異海を漂流してたら海賊美少女とヤンデレ美少女に絡まれたんだが

第1話 プロローグ

　小さい頃、家族で沖縄のホテルに泊まった事がある。

　ホテルにあるレストランは砂浜と繋がっていて、幼い頃の僕は夕飯を食べた後、はしゃぎながら外に出た。

　しかし、そんな僕の目の前に広がっていたのは、昼間に見た宝石のようにキラキラと輝く海などではなく、暗く深い、まるで大地に巨大な穴が開いてしまったかのような光景だった。

　僕は海に近づいたら二度と帰って来られないような気がして、急いでレストランの中に戻ったのを覚えている。

　……今思えば、そんなはずないのにね。

「オラッ！」

「ごほ……っ！」

　幼い頃と変わらない夜の海を眺め、思い出に浸っていた僕は、腹を貫く強く衝撃により、強制的に現実に引き戻される。

「おい、起きろよ」

「……」

「無視してんじゃねえ！」

　再び腹を強く蹴られるが、今度は歯を食いしばって耐える。

「チッ、状況分かってんのかテメェ⁉　本当にこのまま海に沈めんぞ、ゴラァ！」

　僕の髪を引っ掴みながら目の前でヒステリックに叫んでいるのは、ここら辺には虫のようにいるカズノコ頭の暴走族だ。

　今の時代、すでにそんな輩は絶滅したと思っている人も多いと思う。だが、あいにく僕の地元は成人式に特攻服を着て参加するような奴が毎年何人も現れる天然の文化保護県だ。なので、こんな輩はここら辺では珍しくも何ともない。

　……まあ、だからと言って、この状況は全然納得出来ないのだが。

「……何だよ」

「だから、死にたくなけりゃ兄貴の代わりにテメエが詫び入れろっつってんだよ！」

「何で、僕が兄貴の代わりに謝らなくちゃいけないんだよ……」

「うるせぇ！　こっちは、何人もお前の兄貴のせいで病院送りにされてんだぞ⁉　このままで終われるはずねえだろうがよ‼」

　そいつはそう叫ぶと、再び僕の腹を思い切り蹴り込む。

　……駄目だ。言葉が通じない。これだから、不良と兄貴は嫌いなんだ。

　僕の兄貴……天条海は、頭も口も悪いが正義感に熱く困っている人を見過ごせない、これまた古臭い人間だ。

　その為、色んな面倒事を抱えている……その一つがこれだ。

　兄貴に聞いた話だが、兄貴は何でも人助けをしているうちにここら辺にいる不良を全員ぶっ飛ばしてしまったらしく、気が付いたらこの地域を仕切る番長になっていたそうだ。

　全く、意味が分からない。

　しかも、にわかには信じられない事に、兄貴は暴力団とも揉めているらしい。

　目の前にいるコイツは、どうもそのゴタゴタで兄貴が手を離せない隙をついて、僕を拉致し、兄貴に復讐をしようとしているらしい。

　僕は複数人から気絶するほどリンチされた後、手足を縛られた状態で、現在は地元にある堤防に転がされている。

「……だから、お前達は僕に何をさせたいんだ」

「まずは、土下座に決まってんだろうが！」

　土下座か……こんな奴等になんかしたくはないが、身を守る為だ。仕方ない。

「そんで、その後に電話してテメエの兄貴を呼べ。来たところをおめえと同じようにフクロにして、これまでやられた分をキッチリと返してやる」

「……」

　僕はバレない程度に顔を上げると、その場にいる人数を数える。

　正確には数えられないが、少なくとも二十人はいるな……レスラーのような体格をした奴も多いし、不意打ちを喰らえば流石の兄貴も不味いかもしれない。

「オラ、早くしろよ。それとも、本当にこのまま海に突き落とされてえのか？」

「……縛られたままじゃ、土下座も電話も出来ないだろ」

「あん？　……チッ。おい、こいつの縄を解け」

　流石の馬鹿でも、物理的にそれが無理な事は分かったのか、子分の一人が僕の縄を解きにくる。

　……別に、僕は兄貴のように強くはないし守るようなプライドだってない。

　だから、別にやろうと思えば土下座なんて簡単に出来る。

　大体、そもそもこれは兄貴の問題なのだ。僕が巻き込まれる筋合いはないし、兄貴がやった事で兄貴が痛い目を見るのは自業自得だと思う。

「ほら、解けたぞ」

「……ありがとよっ！」

「がぁっ⁉」

　僕は立ち上がると同時に、僕の縄を解いた子分の顔を目掛けて思い切り頭突きをする。

　僕の行動に、その場は一瞬ざわめいたが、すぐに剣呑な雰囲気が流れ出す。

「テメエ、何しやがる⁉」

「……うちの兄貴はな、頭は悪いし、口も悪い。僕が貸した物は大抵返ってこないし、約束だってよく破る」

　僕は震えていることがバレないように、精一杯の大きな声を出しながら、目の前の不良どもを睨みつける。

　兄貴はいつも、こんな怖い思いをしながら戦ってたのか……。

「でもな、僕がイジメられてた時は、いつだって真っ先に兄貴は助けてくれたし、僕との約束を破る時は、いつも誰かの為に戦っていた……お前らみたいなクソだせえ奴らと、うちの兄貴は根本から格がちげえんだよ！　お前らなんてどうせ弱いものイジメしかできないんだから、僕が相手でちょうどいいだろ？　全員ぶっ飛ばしてやるから、かかってこいやぁ！」

「上等だゴラァッ‼」

「テメエぶっ殺してやる‼」

　ブォンブォンッ！

　不良達の怒りと共鳴するように、バイクのエンジンが次々と嘶き始める。

　……もしかしたら、僕は今日ここで本当に死んでしまうかもしれない。

　ただ、天条海の弟……天条蒼として、ここで兄貴を頼るわけにはいかない。

　だって、兄貴は僕のためなら、何があっても絶対に駆けつけてしまうから。

「……うぉぉおおおおおおおおおおおおっ‼」

　僕の記憶はここで途切れた。