「分かった!」


 しかし、船の中に入った瞬間、僕達は無数の銃口を向けられる。


「コイツら! ついに船の中にまで入って来やがった!」

「積荷を早く逃がせぇ!」


 その言葉と共に、一斉に引き金を引かれる。

 僕の頭は一瞬で真っ白になり、迫り来る死に立ちすくむ事しか出来なかった。


「【強奪】」


 ディアがそう呟くと、同時に目の前の銃弾がかき消えた。

 ……いや、銃弾だけじゃない。気付いたら相手が持っていたはずの銃も丸ごとなくなっている。


 ——まるで、誰かに盗まれてしまったかのように。


「蒼、行くよ!」


 ディアはそう言って走り出すと、真正面にいる全身の筋肉が発達し過ぎた一番強そうな大男を殴り倒した。


「バ、バケモノだぁぁああああッ!」


 銃を奪われ呆然としていた船の人達は、それを見るとパニック状態となり我先にと逃げ始める。


「やったよ、蒼! ここの奴らは、そんなに強くないみたい!」

「いや、お姉ちゃんが強過ぎるんだよ……」


 結局未だに見せてもらっていないが、ディアのステータスは一体どれだけ高いのだろう?

 いつまで経っても、全く勝てるビジョンが見えない。


 ****************


 僕達はその後、特に戦闘もないまま順調に食料庫に辿り着いた。


「たぶんだけど、この船の人達は緊急時用の小船で逃げたみたいだね」

「何で分かるんだ?」

「うーん、確信は無いんだけど、この世界では常識として乗っている船にトラブルが発生した時に、緊急時用の小船で避難するというものがあるんだよ」


 なるほど。ようは学校の避難訓練で校庭に出るようなものか。


「……で、これどうする?」


 僕は目の前にある、大量の塩漬けにされた肉が入った樽を見て途方に暮れる。

 この世界の海賊の食事は、塩漬けにされた肉と大量の酒、そして少しの野菜で構成されている。

 日本の食事に慣れている僕からしたら、あまりにも不味くて、毎日釣りをして獲れた魚を食べていたのですっかり忘れていた。


「どうやって、こんなの船まで運んで行けばいいんだ……?」

「え、今更過ぎない?」

「いや、ここまでの展開が急過ぎて……全然その事に頭が回ってなかった」

「まあ、しょうがないか。ここはお姉ちゃんに任せなさーい!」


 ディアはそう言うと、再び目の前の樽に向かって手をかざす。


「【強奪】」


 すると、一瞬で目の前にあった大量の樽が半分ほど消えた。


「全部持っていっちゃうと、後で戻ってきたこの船の人達が飢えちゃうからね」


 そう言って、ディアは綺麗なウインクを僕に飛ばす。


「そういえば、それさっきも使ってたけど、一体何なの?」

「スルーされた……これは、昔見つけた強欲の魔法書ってヤツに記されていた簒奪魔法だよ。この事は、他の人には言っちゃ駄目だからね」

「え、うん。別にお姉ちゃんがそう言うなら言わないけど、何で?」

「一部の人を除いて、この魔法の事を知っている人はいないから」


 それは……もしかしなくても、物凄いことなのではないだろうか?


「じゃあ、もしかして、その魔法の書は……」

「うん、見つけたその日に燃やしちゃった。こんな強力な魔法、他に使える人がいたら厄介だしね」


 そうなのか。この世界では常識なのかも知れないが、何とも勿体ない。


「ていうか、そんな重要な事を僕に教えて良かったのか……?」

「当たり前だよ。蒼は、もう家族だからね」


 こんな状況なのに、その言葉を聞いて少し嬉しくなってしまう。


「と、とりあえず、これでもうこの船を襲う目的は無くなったって事で良いんだよね?」

「うん。それじゃあ、上に戻ろうか」


 ——その言葉が終わるか終わらないかの刹那、食糧庫の扉が勢いよく開くと、一人の男が長い槍を持ってディアに突っ込んできた。


 ディアは、咄嗟に腰の銃を抜く。


 僕はそれを見て……ディアに覆いかぶさるように突進した。

 ディアは、僕の予想外の行動に驚いて一瞬固まってしまう。

 数瞬後、僕は右腕から焼けるような痛みを感じて思わず顔を歪める。


「駄目だ‼」


 バンッ!


 キーンという耳鳴りに混じり、何か重い物が落ちたような音が聞こえた。

 まるで、こと切れたように倒れた男の身体からはジワリと血がにじみ出ると、それはそのまま雨が降った時のアスファルトのように床を湿らせていく。


 パンッ。


 暫くすると、先程聞こえた銃声よりも、随分軽い音が自分の頬から聞こえてくる。


「……蒼、何で叩かれたか分かる?」

「……何で撃ったんだ」

「そうしなかったら、今頃蒼がもっと酷い怪我を負ってたから」


 ディアは自分の服を躊躇いなく脱ぐと、怒りをぶつけるように生地を破りだす。


「死ぬほど沁みるけど、死ぬよりはマシだから我慢してね」


 ディアは近くにあった樽を引っ張ってくると、中にあった水を僕の腕にぶちまけ、残った水で細くちぎった自分の服を洗うと、僕の腕に強く巻き始める。

 水が掛かった瞬間、初めて出会った非現実を呆然と眺めていた僕を、無理矢理現実に引き戻すような激痛が走る。

 すると、同時に水が掛かった場所からはいつも船で飲んでいる消毒効果のある水と同じ匂いが漂ってきた。


 ……なるほど。あの水は、傷口の消毒にも使えるのか。

 僕と一緒にずぶ濡れになりながら、僕と違って全く痛がる様子を見せない男を見て、そんな場違いな感想が頭に浮かんだ。


「はい、応急処置は終わり。早く船に戻ってちゃんと手当するよ」

「……」

「……蒼」


 ディアは動かない僕を見ると、俯いている僕の顔を両手で下から持ち上げて、僕の目を真っ直ぐ深紅の瞳で射抜く。


「蒼、これが天海を……いや、この世界で生きていくってことだよ。生きる為には奪うしかない。それは何も不思議な事じゃない。相手が牛や羊じゃないだけで、私達はどこからか命を奪って生きている。勿論、その結果相手から奪われたり、突然他の誰かから襲われても仕方ない。だって、そうしないと、私達は生きていけないから」

「……じゃあ、僕はこれからも同じ事をしなきゃいけないのか?」

「そうだよ。だって、蒼は元の世界に帰りたくないの?」

「……」


 帰りたい。それは間違いなく、僕の願いだ。

 しかし、僕が帰る為に、この世界の人達を何人も殺さなきゃいけないんだとしたら……僕は。


「ほら、立って」


 その時、ディアはふと僕達を襲った人が持っていた槍に目をやる。

 その槍は、確かにやけに目を引く造形をしていた。


 まず、全てが黒銀で出来ているかのような高級感のある鈍い光を放っていて、柄の部分には年季を感じる長い布が巻き付いている。

 しかし、一番の特徴はその穂先だろう。

 槍の穂先の部分は、まるでこの世界にはない太陽を現すように円状に刃の付いた棘が広がっており、先端には全てを引き裂いてしまいそうなほど長く鋭利な刃が飛び出ていた。

 幸いにも、僕の腕は円形に広がっている刃の付いた棘の部分に引き裂かれたらしく、その証拠に、僕の物と思われる血が円の周りに付着していた。

 仮にもしも、あの先端の刃に引き裂かれていたら、今頃僕の身体はそのまま貫かれていたかもしれない。


「……【ステータス】」


 ディアはその槍のステータスを暫く眺めた後、ひょいと持ち上げ僕にその槍を押し付ける。


「……なに?」

「殺した相手から業物と思われる武器を回収するのも、立派な生きる術だよ。それに杖の代わりくらいにはなるでしょ?」

「いらない……」

「駄目。これは君の物だよ。君が責任を持たなきゃいけないもの」

「……」


 それは、暗にこの槍の持ち主を殺した責任は僕にもあると言いたいのだろうか?

 僕は、恐る恐る槍をディアから受け取る。

 ……その槍は、信じられないくらい重かった。


「さっ、行くよ」


 ディアはそう言うと、さっさと先へ進んでしまう。

 僕は、引きずるように槍を持って歩く。

 切り裂かれた右腕も痛むし、こんな槍さっさと捨ててしまいたかったが……そうしたら、本当にディアが言うように責任まで捨ててしまうような気がして……どうしても、握った手を離す事が出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る